お葬式、雪道の走行 | 遷い易きは

遷い易きは

私の心也。もういやだ、離婚すると心に誓い、しばらく経てば忘れてしまい。吐いた毒のおかげか心安らいでも見たり。浮き沈みをそのまま吐き出します。一皮むけた、のか…?

 先日、母方の祖父、正確には大叔父様なのですが、実の祖父は若くして戦争でなくなりその大叔父様が母の育ての親というわけです。

 小学校の頃2年ほど私もその付近に住んでいたこともあり、じいちゃんじいちゃんと慕っておりました。なんとも仏様のように優しいじい様でした。


 そのおじいちゃんの様態がよくない、と年末から連絡があり、年をまたいで入院していたらしいのですが、先日私がたまたま別件で実家(私にとっての実家で、現在母の住んでいるところです、ややこしいですがw)に帰っていたときに母の実家(母にとっての実家で、母宅から私の家を通り越してさらに行ったところにあります)から連絡があり、「今日、来い」と。いよいよよろしくないようです。

 行きたくないなぁと駄々をこねる母と話して、結局行くことになりました。

 私も、その翌日、翌々日がたまたまお休みだったこともあり、おやすみを捧げます。


 これから先がややこしいのですが、まず母宅にある車はカプチーノ。重量級の私と母が母の実家まで行くにはあまりに小さすぎます(笑

 母宅の車はそこからしばらく先の妹宅にあり、まずはそこまでカプチーノで我慢。そのカプチーノは妹の車なのです。二人で乗りますが、はっきり行って拷問(笑

 乗るのも降りるのも大変、腕も体もまったく動く余地がありません。とにかくひたすら我慢だ!と気合を入れます。


 何とか妹宅に着きボクシーに乗り換え。ああ、極楽w

 近くのオートバックスでタイヤチェーンを購入、高速に乗り母の実家へ向かいます。

 途中からゆきが見えてきます。どきどきです。AT大嫌いの私がボクシーのAT。会社の車はATなので同じような感じなのですが…

 それでも自由自在に操る自信のない車での雪道には緊張します。

 ゆきが路上につもっている区間が、いまくるか、いまくるかと緊張しているうちに到着(笑

 さほど雪らしい雪は路上にはなく、ノーマルタイヤで目的地まで到着しました。周りは雪ばかりですが、路上はやはりいい状態でした。時間にして3時間半ほど、ムカシであればどんなに早くても5時間かかっていたのに、高速道路は偉大です。


 さて、病院に着きましたら一族が集まってじい様がくちをぷかぷかしています。

 あー、こんな状態に…

 母が話しかけると今まで昏睡状態であったじい様がなんと目を開けました!

 話しかけている間中目を開けており、しばらくまた眼を閉じ、また一度開け、その時はなんと首を母の方にむけたのです。


 そうしてしばらくしてから夜も遅いから明日仕事のあるみんなは一度帰って、また連絡しますということになり、それでは、と何人かが病室を出たあと、程なくして誰かが、

 「あれ?じいちゃん息しとらん?」

 しばらくみなで声をかけましたが、11時36分、永眠されました。

 子供、孫たちに見送られ、なんとも静かな、本当にこれが人生のお手本だろうかというような、大往生でした。


 母と私は、その晩は母の実家でお世話になり、次の朝母宅に戻りました。

 私は一度礼服を取りに自宅を往復し、翌朝また母の実家に向かいます。

 無事に葬儀も終わり、戻ります。

 じい様も85歳、ひ孫もおり静かに往生されたので葬儀の雰囲気もそれほど悲しい雰囲気ではありません。まぁ苦しまなかったのがよかったよかった、という感じでした。


 私はこの3日間で実に1200km、これまでの10日で2000km、1日200kmを更新して1日400キロで最高記録です(笑

 心配された雪道も結局肩透かしで買ったチェーンを使うこともありませんでした。まぁ、またいつか使うこともあるでしょう。


 雪を見るとスキーがしたくなります。

 私のぼろ車用にもチェーンを買おうかしら?

 スキーに行きたいなー。