水墨画の世界を描いた「線は僕を描く」を読みました。「僕は線を描く」ではなく、「線は僕を描く」・・・ちょっと不思議なタイトルに惹かれましたが、読んでなるほどそういう事か・・・でした。

 

「メフィスト」賞受賞作との事。新人に与えられるミステリー賞らしいのですが、本作は 一切ミステリアスな部分はありません。作者砥上裕将氏本人も水墨画の作家との事でちょっとびっくり。作者自身、水墨画家になったきっかけというのが 作中に書かれている「揮毫会」という水墨画作家のパフォーマンスを観て、勧誘?されたからとの事。

 

主人公霜介は 両親を交通事故で失い、半ば抜け殻のようになっている時に 水墨画展設営のアルバイト先で 画会の巨匠篠田湖山にその秘めた才能を見出され、勝手に内弟子にされてしまうというところから物語は始まるのです。この内弟子になると言う事自体が 現実ではありえないような千載一遇のチャンスなのだそうです。

 

登場人物は多くありませんが 湖山の孫で 同じく水墨画界の期待の新人、千瑛(ちあき)の存在が素敵です。ですがおじいちゃん湖山先生は 霜介の宝石の原石のような才能を見出し高く買っているのに、すでに頭角を現している自分にたいしてはそっけない・・・と、勝手に霜介にライバル意識をもやすのです。

 

水墨画とは、筆と墨のにじみで描く白と黒のモノトーンの世界。そして何より油絵などと違うのは 描き損じれば、即アウトの一発勝負の世界でもあるのです。描かれなかった空間にこそ作者の意図を読み解かねばならず・・・などと言うと、難しそうで後ずさってしまうかも知れません。そんな難しい世界です。

 

霜介の大学祭での水墨画展、揮毫会開催などと 月日もどんどん流れて行き、ラストは 水墨画の応募展が待っているのですが、これは 時が止まってしまっていた一人の若者の、使い古された言葉を借りれば、再生の物語です。そしてもう一面は 文字どおり水墨画の世界の芸術の物語でもあるのです。

 

この霜介が 深とした静けさを持った青年で、心惹かれるものを感じました。ですが・・・というか、それならなおの事。あともう一歩の掘り下げが足りなかったな~と思わずにはいられません。若干二十歳くらいにしてい、天涯孤独になってしまった霜介の孤独や苦悩・・・それらを水墨画に反映させて一人立ちしてくんだと言う行う霜介の決意を描いて欲しかったです。