ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり -20ページ目

ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

発達障害の少年が行方不明と。

以前にも発達障害のお子さんをテレビで放送していて、私には分かった事があった。


いずれも、五行でいうところの火が、名前の中に異常に多く、頭が良い事を示していました。

もちろん名前として運が良いとはいえませんが、それでも実は頭は良い、いいえ、良過ぎると、

言えるのかもしれません。


そして今朝のニュースの少年は、名に月徳合が付いていますので、まもなく見つかるでしょう。

月徳合とは、隠れた援助者がいる、という星だからです。しかも、無事に。


そして、もう一つ大きな事は、この方の名の中に学術優秀、芸術、芸能方面で異才を発揮する

という星が付いていますので、こちらの方面に進ませてあげる事が出来ると思われます。


くれぐれも、厄介者扱いせずに、大切に育てたいものです。


また、この方のウラの名に、駅馬があり、よく動く事を示しています。

動かないようにして置きたいのは、やまやまですが、そうはならない、と言う事でしょうね。


火が多いと言う事は、水を嫌がるかもしれません。(お風呂、プール嫌いなど)

また、火とは、情念、感情、情動、精神というものを司りますので、

あわてさせない事が最も大切と言えるのかもしれません。


どうか、見つけた人は、くれぐれもソフトに扱ってあげてください。

また、火の人は、木のおもちゃや、粘土のおもちゃに、反応するかもしれましん。試してみて。


人とは、このように、自分の性質に反応するものなのです。

そして、反対のものを嫌うのです。 なんて、自然な事なのでしょうか。


皆さんも、何か思いついたら、ここに書き込んでみてください。

私と、多くの皆さんとともに、検証してみようではありませんか。



追記、いつもブログのランキングを見ているのですが、

    総合で、209万人中の 6.33%

    ジャンル別で、169万人中の、 4.01%

    この数字がどれほど良いのか、悪いのか分りませんが、

    私は私らしく、書きたい事を書こうと思っています。そして考えていただこうと。


    今はやりの可愛らしいものは、書けないのが、辛いところですが

    悪しからずご了承ください。

今日は振り替え休日の、快晴のクリスマス。 お風邪など召していませんか。


今朝午前3時過ぎの満月を見ましたか。本当に本が読めるくらいの素晴らしい満月でしたよ。


今年もあとわずかですが、皆様には、どんな一年でしたでしょうか。

偽装の「偽」の付く年でしたが、来年こそは良い年にしなげればなりません。


年も押し詰まって、福田総理が英断をなさって、薬害肝炎の被害者の方々が救われる方向に

進んできました事は、本当に喜びに絶えません。これでこそ日本の総理です。

このように、拉致被害者の問題も、早く解決する事を願ってやみません。


世の中には、人の金にたかって生きている人もいますが、銀行も、国も、

庶民にたかって生きているのですか?

庶民の血税や、庶民が預けたお金を勝手に使って、損をさせるなど、

あってはならない愚かさです。


それをもって他国に良い顔をして、なおかつ、侮(あなど)られるなど、

あってはならない愚かさです。

(どこかの国も恥知らず。 たっぷりとODAをもらっておきながら、反日? 頭が変?)

(どこかの国の恥知らず。 偽物を作って他国に売る、他国の損害を考えない国なの?)


いったい国の指導者は、この国の庶民の心を、お金を、なんだと思っているのでしょうか。

また、日本の国土の荒廃が進むという事は、この国が敗れる事になることを、考えないのか。

考えずして、余剰金を、役人の私腹のためにのみ使うなどと、どこのバカが考えるのでしょうか。

高級?役人の給料に3兆円? どこのアホだ。 出てきた顔を見せろと言いたい。


ああ、メリークリスマスでした。 怒りはダメね。 でも、目を覚ませていなくちゃね。

来年は、国民の、国民による、国民のための?金銭感覚を、取り戻しましょう。

政治家に染まり過ぎた頭に鉄槌を?


