親が生まれてはじめての知合いなら、兄弟は初めての人間社会ではないかと思います。
日本社会において先輩後輩は非常に重要な序列で、たとえば学校などではひとつ学年が違うだけでそれはもうなんというかできる人とできない人くらいの違いがありますよね。
もっとも、3年とか4年とかの短い期間内にそれはそれはたくさんの経験をしますから、1年違うとできる人とできない人くらいの違いがあるのはある意味では当然かもしれません。
さてそれにしても、兄弟ということになると、自分が長男長女であった人、末っ子であった人、真ん中であった人、それぞれ今の自分の性格はその兄弟の位置によって形成されている部分があるなぁと感じること、ありませんか?
私は、三人兄弟で真ん中、上と下は女です。
そのせいか、女性の中に一人でいてもあまり違和感がありません。会話をするのも、それほど苦になるようなことはありません。
父が一時期単身赴任で家族内に男性は私一人ということもあり、女性の中に一人、うえもいれば下もいる、という状況にはなれています。
カミさんが息子の出産のとき、娘が保育園に行っており、お見送りやらお迎えやら、ときどきお祭りのお手伝いやらしてましたが、お母さんたちに混じっても自分ではあまり違和感がありません。(周りから見た場合はどうか、それは疑問ですが、、、なにしろごっつい体にひげもしゃですからね・・・(^^;)
そしてその中にあって自分が一番、責任も思い、という感覚も、男性私一人であった家庭内では、「お世継ぎ」である私が、姉を飛び越えて兄弟の中で上の立場にあったせいかと思います。
今、娘はこれまで一人で自由気ままで人気独り占めであったものが、息子ができてその地位を脅かされ、危険を感じつつ、親には怒られることがあるが、弟には怒られることがない、いつも笑っている自分の心の癒しどころにもなっている、ということもある、、、
息子はまだそういう感覚はないはずだし、とくに生まれたときからもう一人いる、という感覚と、後から一人できるという感覚の違いは、相当大きいと思われます。
後から生まれた息子は、譲ってもらうのが普通
先に生まれた娘は、譲るということを覚えなければいけない
これは娘にとってはかなり大きな試練となること間違いなしです。
愛情たっぷり注ぎながら、人に与えることに喜びを感じられる人間になってもらえたらと思います。
さてここでようやくタイトルに絡みますが、ここまでの状況で、「お姉ちゃんだから我慢しなさい」というのは、なんとなく理不尽さを感じるフレーズではないかと思います。
自分が今まで一番で、すべて自分のものであったのに、なぜか突然小さいのが現れて私からいろいろなものを奪っていった…おねえちゃんというのはいったい何?こいつが出てきてからおねえちゃんと呼ばれるようになった…
子供がもしこう感じてしまったとしたら、後から生まれた子にたいして敵愾心を抱くでしょうし、これまた親に助けを求めることになると思います。
そうして助けを求めても、「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」・・・これはきっとよくない結果になりそうです。
しかし実際の話、お姉ちゃんなんだから我慢してほしいものです(笑
短いながらも、人性経験があるわけですから。
そこで、それをどうにかしてわかってもらうことができれば、理不尽さを感じずに、後から生まれた子に譲ったり与えたりすることができるようになるのではないでしょうか?
息子ちゃんはまだ○○できないから、娘ちゃんが譲ってあげようね、とか、息子ちゃんはまだこれで遊んだことがないからね、順番ね、とか、、、自分は経験があり、後の子はない、だから譲るという理解や、自分が先に生まれた人、、、幼稚園保育園の上の学年の子達や、お父さんお母さんたちから譲られている、それをまねさせると言うアプローチなど…
無理やり、お姉ちゃんだから、という前におねえちゃんだとなぜ譲らなければならないのかを理解させる必要があるのだと思います。
先に生まれたのが男の子の場合、お姉ちゃんをお兄ちゃんに読み替えてご覧ください。
その場合は、「母性」が絡まない分、さらに理解させるのが難しくなるかもしれません。
私は、お前が一番なんだからえらそうに自分のものといって譲らないのはかっこ悪いぞ、と父にいわれたことを、今ふと思い出しました。
お兄ちゃんだから譲りなさい、ではなかったように思います。
↓競争も時には大切ですよね、ランキングぽちお願いしまーす(^^