父はペースメーカーを入れた後、すぐにリハビリを始めた。

少しでも歩けるようになって、自宅へ戻るためだ。

 

 

リハビリを始めてすぐ、病院から電話があった。

「お父さん、今日は5分も一人で歩けましたよ!」

 

病院からの電話は正直心臓に悪い。

ほとんど悪い知らせしかないからだ。

 

その報告は私は兄から聞いたのだが、兄の踊るような声でこの報告を聞いた時、胸の奥が熱くなるような感覚で涙が出そうになるのを堪えた記憶がある。

 

なんだか、希望の光が差し込むというか、心に重くのしかかっていたものが少し軽くなったようだった。

 

父はひょっとしたら、余命宣告なんか吹き飛ばしてまだまだ生きてくれるのではないか?

 

きっとそうに違いない。

 

 

私はしばらく休んでいた仕事へも戻った。

当時は仕事へ出ると丸々3日間は帰ってこれなかったので休んでいた。

 

私が仕事にでて、病院へ行けない日は主人が父のところへ行ってくれた。

お見舞いに主人は駅で見つけたおいしそうなアンパンを買っていこうと思ったらしい。甘いものは父の大好物だ。

父はルールには厳しい人なのに、入院のときだけ甘いものに関してはこっそりそのルールを打ち破る。

今回の入院でも、小さいタッパーに黒砂糖を持ち込んで看護師さんに見つかって怒られたそうだ。

まぁでもね、病院のごはんは味がないもんね。甘いもん、食べたいわな。

 

まぁそんな話を主人ともしていたので、アンパンかお饅頭かでも食べさせてあげようと思ったらしい。

だけど、そこは思いとどまった。いくらなんでもやっぱ勝手に食べさせたらあかんよねって。

でも、主人の考えがわかっていたのかのように、父は病室で「あんこ食べたいわ~。」と言ったらしい。

後で、主人は私に「あ~買っていけばよかった。次の時、買ってくわ」と話した。

 

そして父は主人にこうも話した。「快気祝いは○○君のお店でやるよってな、頼むな。」

私は異国の地でその報告を聞いて、ますます胸が熱くなった。

 

お父さん、頑張ろうな。

きっと大丈夫や。

退院して「あんこ」いっぱい食べてや!

 

そして、3日後。日本へ戻って父の様子を見に行った。たった3日しかたっていないのに、父に会えない時間が長く感じた。

そして、主人の話を聞いてから3日もたっていないのに、父の様子は少し変わり始めていた。

お腹に圧迫感があるようで、私に便秘薬を買ってきてほしいと頼んできた。

 

医者から処方されてない薬は飲んだらあかんやんと言った。

 

父はそれでも何度か訴えてきた。

 

お父さん、あの時薬飲んでたらちょっと楽やったんかな。

 

きっと苦しかったんやな。ごめんな。

 

それから少しずつ父の口数が明らかに減っていった。