ああ、またまた、メリークリスマス。 和をもって尊しとなす国から、世界に平和を。

メリークリスマス、 メリークリスマス、 メリークリスマス、 皆様。

皆様が幸福でありますように。






私の感覚はチョー平均、これは本当の事。 まったく、悲しくなるぐらいに。

でも、チョー平均だからこそ、人の気持ちが分かるとも、言えるのでしょうね。


それは、私がはやると思ったものは、はやるからです。

色彩も、物品も、人気の出る博物館などもです。

しかし、それは、とりもなおさず、多くの皆さんの好みだから、私が偉い訳でもないのです。

ただ、これはいいと思ったものが、はやるだけです。


また、私の宿命星の中には、「五感が非常に正確である」という星が付いています。

私の本名と仕事名と、何度か変遷した名がありますが、それらを皆、足してみますと、

五行(木、火、土、金、水)すべてがそろっています。

それで、人の心が分かると言うのなら、これこそ私の宿命でしょう。

ですから私は、できない事をしている訳ではないのです。



また、これは自慢していると思われても困りますが、本当の事ですから、書きますが、

四柱推命の中に、(知っている人は知っている事ですが)

美智子皇后が持っていらっしゃる貴命の星、「傷官はい印格」というものがあります。本には

「非常に良い格となり、貴命となります。学芸に優れた素質を持ち、恵まれた運勢の持ち主」

と、書いてあるのですが、その「傷官はい印格」は、私にも付いています。


ただし、美智子皇后の御名には、水庫が四つも付いていました。

水庫は、非常に心清らかな星であり、人に愛され、信用される星でもありますので、

あのように人気があるのでしょうね。


私は、私の資料の中でですが、今までに、水庫が四つもそろった人を、見た事がありません。

あの方ただお一人です。誰にでもなれるお立場ではありませんものね。

あの方を皇室に迎えたお方は、正しく選ばれたという事です。

(もちろん雅子様も、全柱に貴神を持った、珍しく尊いお方です。愛子様も同じ)


私は、いろんなものを研究分析するのが好きですが、分析能力も、書くことが好きなのも、

みな、私の宿命に入っている事です。

人はたぶん、自分ではないものには、なれない事になっているのでしょう。

歌手の人が、ほとんど14を持っているようにです。

絵は7、スポーツは18とか17のようにね。


それらを分析、解説できる私は、実は、チョー平均と言いながら、単なる平均ではなく、

超平均と言えるのかもしれませんけれど。



お久しぶりです。 皆さんはお元気ですか。

私こそ、喉の痛い風邪を引いてしまって、今も全快とはいかないのが残念です。


暮れも押し詰まって来た感がありますが、私の今年も、いろんな事がありました。


(まあ! 久しぶりに文字を打っているというのに、ピコピコと快調だこと。うれしいわ)


人は、どんなにいい名の人でも、年がら年中、運が良く、快調ということはないのです。

人は単純に、運のいい人は気楽でいいと、思うかもしれませんが、そんな事はありませんよ。


どんな人にも、波があるからです。

それでかえって、運が悪いのに、いい波に乗っていると思って、思い上がって失敗する人が

多くいるのです。

また、逆に、運がいい人なのに、悪い波に乗って居るばかりに、自分を信じられず、

自分を見失って、失敗する人がいます。


これらの、いたたまれない失敗を、なくす方法が、実はあるのです。


第一、大きな(偉大な)成功を約束された人は、大きな苦しみが必ずあると言う事。

    その悲しみに打ちひしがれるから、才能が無いように思うのであって、

    そうではなく、心を振るい起こして、再起すればいいのです。 前進あるのみです。

    

第二、自分がかかわっている、狭い人間の中で、安穏(あんのん)としている時、

    居心地(いごこち)がいい場合、あなたは幸せかもしれません。

    その幸せを大切にしていきたいと思うとき、あなたは幸せかもしれません。

    特に小さい子供を持つとき、その幸せは、とても大切で、

    あなたの人生と、子供の人生二つを守り、将来の安定の基礎になるからです。

    簡単に心迷い、不倫などを求めて、生活をゆるがせにしない強い心が、必要なのです。

    特に、焦る気持ちで、何かしない事です。何事も、順番と時があるからです。


第三、あなたの生命体は、あなたの人生のために用意されているものであって、

    あなたを苦しませるために、時間を与えたのではない、と言う事です。

    どんな事情や、場合でもですよ。

    あなたが、どんな境遇からでも再起し、幸福をつかむために用意されているのです。

    苦しみを苦しみのままで終わらせない事です。

    憎しみを憎しみのままにしない事です。

    自分に出来る最高の事を、神はあなたに求めているのです。



「もし、死んでしまったら? もし、大病をしてしまったら? もし、子供を亡くしたら?もし、もし」


と、いくら心配しても、いくら嘆(なげ)いたとしても、すべてには時と意味が、存在しています。

皆さんは覚えていますか? 

