2月13日にレモンガスが事務局となって進めている、「おだわらスマートコミュニティ」検討委員会を開催した。今回が第3回目を数え、最後の検討委員会となる。
これは一般社団法人新エネルギー導入促進協議会の「スマートコミュニティ構想普及支援事業」に採択されたものだ。検討委員会の成果は報告書としてまとめられた。
この構想は、小田原市と隣接する開成町に跨るエリアを舞台として進めている。
ここに16戸程度の戸建住宅によるスマートタウンを構築し、その世帯の電気をLPガスコージェネや太陽光発電で賄い、更に発生した熱を住居スペースもしくはコミュニティーセンター(仮称)で効率的に使用してもらう。
「環境・社会・暮らしにやさしいスマートタウン」として、小規模モデルで計画している。
そして「スマートコミュニティ」の特長は、住民同士がこのタウンの運営を自主的に行っていくことだ。
住民同士が意思疎通のある関係を築き、共用部分(コミュニティーセンター)の運営などを行ってもらう。
いざというとき電気は使用できるが、1軒に与えられる電気の量は決まっている。そのため、住民みんなでの災害訓練も必要になる。
ただスマートハウスを販売するのでなく、その特徴や正しい使い方を理解しないと意味が無いからだ。
昔の長屋の長所を取り入れた街を想像してほしい。年寄りにも子供にもお母さんにも安全で住みやすい街づくりを目指している。
この計画が完成すると、LPガスを通じた地域分散型の新しい街づくりモデルを示すことになるだろう。
まずは、検討を重ねしっかりとした柱を建て、社員一丸となって、新しい未来を作っていくことを願っている。
前回のブログで話したように私の2冊目となる本が2月に発行されることになった。
これは、神奈川新聞に連載したものに、加筆修正し1冊にまとめたものだ。
タイトルは、「人生は84歳から」

神奈川新聞への連載時に私が84歳だったことから、このようなタイトルをつけてみた。
日本人男性の平均寿命である79歳は既に過ぎており、この老い先短い老人が何を今更と言われる向きもあるだろう。
それは当然の感覚だ。
しかしながら現在85歳になった私だが、今も決まった時間に毎日会社に出社している。
興味をそそられることが沢山あるからだ。
エネルギー業界全体が変革の時期に入ってきている。
レモンガスで扱っているLPガスも、当然その中に含まれる。この変革の時期に何もしなければ、LPガスが他のエネルギーに押し退けられてしまう事もありえるだろう。
私はLPガス事業に愛着がある。長年たずさわってきたこともあるが、何より他のエネルギーにも勝る良いエネルギーだと考えているからだ。これからもLPガスの火を灯し続けるために、今後も頑張っていきたい。
そしてできることなら、2回目となる東京で開催されるオリンピックをこの眼でじかに見たいものだ。
この本の執筆にあたり、人生を振り返ってみた。やはり、自分の人生には大きな決断をくだした場面が幾度となくある。
その決断が今のレモンガスアクアクララグループを作り上げている。
この本を読んで、「85歳がこんなに頑張っているんだから、もう少し頑張ろう、挑戦しよう」そう思って頂ければ、この本を書いた甲斐もあるだろう。
これは、神奈川新聞に連載したものに、加筆修正し1冊にまとめたものだ。
タイトルは、「人生は84歳から」

神奈川新聞への連載時に私が84歳だったことから、このようなタイトルをつけてみた。
日本人男性の平均寿命である79歳は既に過ぎており、この老い先短い老人が何を今更と言われる向きもあるだろう。
それは当然の感覚だ。
しかしながら現在85歳になった私だが、今も決まった時間に毎日会社に出社している。
興味をそそられることが沢山あるからだ。
エネルギー業界全体が変革の時期に入ってきている。
レモンガスで扱っているLPガスも、当然その中に含まれる。この変革の時期に何もしなければ、LPガスが他のエネルギーに押し退けられてしまう事もありえるだろう。
私はLPガス事業に愛着がある。長年たずさわってきたこともあるが、何より他のエネルギーにも勝る良いエネルギーだと考えているからだ。これからもLPガスの火を灯し続けるために、今後も頑張っていきたい。
そしてできることなら、2回目となる東京で開催されるオリンピックをこの眼でじかに見たいものだ。
