2019年4月10日(水曜日)の
中日新聞の読者投稿欄から
強く心に留まった記事がありました。
ここで紹介したいのですが、
新聞記事をそのまま転載してもよいものか
分からない部分もありますので、
概要だけにとどめたいと思います。
時は、
戦後間もない時期。
投稿者の方は、まだ小学校6年生。
当然のことながら、食べるものが乏しく給食がない時代です。
弁当といえば少量の白米を麦や芋でかさを増した主食に、
おかずとして梅干しか味噌が付くのが常だったようです。
その当時のある日、
少年(投稿者の子ども時分)が昼食時に、
弁当を取り出そうと鞄を開けたのですが・・・
弁当が入っていないことに気づき落胆します。
(家に置いてきてしまったようです)
その様子を見かねた担任の先生が一言、
「俺の食べよ」
・・・と。
ご自身の弁当を差し出されました。
(そのお弁当は白米に、つくだ煮や卵焼などの豪華なおかずが並んでいたそうです)
ただ、
その先生は、
黒板の横に竹のむちを置き、
居眠りをしようものなら容赦なくチョークを投げた方だったそうです。。。
(その怖い先生と)このたび投稿された方とは、
7年前、先生が86歳でお亡くなりになられるまで
毎年、年賀状でのやりとりを続けてこられたそうです。
しかし、
あの時の弁当のお礼はついに言えず、
そのことを今でもとても後悔している
という内容でした。
昭和から平成へ時は流れ、
その平成も間もなく終わろうとしています。
巷では
やれ何かと
パワハラや体罰と
囃し立てる時代
・・・
大人は委縮し
引き換えに
愛さえ失われたような気がしてなりません。
大人(教師、指導者、親)が
子どもを想う心、姿勢とは何か
を再認識させられた内容でした。
賛否両論あることでしょうが、
私は、この記事から師弟愛の形を感じました。
筆者の方(現在79歳男性)が仮に・・・
「怖い、憎らしい先生」
とだけ感じていたのであれば、
年賀状のやりとりなど続けられるわけがありません。
『愛とは何か』
を再認識させられる記事でした。