一家心中した家の子供さんの名には、生きるラインが一本も、無かった事を。

私はそれを見たとき、「生きてはいけないと言う意味か」と、嘆いたものでした。


DNA の断絶です。 そのDNAは、もう二度と、存在は許されないと言う事です。

ただそれだけの事です。 他の人には関係ない事です。

だから、人を恨(うら)んではいけないという事です。(まして、道連れなど、最悪です)


あなたがまだ生きているなら、どんな事も努力すべきです。

あなたがまだ、”悪に身を染め、犯罪を犯している” のではないのなら、

あなたは幸福な人と言うべきです。

ですから、これからも、一切の罪を犯さないで。あなたのためです。

あなたの愛する親族のためです。

あなたは一人で生きている訳ではないのですから。


今の世の薬害のように、不幸にしてそうなってしまったら、あなたには戦う道が残っています。

悪徳と戦う道です。これほど辛(つら)く、偉大な宿命はないのです。

偉大な仕事には多くの人の協力が必要です。

自分達の事だ、と狭く考えないで、人類、日本のためだと思って、悪徳と戦いましょう。


相手を恨んで戦うのではありませんよ。あなたの不快を、快にするために戦うのです。

実際、悪徳の栄えは無い事を、見せ付けてやるのです。


だから、どんな人も、人に勝ちたいと思ったら、仕返しをするのではなく、

あなたが成功してみせる事です。そのために必要な時間は、きっとあるからです。


あなたは、あなたを大切にする時間を、生きて欲しいのです。

たとえ、死んでも、あなたのそれまでの栄光は残るからです。


えっ? 栄光も、誉れも、何も無いですって?

うふふ、そういう人はどうしましょうかね。 


皆が皆、英雄ではないとか、皆が皆、悟りを開くのではないとか、

皆が皆、偉大にはなれないなどと、適当に言いましょうかね。


実際、栄光も誉れも欲しい人は、もうすでに動いているからです。

そして、あなたも、今からでも、間に合うからです。 さあ、どうします?

前進あるのみ。

あなたの人生は、あなたのものです。快にしてみる気は、あるのでしょう?

だったら、今からが勝負だと、思いませんか。


目標の山が大きく遠い時、その道は長いものです。

さあ、一足飛びはありませんので、一歩一歩から始めるのです。

今日から、栄光の道に、歩いていきましょう。





    



こんにちは、皆さんはお元気ですか。風邪など引いていませんか。

今年の風邪は咽喉をやられるのでしょうか。いかがです?


今日は、こんな難しい事を、考えてみたいと思います。


皆さんは読めますか? 「解脱 (げだつ)」。 どんな事を指すか分りますか?

集英社国語辞典p.508に、こう書いてあります。

  1:再生を繰り返す輪廻から解放されること。

  2:この世の迷い苦しみから解放されること。

  1と2:「涅槃 (ねはん)」と同義の場合もある。


人はいろんな事を考えて生きていますが、ときどきその言葉に縛られてしまって、

かえって苦しんでいる人が多くいます。この言葉などは、その典型かもしれませんね。


今まで私はいろんな事を言ってきましたが、「解脱」などと言う事は、出来る人は出来、

出来ない人は出来ないのかもしれないので、心配はいらないという事です。


人はなんでも出来ると思うのは、違うのです。

その人にはそれだけの準備された環境と、宿命が用意されているのです。

また、その事を手にいれるのに、普通の人では耐えられない時間が予定されているのです。

でも、出来る人は、それが宿命なので、出来てしまうのです。


ですから、その人にとっては、苦しみの修行といっても、出来てしまうのです。

まして、その間に罪を犯したりしません。

なぜなら、たぶん、天使が守っているからです。

その人の周りを、四六時中寝ずの番をして、両側と後ろに、守る天使が居るのです。

そして、その人が迷った時には、前を先導する天使だって、現れてくれるのです。


その人が喜びの内に、涙をしたたらせつつ、感謝の祈りとともに、修行を達成する事は、

明らかな事実なのです。

喜びの内に達成できない事の方が問題なのです。


また、数字から言っても、それは明らかに理解する事が出来ます。

それではいきますよ。あなたの頭を冷静にして、見てください。


「解  脱 (げだつ) 」 と書いて、

13  13 = 26


26とは、裏切りの最大凶です。一生を平安に過ごす事ができない、そら恐ろしい大凶です。

 (先日の岩手の殺人事件も、犯人はこの26を持っていました。悲しくやりきれない事です)

