約28年前に、私がまだアマダのソフト工房10階のアムテックに所属していて、AP200CADとNewAP構想に取り組み始めていた頃、AP200から井一義人さんが担当していた何十億円も外注費をかけたAP200CAMが開発中止になった時、NewAP構想のモデル設計会(説法会)で元アマダのC&C事業部の井一義人さんが言った言葉が「アマダのソフトがダメになる!」でした。
当時、私は井一さんが手配師だとは知らず優秀な開発者だと思っていたので、この発言を聞いた時、何のことだろうと思っていました。
後々、井一さんが手配師だと分かると、AP200CAMが開発中止されて担当していた手配の仕事がなくなり、立場がなくなるのを恐れていたのだと解釈しました。
結局、井一さんはNewAP構想(後のAP100)のリーダーとなり、手配の仕事を得られた訳ですが。ただ、AP100は井一さんたちが手配したIOTAモデルではなく、PLSモデルとして実現し量販されました。IOTAモデルは破綻しました。