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そう言えば、書いてるよ

物の哀れに掴まれて、こういう時代に生きるしかなければ、少なくとも自分の心で。平安時代の娘だな。

そう言えば、書いてたな。このブログ。

 

なんの気持ち、何の目的だったと忘れたが、少し過去の記事を読むと、若かったな。。と

 

夢なら、まだたくさん残ってた。あら、寂しい?そうじゃないやろう。

 

別にそのムードでだはないが、37歳になった自分にまた少し余裕ができて、久しぶりに書こうかなと思った。

 

「芸の元が退屈」と海外でよく言いますが、確かに仕事や日常生活に問われたら、ゆっくり自分の才能や本心を聞ける貴重な無言が無くなる。最近の自分、そろそろ人生の大きな転換が来ると感じて、またその薄いメロディーを聞き始めた。

 

今年の正月にこの決心をした。

 

・イタリアにリバウンドした分を痩せてから、更に10キロ痩せる

・新しい会社に楽しく気楽に働く

・やりたいことのみやる 

・他人より自分にお金使う 

・教室など色々通う 

・嫌な事言うorやる人を直ぐに切る 

・10年ぶりに恋愛にチャンスあげる 

・睡眠が最大化する

 

まだ3月なのに、そこそこ出来てるが、一つを取り返す。

 

・10年ぶりに恋愛にチャンスあげる

 

真剣にそうしたいと思ったが、愛なんていらないに気づいてしまった。本当に面倒なことだけだ。夢ばかり見せられて、目覚めた後に寂しさもなく、ただただ面倒な気持ちが残る。やはり、愛する心の準備できておらず、先に掃除しなくちゃいけないものがある。その決心と入れ替えよう。

 

最近、言葉の大事さに本当に気付いた。多くの人は「言った・言われた」ダメな言葉で別れると思ってる。でも、言われた言葉が喧嘩の元になるほどお互いに気持ちがあること、怒りが覚めてどちらか一歩したら、何度もやり直せる。イタリアにはよくこのストーリーを言う。

 

「花瓶を床に捨てて、かけらに割れちゃう。謝ってみて。前の形に戻らないでしょう。人の心が一緒。」

 

でも、日本では金継ぎがある。うまく治せる回復力がある気がする。

 

本当に法返しがつかない言葉は言った言葉ではなく、言わなかった言葉だ。

 

ありがとう。ごめんなさい。美味しかった。おめでとう。私も。

 

言うべき言葉を言えないものが後悔や未練で生き残りやすい。だから、私が言わなかった言葉の後悔より、切なさを呼ぶ正直さをいつも選びました。相手に対してではなく、自分に対して正直でいたかったから。

 

最近は出会った男がいた。必須条件を持ったのに(175㎝以上、歯並びよく、がっちりなど)外面的にそんなにタイプではなかったが、会話が最高でした。同じ外国人であり、彼がソングライター、同じ年で趣味も近い。礼儀を持ちながら冗談もうまい。デートの日に楽しみにしてたが、彼の言い過ぎに気になった。結構甘い言葉を言いながら、まだデート行ってないのにもう付き合うような言葉を。さすがに逃げたくなる。それでも、我慢した。デートの日に、雪が降る予防だから、わがまま言い始める。そんな寒いならリスケしようかと言ってあげたら、うん、そうしよう!と返された。そしたら夜に連絡され、「あなたに惜しがられたかった。寒いと文句言っただけで、簡単にリスケと言われて、俺とそんなに会いたくないと思って寂しかった、夜になると結局誘われると思って」と泣きつかれた。

 

ああああああああああああああ、めんどくさい。男ほどめんどくさいことありません!と改めて思ったw

 

長いメッセージで積極したら、おそらくラインブロック?結局返事なし。簡単なもんだ。

 

この時代の男達、どうしたんだろう。みんなおこちゃまみたいに、ほしいものをはっきり言えず、ほしくないふりして、こっちから冷めたらいきなり熱くなって。「彼」でもないのに!

