【複製】田辺和夫さんの年賀状の言葉「AP100(PLSモデル)は沢山売れたんだ!藤村なんか帰って | 藤村佳久のブログ

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私がアマダグループのアムテックを退職してから、3年か4年後の西暦2000年頃の田辺和夫さんの年賀状に書かれていた言葉が、「AP100(PLSモデル)は沢山売れたんだ!藤村なんて帰ってくるな!」でした。

田辺さんは、AP100(IOTAモデル)を推し進めていて、このIOTAモデルでパンチングの自動加工を実現するだけでなく、図形を変えれば自動的に工具軌跡が変更され追従する機能や自動加工の割り付けパーターンをテンプレート化して学習して次回の割り付けに使えるようにする学習機能などを実現しようとして協力会社のDUO青木保さんと設計をしていたようなのですが、私がPLSモデルに変更してそれが実現できなくなることを憂いて、「前(IOTAモデル)ので良かったんだ!」と言って嘆いたいました。

しかし、PLSモデルが量販できると、「AP100(PLSモデル)は沢山売れたんだ!藤村なんて帰ってくるな」と言って私の復帰を阻み続けています。

結局、功罪を有耶無耶にしています。