藤村佳久のブログ

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 私がまだ、アマダのソフト工房7階のPCLプロジェクトから南館の生産管理の部隊に一時席を置いてもらった時、アムテックの住田徳蔵取締役にAP100(PLSモデル)のデータベースやコアシステムの話をしていた時に、住田さんが「石田200番地にはAP60のデータベースを理解できる人間はいない」といったので、私は落胆したら、住田さんが言った言葉が「データベースの詳細が外部にあるのもアマダのお金の力だ!」でした。

 元々はAP60のデータベースがボロボロで不安定だったことがきっかけでNewAP構想となりAP100(PLSモデル)とつながったのに、PLSモデル自身を客観的に評価できる人がいないとは!!!
 また、ソフト工房10階のアムテック本体のAP200CAD部隊に戻った時に、坂口聡課長が言った言葉が「アマダは技術ではない!お金の力で商品を作るんだ」と豪語していました。

 

 お金の力で作ったAP60は、システムが不安で、レスポンスが極めて遅く、とても商品とは言い難い代物だった訳で、その原因がアマダグループのソフト開発の取り組みそのものが悪かったのだと少なからず推定できたのです。

 ソフト開発子会社のアムテックも、アムテックを仲介して、ソフト協力会社に支払う人件費の10%を大きな収益源としていたのですから、開発費がかかればかかるほど儲かる仕組みは理解し難かった。AP60に至るまでの200億円の失敗で大儲けしたのがどこの会社か?

 江守会長がAP60の売れ行きの悪さや不評を危惧していましたが、その主な原因がどこにあったのかがお分かりだったかどうか?今となっては大いなる疑問ですが。