たぎる思いを行動に/愛の温度差/推しにもらう力 #大島優子ファン #拝啓読者様 | AKB48後追い生活~新参ファンの記録~大島優子(コリス)推し

たぎる思いを行動に/愛の温度差/推しにもらう力 #大島優子ファン #拝啓読者様

※この記事長いのですが、よければお付き合いください

「走れば届く気がした」
「愛するミュージシャンのためなら、どんな不可能も可能にしてみせる」

読めるパンフいいね #ファンが主役の映画 #想像以上に考える #私たちのハァハァ #第七藝術劇場

これを大島優子に置き換えて考えると…
それぞれ自分自身の世界を妄想してください

※選んだ画像に特別な意識はありませんので聞かないでね←

あの映画ではクリープハイプが好きな女子高生4人組が
九州のライブ出待ちで「東京のライブにも是非」と言われて東京へ向かう話
でも新幹線に乗ってとか、そんなお金は無くて自転車でスタート
そう、たぎる思いを鎮めることなんてできなくて行動に移してしまう


私たち優子ファンも、鎮める事ができなくて
たぎる思いのままに応援活動をしている人たちばかりで
現場に行く、行かないに関わらず
自分の環境に合わせてできる事を最大限と本当に熱い

AKB48に在籍中の熱さ
それは一種独特の世界をもっていたけれど

それがありきじゃない、その時をあまり過ごしてない
新しいファンの方が、嬉しい事にどんどん増えて
そして熱く今を語り、過去を調べてさらに語ってくれる

そして同期って強くって
私も同時期にファンになった人と繋がりってのは
相乗効果ですごかったもので

それはどの時期もファンになった方も同じで
今の横つながりが、さらに横に広がってるのが
卒業後の優子に見えていてすばらしい


でも当然去った人も多く
増えたファンとの差がどのくらいなのかは想像つかないし

あれだけ並んでいた人たちが
みな映画を見るわけでも舞台に来るわけでもないから
ある種ふるいかけられた状態で寂しく感じる時もある

でもでも、新しい仕事で新しい出会いと評価を得て
新しいファンがまた増えていくのを感じてるので
その新しいファンを魅了し続けて離さない優子であってくれると信じています

ただあの頃、本人にもファンにもあった異常な競争が
今はある程度落ち着いて正常化してきてる気がするので
そんな空気感の中にいたいなと思うのも本音です


さて、映画の中ではこの熱い4人が
いろいろな問題に出会いながら旅を続けるのですが
行き詰ってどうしようもなくなった時

それぞれの温度差が顕著になって
もめていく姿がリアルに表現されています

優子ファン同士の中で行き詰ってという事はないでしょうが
やはり温度差で色々と起きてたのも事実で
そんな時に推し変やヲタ卒があった気がします

愛するがゆえに冗談が通じない
昨日やった↓
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「神推しに関して冗談が通じない」
それは色々な人が通った道だったようですが

結果どおり、私には心当たりがあって
冗談にマジで答えて場を悪くしたこともあったと
今は素直に反省できます

なので、ここ数年色々と悩んで相談してくださる方々へは
この一言は必ず添えるようにしています
「自分の推しだけを見ていたらいいですよ」と
それは病みの闇の波がくる私自身にも言い聞かせる言葉ですが

どうも自分がそのど真ん中にいると効かない時もあって
ここを訪れてくれる皆さんにご迷惑をおかけする時があり
申し訳なく思っています


そして映画の中で
距離感についての台詞が出てきます

映画の中では
アーティストのツイッターで距離を近く感じている話で
それを本当に近く感じすぎている子に対して
本当は遠いんだという事を気づけと言い争う


優子がAKB48に居たとき
会いにいけるアイドルという環境を運営が用意していて
それによって物理的距離は間違いなく近かった

そして心の距離が近いと思えるかどうかは
メンバーの対応次第で大きな差が生まれていた現場

優子は与えられた環境の中で
最大限心も寄り添ってくれていると
私たちファンが思える対応を心がけてくれていた

結果、人が人を呼び
AKB48グループ随一の長さにおよび握手レーンをうみ
個別の売り上げスピードもダントツな状態になっていた

私も物理的な距離はもちろん
心の近さを優子の振る舞いによって感じさせてもらっていたし
優子がどうの、優パパがどうのと、ヲタトークの中では使うことがあっても
実際には大きな距離がある事は自覚している


その距離を時々勘違いしてしまうファンがいるのも事実で
あぁ。。。と思うけれど
それは優子が今まで過ごしてきた環境の中で生まれたもので
仕方ない部分もあるとはある程度思うのですが

できることなら
距離感はうまくたもって長く優子の応援をしてもらえたらなと思う次第です

でも何があるかわからないもので
国生さゆりとファンが結婚という話もありましたし
それは大きなお世話ですかね


そして映画の終わり
彼女たちは行き詰まり争いもうダメだと思われるところまできていながらも
ご都合主義で「それあり?」ってところもあり強引ではありますが
「どんな不可能も可能にしてみせる」という結末を迎える
後味が悪いものになったとしても


その終わりの終わりで
いろんな意味で厄介だった
4人のうち一番メンバーに対し距離を近くに感じていた子が一言

細かな台詞回しは忘れてますが

「○○さん“がんばる”っていってたね」
そして
「がんばれって言われてる気がした」と

ここの共感度は高かったです

そうなんですよね
優子が頑張れば頑張るほど、自分たちも頑張らないとって思うし
なにかと優子が発する言動からパワーをもらって
大げさでもなんでもなく、生きる活力にしているファンは多いはず

少なくとも私の周りにはそういう方たちが沢山おられます
逆に負の方向に向かう時も優子と一緒に行ってしまうんですけど
それもありでは無いかと思っています

長い優子の芸能活動を本気で応援し続ける
何が本気かわかりませんが
「ながく見届けていたい」というのが一番の想いです


・・・

「私たちのハァハァ」
ファンが主役の映画を作りたかったという作り手の思いにはまって

自分たちの姿を、内からも外から見せられた気分になって
思わずここまで長々とかいてしまいました

いまさらではありますが
このような独りよがりなブログにお付き合いいただき
本当にありがとうございます

書けない、書いてはいけないと
どんどん縛りがふえていった、この7年半でしたが

それは外圧だけではなく
自分の中で勝手にできてた縛りであるものも含まれるので
また少しずつ解きほぐして書いて行こうかと思いますので

これからも末永く
どうぞよろしくお願いいたします


アル


追伸:ロマンスのおかげで色々とミニシアター系の映画にふれて
次は「過ぐる日の、やまねこ 」が観たいと思っています

森が呼んだのだ。
「生きろ」、と。