この本の執筆にあたり、人生を振り返ってみた。やはり、自分の人生には大きな決断をくだした場面が幾度となくある。
その決断が今のレモンガスアクアクララグループを作り上げている。
この本を読んで、「85歳がこんなに頑張っているんだから、もう少し頑張ろう、挑戦しよう」そう思って頂ければ、この本を書いた甲斐もあるだろう。
当社を定年後に、嘱託で私の社用車の運転手をしていた松井さんが、12月いっぱいで引退をすることになっている。
彼は私の運転手になる前はガスや水の業務で配達や営業で働いて貰っていた。
運転手になってもう5年の付き合いになる。彼以外の運転手も雇ったことはあるが、その中で彼に一番長く勤めて貰っている。
運転技能が特に優れているというわけではない。彼の人柄や気配りに対して気に入っており、また信頼もしていた。
仕事柄、取引先との会食の機会が多く、定時以降も拘束してしまうことが少なくなかった。仕事以外でも、孫の毎日の通園、休日のゴルフや通院、買い物にも付き合って貰った。
かなり大変だったと思う。公私に渡り、非常に世話になった。
引退した後は、ゆっくりと過ごして、身体を休めていただきたい。
彼がいなくなると思うと、やはり寂しく、また日常不自由なこともたくさん出てくるだろう。
しかし、齢85歳、まだこれからやりたいと考えていることがある。
いつまでも元気なままいられるとは思ってはいないが、東京でのオリンピック開催も決まっているし、それをひとつの目標としようか。
ちなみに来年、2冊目になる私の本が発行される。
以前、神奈川新聞に連載したものに、加筆修正し1冊にまとめたものだ。連載時には、掲載がはばかられたものも、今回収録してある。
興味があれば、手に取ってみてほしい。
彼は私の運転手になる前はガスや水の業務で配達や営業で働いて貰っていた。
運転手になってもう5年の付き合いになる。彼以外の運転手も雇ったことはあるが、その中で彼に一番長く勤めて貰っている。
運転技能が特に優れているというわけではない。彼の人柄や気配りに対して気に入っており、また信頼もしていた。
仕事柄、取引先との会食の機会が多く、定時以降も拘束してしまうことが少なくなかった。仕事以外でも、孫の毎日の通園、休日のゴルフや通院、買い物にも付き合って貰った。
かなり大変だったと思う。公私に渡り、非常に世話になった。
引退した後は、ゆっくりと過ごして、身体を休めていただきたい。
彼がいなくなると思うと、やはり寂しく、また日常不自由なこともたくさん出てくるだろう。
しかし、齢85歳、まだこれからやりたいと考えていることがある。
いつまでも元気なままいられるとは思ってはいないが、東京でのオリンピック開催も決まっているし、それをひとつの目標としようか。
ちなみに来年、2冊目になる私の本が発行される。
以前、神奈川新聞に連載したものに、加筆修正し1冊にまとめたものだ。連載時には、掲載がはばかられたものも、今回収録してある。
興味があれば、手に取ってみてほしい。
バイオディーゼル燃料という名前を聞いたことがあるだろうか。
先日、テレビの情報番組で紹介していたものだ。
わたしの事業に関係するわけではないが、興味を持ったので、少しお話ししておこう。
使用済み食用油をリサイクルし、それをディーゼルエンジン車の燃料として再利用できるのだ。しかもこの車は、エンジンなどを改良する必要もなく、リッターあたり約12km前後走る。
通常は軽油を燃料に使っていて、軽油が無くなった時には、普通にこのバイオディーゼル燃料の補給ができるというものだ。
ガソリン車が多い日本では、あまり馴染みのない燃料だが、ディーゼル車が普及している欧州では、バイオディーゼル燃料の認知度も高いらしい。
色々調べてみると、ディーゼルエンジンを開発した当初は、落花生油を燃料にしようとした経緯もあり、エンジン自体、あまり燃料を選ばない性質なのだろう。
話を元に戻そう。
この会社の社長は、女性で20年前から父親と共にこのバイオディーゼル燃料に取組んでいたそうだ。
その画期的なエコ活動を兼ね備えた最新のエネルギー再生活動の取り組みで、アメリカの情報誌Timeにも紹介されたこともある。
その社長は、「車の後ろに立つと、“少し天ぷら臭いかなー、これはカツをあげたのかしら?”とか少し臭う気もするけど、でも、そんなの楽しいでしょう!」と子供のような笑顔で答えていた。
