シャンピオン・デュ・モンド 46の謎 | 社会不適合オヤジⅡ

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好奇心、いよいよ旺盛なもので・・・

古い自転車パーツに向き合うと色々とわからないことがあって、じつはこの部品についても気になっていたことがあったのです。

何度も登場していますが、これはフランスのサンプレックス社が作った変速機です。

製造は1946年から翌年の47年まで。昭和21年~22年というわけですね。

パーツの名称は "Champion Du Mond46" と言います。直訳すれば「46年世界チャンピオン」ということでしょう。

ところがこのシャンピオン・デュ・モンド46は、一般的にはこちらの製品を指すことが多いです。

どこが違うかといえば、フレームに組み付ける方法が異なります。

上のカタログにある通り、一般的な組み付け方としてはリヤのハブシャフトに共締めして固定する方法が取られます。

ところが私の使用しているシャンピオン・デュ・モンド46は、チェーンステイに専用の取り付けダボを設けて固定してあります。このタイプはMonobloc/モノブロックと呼ばれます。

実際、ボディのみが異なるだけでチェーンを導くプーリーゲージは共用パーツです。

それは単に派生種だと思えば良いんですが、先述した「気になってた」ことは「チェーンの取り回し方が違っている」ということでした。

それは当時の取説にも注意事項としてわざわざ書かれていたほどです。

Notice De Montage、つまり取扱説明書ですが、このページの下にはこのような注意書きが図で示されています。

左側はMontage Correct、つまり正しい組み付け方としてあり、右側はMontage Incorrect、つまり誤ったアッセンブルであると書かれています。

また大きな文字でBON:良い、MAUVAIS:悪いと、注意を引くような書き方もしてあります。

わかりにくいでしょうから、同じカタログの別アングルをお載せします。

これが正しい装着方法です。

つまり多段ギアにチェーンを導くプーリーは、変速レバーからワイヤーで引かれて左右にスライドするプーリーではないというわけです。

ところがこの図ではカタログの「誤った組付け」のチェーンの取り回しになっています。

つまりこういうことですよね。シャンピオン・デュ・モンド モノブロック46のチェーンの取り回しはこれが正解だと。

私はこの図の通りにセッティングしたのですが、さてこれがとても不思議で、私をずっと悩ませていました。

なぜ同じ製品名の変速機なのにチェーンの取り回し方が異なるのか。

どうにかようやくその答えらしいものを見つけることが出来ました。

謎を解くカギは、サンプレックス社のパテント申請の書類にあったのです。

色の付いた部分は説明のために私が書き足したのですが、FigⅠはチェーンが大きなギヤにかかっていることを示しており、FigⅡは小さいギヤに掛かって状態を示しています。

このとき赤で示した距離と青で示した距離が異なっていることに注目してください。

なぜこれを問題視するかというと、チェーンの距離が長いほど変速のレスポンスが悪くなるからです。

外装変速機のチェーンはチェーンラインを左右に移動させなければ変速できないという特性があります。そのためにはわずかですがチェーンは横方向へ撓むことが求められます。

ところがこの距離が長くなればなるほど撓り幅が大きくなり、結果として変速レスポンスが悪くなるわけです。

これはチェーンを掛けかえるためのプーリーが一つしかないからではないかと、サンプレックス社はFigⅢのごとく、上側(多段ギヤに近い方)にもう一つのプーリー設けるとともに赤丸で囲んだボディ本体にコイルスプリングを設け、ボディ本体が前後にスイングできるようになっています。

常にコイルスプリングでチェーンを張っているようにしておくことでボディは自ずからその傾きを変化させて余分な長さのチェーンを吸収します。

これにより先程問題としていた変速レスポンスの悪さが生じないようにすることができるわけです。これがFigⅣとFigⅤに示されています。

これはきっと先代のシャンピオン・デュ・モンドの持つ欠陥を改善するために生み出された機構なのだったと思います。

これは1936年頃のサンプレックス社製シャンピオン・デュ・モンド

シングルプーリーで、多段ギヤ側にはガイドのようなプレートが伸びているのみです。ここにプーリーを設けたら良いのではないかと、そう考えたのでしょう。

ただ、この頃からすでにデ・テンション用のコイルスプリングは使用されていますが。それは単に余分な長さのチェーンを吸収するためのみであり、変速性能を向上させる使徒目的までは担っていません。

シャンピオン・デュ・モンド46は、デ・テンション機構とダブルプーリーを併用することで変速性能を向上させることになるというのが、このパテントの意図するところでした。

 

このダブルプーリーとデテンション機構全体を、サンプレックス社は以下の通り特許申請し、受理されたのです。

受理:国立産業経営研究所
文書: フランス特許 # 965,979 - サンプレックス
日付: 1944 年 3 月
ディレイラーブランド: Simplex
ディレイラー: Simplex Champion du Monde 46

 

相変わらず理屈っぽくて話が長くて退屈ですよね(笑)

でももう結論になります。

一方、モノブロックタイプのチャンピオン・デュ・モンド46はその構造上、首振り機構が設定できなかったのです。

先程貼り付けたDISRAELI GEARSのページをもう一度貼り付けます。

そうです "Simplex Champion Du Monde 46 monobloc touriste" と丁寧に書かれていたのです。

ツーリステ、つまりレーサー用ではなくて軽快車、旅行車用として位置づけられていたのだと。

別なカタログにはそれを知る記載があります。

こちらにはType Competition / 競技用と明記されています。

確かにモノブロックタイプではワイヤーで引かれたプーリーゲージはフレームに対し直角にスライドするのみで、ギヤチェンジに伴うチェーンとの間隙調整機構はありません。

そしてパテントで示されたボディ本体でデ・テンション、つまり余分なチェーン長さを吸収する機構も持ち合わせていないのです。

おそらくはモノブロック形式ではないほうが変速性能もギヤキャパシティも優れた性能を持っていることだと推察できます。

シャンピオン・デュ・モンド タイプコンペティションは当時のトップレーサーが使用するパーツにふさわしい性能を目指して開発され、第2次世界大戦の最混乱期1944年(昭和19年)にパテントまで取得していたパーツだったのです。

それを証明するのがネーミングの変化です。

1947年にはChampion Du Monde 46は "Tour De France" へと改名され、プランジャータイプのリヤディレイラー全盛期を迎えることになります。

これはおそらく1947年~49年に作られたサンプレックス社製 ツール・ド・フランス。

パテントに示された通りのプーリー配置でチェーンが掛けられ、フレームエンドブラケットに取り付ける部分にはデ・テンション用のスプリングが設けられていることが伺えます。

今では当たり前のダブルテンション機構を戦前にパテント登録したサンプレックス社。

フランスのアヴァンギャルドさを如実に語る製品の一つでしょう。

 

プジョーPC40に装着するには先進的な機構よりも、その時代を象徴する佇まいを優先したことは確かです。とは云え実用上はレーシングパーツもかくやというようなレスポンスです。

すべて鉄でできた高剛性のボディはしっかりとその役目を果たしてくれます。

モノブロック形式の変速機がレーシングパーツとしてはメジャーなものになり得なかったことなど、なんの不満もありません。

Champion Du Monde 46 monoblocはただただ美しい。

それ以外に何が必要なのでしょう。