少年野球小説「バッテリー」で知られる作家あさのあつこ時代劇「弥勒の月」を読みました。作者は 藤沢周平の時代劇が大好きとの事で、江戸切絵図で当時の江戸の町並みを確認しながら読んでいるうちに、自分でも書いてみたいと思うようになったとの事。小説「バッテリー」でも、人一倍の努力家でもある天才ピッチャー匠は、病弱な弟しか目に入らない両親との確執など、心に屈託を抱えた孤独な少年だったけど、本作でも 主人公でもある同心の木暮信次郎といい、遠野屋の若主人の清之介といい、心に昏い(くらい)闇を抱えていて、ただの同心捕り物帖で終わらない深さがあって、読み応えのある時代劇でした。

 

読みながら思い出していたのは、今から20年前近くにNHK金曜時代劇で放送されていた高橋英樹主演の「慶次郎縁側日記」です。北原亜以子の原作は読んだ事がありませんが、結婚間近の一人娘が凌辱された上に自殺してしまうという不幸に見舞われた同心慶次郎。人生の重荷を抱えた慶次郎のその後の再生の物語です。そうそう今は亡き児玉清による文庫版解説も熱くて、こちらも読みごたえがありました。

 

先日ドラッグクイーン、シャールの物語「マカンマラン」シリーズも読み終えて、少々寂しい思いをしていましたが、この弥勒シリーズは10作まで書かれていると知り、うれしい驚きで、楽しみがまた増えました。

 

と前置きはこのくらいにして・・・。北定廻り同心は木暮信次郎は、亡くなった父木暮右衛門の後を継ぎ、同心を生業にしているが、右衛門を慕っていた岡っ引き伊佐治は、情に厚かった右衛門と違って、同心としての才はあるものの、どこか薄情なところがある信次郎に付いて行けず、手札(岡っ引きの)を返上しようと思った事数知れず。

 

そこへ小間物問屋の遠野屋の若女将おりんが、入水自殺をするという事件が起き・・・。確認に来た遠野屋の主人清之介の町人らしからぬ隙を見せない立ち居振る舞いに、不信感を抱く信次郎。この三人が シリーズの主な登場人物のようです。

 

おりんの謎の入水自殺。その目撃者が一太刀で殺されたり、10年前にも 三人が一太刀で殺されるという未解決の事件があり・・・。手がかりは、おりんが持っていた朝顔の種。と言う風に、ミステリーとしても面白くて、先へ先へと読み進めました。

 

少々ネタバレになりますが、清之介は、本名を清弥といい、実はある藩の家老の三男で(と言っても妾腹の子供ですが)、小さい頃から父親に藩の裏の汚れ役を司るように仕込まれていたのです。藩を牛耳ろうという父親は、今で言うところのサイコパスに近かかったのではと想像します。そしてついには跡継ぎの長男を殺せと清弥に命じ、逆に父親の家老を殺した清弥は、兄の助言の元、「武士」を捨て、江戸に出て来て「町人」として生き直す事に決心するのです。遠野屋の主人に見いだされ、一人娘のおりんと結婚し、婿養子になって、ようやく人としての幸せをつかんだ矢先のおりんの死。

 

自分のそんな過去が災いしておりんに死をもたらせてしまったと悔いる清之介が 武士であった過去ときっぱりと縁を切りたいと切望しても、「過去」と言う名の亡霊が清之介に取り付いて離さないのです。清之介が、今後このシリーズでどんな役割を果たしていくのか、同心信次郎と岡っ引き伊佐治とどう関わっていくのか楽しみです。

 

最後に、恒例のもしもドラマ化されたら、キャストは誰~と想像してみました。同心木暮信次郎に永山瑛多、岡っ引き伊佐治に橋爪功。そして遠野屋の清之介には林遣都。林遣都は 映画「バッテリー」で孤高の天才ピッチャー匠を演じて映画デビューを果たしており、匠といい、清之介といい、どこか影のある役どころがぴったりだと思うのですが、如何でしょうか?