 

そう思って、気づいた。こんなに男に秒でうんざりになって、直ぐに切る理由。つまらなさとめんどくささを許せるほど、彼への感情を超えないから。比べてしまったらおしまい。超えるチャンスを上げたくても、短気な自分がすぐに逃げてしまう。

 

それと、そもそも彼氏いるか?というと、もうその時が過ぎた気がする。今回は本当に会話の相性がありすぎて、付き合えると思った。でも。。自分の人生をだれかと分けなくちゃいけない。結婚でもして、同じ部屋に住む。死ぬほど欲しい子供の教育ぐらい分けたくない。こんな私が彼氏できたら苦しむじゃないか?と思ってしまった。

 

おそらく、結婚しても飽き性の私が続かないだろうと本当に思うが、どうして彼氏でもなかった10年間の恋愛に飽きてこないかと考え始めたら気づいた。必要だから。夢の彼さえいれば、真実と向き合わなくていい。恋人関係にどうせ必要な努力もせず、このままの自分らしい人生を続ける。

 

学歴も職歴もある、才能もあれば金もある、美も何とか(笑)。何よりも自由がある。会いたいときにあって、会いたくないときに逃げて、便利な関係であろうが。ただ、その自由もかごになってると気づいた限り、もう目をそらせない。

 

幸せになりたいなら、腐れ縁を片付けなきゃ。私のことがほしいさえ言えないもの、私のことを失わなくちゃ。

 

今まで、言葉いらなかった。目がさえいれば。無意識を読める私に、こっそり笑って許してしまってたが、37歳になった自分がきづいてしまった。言われてない言葉の大事さに。

 

お誕生日おめでとう

 

9年前、気付くチャンスをくれたのに。今考えれば、苦笑いが出る。

 

9年前の2月末、おそらく25日あたり。あの時にまだ子供にしか見えなかった少年へ「次会った時に私の誕生日だから、忘れないで」と言った。そして、誕生日の日に忘れたと思ったら、顔を合わせた瞬間に挨拶もせずに、とてもかわいく、お誕生日おめでとう!!!と言ってくれた。嬉しかった、真剣に。でも、同じ日に誕生日だとわかってても、わざとおめでとう言わなかった人の言葉が苦しくて、ちゃんと目が向くべきところをそれてしまいました。あの時に、喜ぶところを喜んで、わかるところわかって、違う道が歩んだら翌年にもっとひどい思い出しなかった。

 

私の翌日に誕生日だった友達とまたあった。長く話したのに冷たくされ、離れたらわざわざ振り返って、隣にいる友達に向かって「一日早いけど、お誕生日おめでとう」。なんて恥ずかしい気持ちか書ききれない。心刺されたようだった。

 

こういういたずらなら、いくらでもあった。10年のうち、いくらでもおもちゃになってしまった。自分が遊ばなくても、他の子供が遊んだら嫌がって、これは俺のおもちゃだから戻してこい!に喜んだあたしもバカだったやろうが、必死に他の主人を探した心がよっぽどバカでした。

 

何か始まるには、この腐れ縁が終わらなきゃ。会わない、話さない、仲良くしない、そういう表の問題じゃない。自分の中に、終わらなくちゃいけない。デート言っても、彼を超える人を探さなくたっていい。いないから。この10年、自分の人生の一番特別でしたから。寂しかったり、楽しかったり、各涙の一粒を恨んでいない。一粒一粒心に集めて、新鮮に飲んでたから。

 

でも、もう進もう。先の会話の相性がある男も切ったら、以外とすっかりした。彼女ごっこするのは重かったやろう。

 

誰も愛さない女のキャラ、そこそこ面白くない?目で楽しんでも、触っちゃいけない禁物。

 

やはり、言葉に残すと完全にすっかりする。言葉言えない可哀そうなものも、この幸せを知ってほしいな。

 

あららららら、そろそろ春やね。大好きな季節が来ちゃう。

 

新しい自分、大歓迎だ。本当の自由以外、何も望まない。

 

二人とも、自由になろう。

 

あばよ🌸