マインドフルネスの本を読んでいて、ほぼ初めの部分で驚いています。
私は自己評価が低いらしく、うすうす気付いていたのかと言えば、そうでもあるし、そうでもなかったと思います。
アレクサンダー・テクニークを学び始めた頃に、魔法使いだと言われていたヘズィさんのレッスンを受けたことがあります。
ヘズィさんのレッスンは、テーブルワークという、ベッドに横になって受けるタイプのレッスンでした。
ひととおりワークを受けて、身体も心も広がった後に、ヘズィさんは私に向かって胸の真ん中を軽く叩き、「I love myself」と言うように指示しました。
その途端、私は意味もわからず号泣してしまったのですが、ヘズィさんはどこからその情報を得たのでしょう?やはり魔法使いと言われていた所以でしょうか。
これをひとりでもやりなさい、と言われ、このようなことから、私って自分があまり好きじゃなかったのだと、気付いた次第です。
そう言えば、ヴィヴィアン・マッキー先生にも言われていました。「謙虚すぎる」と。
また、ヴォイスセラピーのはるみ先生からも、心の中にいる小さな女の子を抱きしめてあげるようにいわれていました。
そんなことが一連となり、思い出されて来ました。
どうしてそうなのか、原因はわかりません。
そして、先日行ったマインドフルネスのワークショップ。
ここで、スモールトラウマについて、教えていただきました。
親子のコミュニケーションの行き違いから、わかりやすく説明してくれました。どういうつもりで言ったのか、どう受け取ったのか、そんな行き違いで、小さなトラウマがパターン化されて積み重なってゆく。
本を読んだ時に、人にとってこの「リスペクト」の体験の有無が、先のコミュニケーションに影響するということが、書いてありました。
「リスペクト」という言葉が「尊敬」と訳さなかったのは、私たちの文化において、尊敬は相手を上に、自分を下にするようなイメージがついてしまうから、ということでした。
「尊敬」という言葉は、私は生きていく上でなんとなく使っていて、先生とか、目上の人とか、「自分はあなたよりも下です」ということを表すために使っていたような気もします。
あれ、それでは一体「リスペクト」ってどういう意味だろう?
リスペクト(敬意を払う)の定義
・相手/対象物が、良い考え、あるいは性質を持っていると私たちが信じるとき、私たちが相手/対象物に対して示す、あるいは感じる、翔さんの気持ち。
・相手/対象物が、重要であると考えられるときに示される、礼儀正しさ、敬意、気遣い。
・相手/対象物に、正しいもの、重要なものがあると感じて、それをかえようとか害そうとしてはならないという感情。
この本の中では、リスペクトを得るために、リスペクトされてこなかった子供達が、暴力やいじめをして、人を支配することでリスペクトを得ようとする話が書いてあります。
私たちは敬意を払われることによって、自分がそのグループに所属している、安全である、みんなとひとつであると感じることができるのです。
私たちの脳の、情動面に関わる部分が敬意を求めるようにプログラミングされていることは、神経科学の研究から明らかになりました。人間は相手の姿勢や頭のうごき、顔の表情やアイコンタウト、しぐさ、声の調子から、リスペクトされている証拠を拾い上げます。
〜敬意を払われることで、自分が人として受け入れられていると感じます。そして、人は誰でも、自分の話が聞かれること・理解されることによるリスペクトを必要としています。
私たちは結構無意識的に自分を高くしたり、低くしたりしていると思うのですが、そういった価値観ではありませんね。
では、理想の大人とは何なのか?
それも書いてあったので、書き出しますね。
子育ての最終地点
1 早急に決断したり、起きたことに簡単に反応しないで、広い視野を持ち、自分の行動の結果を予測することができる大人。
2 間違いをしたときに、責任を取ることができる大人。そうして、自分の不適切な決断のために影響を受けた人たちに謝ることができる人。
3 過ちをおかしたあとに、再び自信を持つことができる大人。そうしてその過ちを自己弁護したり、再び同じような過ちを繰り返して前の状態に引き戻されない人。
こうして言葉になると、大切なことが見えてくるように思えます。
まだまだ自分を育てなくてはならないけれど、とても素敵ですね。
この本から引用しました。

