Let's play!

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アレクサンダー・テクニーク教師 かつみの日常のブログです。

先日レッスンの時、ピアノの先生と「指を強くする」という話になり、そう言えばわたしは現在そのことについて何も考えていないけれど、じぶんの考えが変化してきたことをちょっと振り返ってみたくなりました。

 

音大受験の頃、ピアノの先生から「あなたの指は弱いから、指を強くしなさい。」と当然のように言われていました。

 

「ピアノを弾くには、あなたのようなお姫様の手じゃダメなのよ。わたしのようにお百姓さんの手の方が良いの。」と、先生はグローブのような、がっちりとした手を見せてくれました。

 

わたしの理解は、「ああ、先生のような太い指にならなければいけないんだな。」と、指を太くするにはどうしたら良いのか、真剣に考えていました。

 

言われていたのは、「しっかり弾く」ということ。

わたしだけではなく、当時のお友達の楽譜にも、たいてい「しっかり」という、先生の文字が書かれていたことを思い出します。

そのくらい、必要なこととして信じられていたんですね。

 

高校の時の、ジャズピアノを習っていたお友達は、「指を強くする」と言って、強くするグッズを買って訓練に励んでいたことを思い出します。

 

アレクサンダー・テクニークで使うボディ・マップの本、「ピアニストなら誰でも知っておきたいからだのこと」という本の中でも同じようなことが書いてありました。(わたしは英語版しかなかった時に英語で読んだので、内容に関してあまり自信はないのだけど)

アメリカでも「鍵盤の底まで押すように」なんて言われながら訓練することを良しとするみたいでした。

 

その本にも書いてありましたが、ピアノのアクションは鍵盤が底に届く前に動くようにできているので、そうすることに意味は無い、と。音を出すのに必要なのは打鍵のスピードであり、強さでは無い、と。

 

だから、「指を強くする」というのはある程度必要な人もいるだろうけれど、強ければ良いわけでも無いみたいです。前時代の世界的な迷信かもしれませんね。笑。

 

 

わたし自身のことを思い出すと、実は分離唱の佐々木基之先生のところに行くようになって、やたらと頑張って強く弾くのはやめました。指を強くしようとして、「聴いていない」ことがわかったからです。指を強くしようとすればするほど、じぶんの出している音に無責任になってゆく。出している音との繋がりがなくなってゆく。無機的な音になってゆく。

知り合いの、ドイツで学んできたピアニストさんが言っていたことを思い出します。

誰々は「指立て伏せ」なんかして指を強くしようとしているから、あいつの出す音は汚い、と。

 

その後お世話になった先生は、お嬢さんがやはりドイツに留学されていて、お嬢さんからの情報を教えてくれたのですが、その時にわたしに言ってくれた言葉が、

「あなたは柔らかくてとても良い手をしているのよ。硬い手じゃダメなの。あなたのような手が良いの。娘が先生からよく言われているんですって。」

 

びっくりです!

ダメな手、良い手、両方言われました!笑。

 

今思うと、じぶんの特性に合った進め方をすれば良いのであって、手に良い悪いは無いのだと思います。わたしの性格だと、おそらくがっしりとした手にはならないと思うし、好きな音楽も重厚なものより、流れるような、軽やかなものが好きですし。

 

芸術を学ぶ、って、じぶんを知ってゆくことですね。

先生って、それのお手伝い。

答えを決めるのはじぶんなんです。

 

P.S. アレクサンダー・テクニークの訓練中、それでもまだまだ「しっかり」弾き過ぎていたことを痛感しました。笑。

  音楽家では無い人たちが「どうしてそんなに強く弾くの?」って尋ねてくれました。

  届くのは「力」では無い、ほんとうにそう思います。

 

 

 

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