先の記事の続きになりますが、

 

子どもたちを練習会場に送り出した後、

 

親(私たち夫婦)は少し時間があったので

 

知多半島の少し南まで

 

久しぶりに妻とドライブしました。

 

 

🚙

 

 

 

人里離れた田んぼ道を通っていると、

 

その道端に

 

小さいお地蔵さんが立っていました。

 

 

 

 

しかし・・・

 

花は枯れ

 

しばらく誰もお参りをしていない、

 

正にそのような感じでした。

 

 

 

 

どのようないわれで

 

そこに立っているのか・・・

 

分かりませんが少し気になりました

 

が、

 

子どもたちを迎えに行く時刻も近づいていましたので、

 

北(元来た道)へ進路を変えました。

 

 

 

ただ・・・

 

気になります。。。

 

 

(。•́︿•̀。)

 

 

 

ホームセンターに立ち寄り

 

切り花を買い・・・

 

お地蔵さんのところへ

 

また戻っていきました。

 

 

 

枯れた花から

 

元気な花へ

 

・・・

 

 

 

 

最後に手を合わせて

 

帰りました。

 

 

 

 

 

勝手な自己満足なのかも知れません。

 

 

 

また、

 

特に何か自分にご利益があるとも思いません。

 

 

 

一方、

 

「気になったこと」

 

「心が動いたこと」

 

そのこと(心の動き)に

 

『素直になること』

 

も大切なのかな

 

と思ったのです。

 

 

 

人一人ができることは

 

本当に小さなことです。

 

 

 

しかし、

 

その一つの僅か働きが大切なのではないか

 

と思うのです。

 

 

 

たとえ多くの人が気に留めないこと

 

であっても。