この社長をリーダーに2017年までに、東京で使われた全ての天ぷら油をeco資源に変える、循環型地域社会作りのためのプロジェクトがすでに活動している。
廃油回収のステーションは、現在300店舗ほどしかないため、廃油を持ち込もうと思ってもそう簡単ではない。
2017年までには廃油回収ステーションを2000~3000ヶ所に拡げ、簡単に廃油を持ちこめるようにしたい。そんな身近にecoがある環境にしたいと、眼をキラキラさせて話していた。
私も約30年前に、新しいエネルギーの有効活用について模索し、コージェネレーション(当時はこの言葉はなかったが・・・)にたどり着いた。
そして、色々と言われ続けながらも「家庭で電気を創る時代が必ず来る」と信じ続け、やっと今コージェネレーションが一般家庭へ普及してきた。
何年かかっても、夢を形にするチカラをみんなに持っていて欲しい。
先日、テレビの情報番組で紹介していたものだ。
わたしの事業に関係するわけではないが、興味を持ったので、少しお話ししておこう。
使用済み食用油をリサイクルし、それをディーゼルエンジン車の燃料として再利用できるのだ。しかもこの車は、エンジンなどを改良する必要もなく、リッターあたり約12km前後走る。
通常は軽油を燃料に使っていて、軽油が無くなった時には、普通にこのバイオディーゼル燃料の補給ができるというものだ。
ガソリン車が多い日本では、あまり馴染みのない燃料だが、ディーゼル車が普及している欧州では、バイオディーゼル燃料の認知度も高いらしい。
色々調べてみると、ディーゼルエンジンを開発した当初は、落花生油を燃料にしようとした経緯もあり、エンジン自体、あまり燃料を選ばない性質なのだろう。
話を元に戻そう。
この会社の社長は、女性で20年前から父親と共にこのバイオディーゼル燃料に取組んでいたそうだ。
その画期的なエコ活動を兼ね備えた最新のエネルギー再生活動の取り組みで、アメリカの情報誌Timeにも紹介されたこともある。
その社長は、「車の後ろに立つと、“少し天ぷら臭いかなー、これはカツをあげたのかしら?”とか少し臭う気もするけど、でも、そんなの楽しいでしょう!」と子供のような笑顔で答えていた。
この社長をリーダーに2017年までに、東京で使われた全ての天ぷら油をeco資源に変える、循環型地域社会作りのためのプロジェクトがすでに活動している。
廃油回収のステーションは、現在300店舗ほどしかないため、廃油を持ち込もうと思ってもそう簡単ではない。
2017年までには廃油回収ステーションを2000~3000ヶ所に拡げ、簡単に廃油を持ちこめるようにしたい。そんな身近にecoがある環境にしたいと、眼をキラキラさせて話していた。
私も約30年前に、新しいエネルギーの有効活用について模索し、コージェネレーション(当時はこの言葉はなかったが・・・)にたどり着いた。
そして、色々と言われ続けながらも「家庭で電気を創る時代が必ず来る」と信じ続け、やっと今コージェネレーションが一般家庭へ普及してきた。
何年かかっても、夢を形にするチカラをみんなに持っていて欲しい。

10月18日、新期の始まりに開催している全社員集会で、今年も講話をした。
私は色々な場で話しをさせていただく機会があるが、以前から同じことを言い続けている。
それは「5年先を考える」という事。
そして今年の講話タイトルは、「革命なしに未来はない」だ。
これは、10月15日のプロパン産業新聞よりお借りした言葉だが、私から、社員へ、また業界への向けての提言全てを表現してくれている。
まず、これからのLPガス業界は、料金体系を改革しなければならない。
現状の価格では、競合エネルギーに対抗することができない。
価格を抑えて今以上にお客様に使っていただける環境を整えることが必要だ。
これを実践するには、どうしたらよいか。
エネルギーのベストミックスに向けた流れの中で、LPガスというエネルギーがどれだけ優位性を確立できるか、今5年先を考え、行動しなければならない。
また社員へは、知恵を使って、利益を上げていく会社にして欲しい。
この先、LPガス事業会社は、淘汰されていくだろう。けれど、「レモンガスは、○○○をやっているから、業界に残った」と言われるような強く輝く会社になって欲しい。
「今の延長線上には、会社の将来はない」ということを念頭に、「未来に向かってチャレンジできる」、そんな冒険者たちがいる素敵な会社でいてほしい。