先週末も

 

学校の消毒ボランティアに行きました。

 

 

 

 

これで自身は、4日目。

 

 

 

 

週末の金曜日は、

 

便器や流し以外の部分も、

 

隅々まできれいに流して掃除します。

 

 

 

 

意外な重労働。。。

 

 

 

 

しかし、

 

きれいになったトイレを見ると、

 

達成感がわいてきます。

 

😃

 

 

 

 

 

ところで、

 

「達成感」

 

と言えば、

 

スポーツの現場でも

 

感じます。

 

 

 

 

長らく現場を離れているわが身ですが、

 

本職は指導者

 

なんです。。。💧

 

 

 

 

で、

 

久しぶりに達成感を覚える瞬間が、

 

この日にありました。

 

 

 

 

消毒ボランティアに参加された方の中に、

 

元教え子のお母さまがいらっしゃいました。

 

 

 

 

その子は、

 

うちの子(長女)と同級。

 

 

 

 

現中学1年生。

 

 

 

 

 

昨年度、

 

ご家庭の事情でクラブをお辞めになられて、

 

それ以来、(お母さまとも)お会いしておりませんでした。

 

 

 

 

 

この消毒ボランティアで、

 

偶然再会しました。

 

 

 

 

で、

 

清掃作業の前に、

 

わざわざ私を引き留められて

 

「ご無沙汰しています。うちの子のことなんですけど・・・」

 

(一瞬、ヤバイ、、、なんか嫌な予感が…頭をよぎりました💦)

 

 

・・・

 

実は、

 

何もヤバイ話ではなく

 

・・・・・・

 

お話は、

 

次のような内容でした。

 

👇

 

うちの子は

 

その後、中学に進んで、

 

サッカー部に体験、仮入部しました。

 

そして、

 

担任兼顧問の先生から

 

「君は、サッカーの基礎基本ができているな」

 

と褒めていただきました。

 

それを一言、

 

(前所属のクラブの指導者である私に)

 

どうしても報告したかった

 

・・・・・・・・・

 

とのこと。

 

 

 

( ;∀;)

 

 

( ノД`)

 

 

 

そう、

 

この瞬間こそが

 

私が一番うれしい時、

 

つまり報われる瞬間

 

なのです!

 

 

 

 

 

 

「育成年代を担っている指導者は、

 

 『その時(指導しているその時)に

 

 報われることなどあまりない』

 

 のが現実」

 

なのです。

 

 

 

 

むしろ、

 

子どもとも親とも

 

“もどかしい”やりとりを繰り返す

 

ものです。

 

 

 

 

なぜなら、

 

「お互い、まだ何もよく分かっていないから」。

 

 

👆

この表現は

 

誤解がないように補足しますと、

 

分からないのは当たり前

 

と、いうことです。

 

 

 

「スポーツて何?」

 

「サッカーて何?」

 

・・・

 

やってみて気づくことだらけ

 

だと思うのです。

 

 

 

 

で、ここで

 

辛抱強く

 

素直な心で向き合い

 

続けることができた人(親子)が

 

幸せを掴んでいきます。

 

 

 

 

 

そして、

 

私(育成の指導者)の立場は、

 

なかなか形として結果が出ない毎日を、

 

これまた我慢強く繰り返していくしかないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結果が出る」

 

「芽が出る」

 

のは

 

・・・

 

実は、数年後

 

なのです。

 

 

 

 

 

その時に、

 

「あのクラブにいて、あの指導者に会って良かったな」

 

と思ってもらえることが

 

結果なのです。

 

 

 

 

ですから

 

・・・

 

教えている時は、

 

対象者、そのご家族に関わっている時は、

 

「そもそも目に見える結果など出ない」

 

そんな仕事である

 

・・・

 

と最近しみじみ解るようになってきました。

 

 

 

 

 

 

とにかくうれしかったですね。

 

 

 

 

 

決して、いい人ぶっているわけではありません。

 

 

 

 

私は

 

一人の

 

指導者として

 

先生(※子どもたちより先に生まれた人)として

 

子どもたちの人生に

 

何か成長のきっかけを残せたことが

 

素直にうれしいのです。

 

 

 

 

 

それが、

 

育成年代の指導者の本懐

 

だと思います。