 (オウム事件の松本智津夫も、この26を持ち、翻弄された一人の罪人です)

 (詐欺を働いた会社や、犯人にはほとんど付いていますから、気をつけてね)

反乱の加害者、被害者となる事が多く、失意、不如意、孤独の内に苦しみの世を送るのです。

またこの人は、物事がうまくいかない事を人のせいにすることが多く、傷を深めてしまうのです。


ですから、賢い皆さんは勘付いているように、( 22の真理と同じ)

いくら解脱、解脱と言おうとも、そう簡単に手に入るものでないのです。


まして、罪人として、大罪を犯したものに、神の許しが与えられるはずも無いのです。

いまだに罪を人のせいのようにして、反省も無く、道を生きようとしているオウムの人々に

神は決して、許しを与えるはずも無く、究極の輪廻の底に突き落とされている事を

知らない事の方が問題なのです。



そして、もう一つおもしろい計算が成立するのです。

それは、26 - 10 (思い上がりの心) = 16 最高無比の最大吉数となると言う事です。


人は、思い上がりの心がある間は、解脱など、出来ないと言う事です。

しかも、麻原彰晃は、松本が自分で付けたと自慢していた名ですが、

この中に含まれているものは、金銭トラブルと、セックスのみ。

いかにも彼ではないでしょうか。

(オウム真理教も、分解、分析していけば、金銭トラブルとセックスしか残らなかった)

そんな事も分からない方が問題だったのです。そんな彼にかかわった人々もみな、

苦しみの名を持つ人ばかりでした。 哀れで、悲しく、やりきれない事です。



ですから、賢い皆さんは、簡単に何でも鵜呑みにしない事です。

本当に知りたかったら、本当の修行を求める事です。

そして、お師匠さんが罪を犯していたら、そこを去るぐらいの勇気を持ってください。

朱に交われば赤くなる。 恐ろしい事です。

罪を見過ごした解脱などはあり得ないからです。


そして本当に解脱したかったら、たった今から、罪の一切をしませんと誓いなさい。

神はあなたの決心の強さを見極めてから、やってきますよ。


それは温かく、うれしい自分の発見につながり、あなたの驚きの連続の人生の始まりです。

本当の修行を積んだ人に、輪廻が苦しい人などいません。

仏の来迎を待つ事も必要ないからです。


ですから、「輪廻をなんど繰り返せばいいのか。5度か」と、聞いた人がいますが、

そんな事は意味の無い質問なのです。

5度もあり得、1度かもしれないしれないのですから。

しかも、それらも、多くはあなたの生き方にかかわる事が多く、

それに答えられる人はいないからです。


神のみぞ知り、あなた自身が、知っている事だからです。








今日は変な表題ですが、本当にあった事ですから、辛抱してくださいね。


これは不思議な事ですが、本当の事で、姓名判断をしている私ですから、

驚く事もないのでしょうが、とても考えさせられた事由の一つでした。


それは、こんな言葉から始まりました。  「結婚まえの、お前が好きだった」と。


結婚5年。丁度夫婦らしくなってくる頃の言葉でした。

私のお客様のお嫁さんでしたから、面識はありませんでしたが、一度来てもらうことにして、

後日の予約をさせていただきました。


やって来たお嫁さんは、見るからにきちんとした、美しいお人で、とても賢そうでした。

ですから、私は、「どんなお悩みですか?」と、尋ねました。


世の中にはいろんな観法がありますから座っただけで観るという方法を取られる方もいますが、

私はそれを良しとしません。

なぜなら、易聖といわれた高島嘉右衛門が、それを厳に戒められたからです。

嘉右衛門は、必ず姓名、生年月日、住所、その他もろもろをよく聞くようにと、書残しています。

ですから、私はいつも、そのお客様の言葉をよく聞くようにしています。


そして、彼女は、第一声、「私達は、どうして喧嘩をするのでしょうか」と言う事でした。


その美しさと賢さには似つかわしくない言葉でしたね。

しかし、心に深く刻まれた苦悩は、その人から明るさを奪い取っていました。気の毒な事です。


そこで私は、姓名判断を、書きながら説明しました。

皆様は、覚えていますか。

名前の中に同じ数字があると1ポイントとし、一の位が同じものを0.5ポイントとみる事を。

それで観ると、このお二人は、姓しか合っておらず、1ポイントでした。


それに引き換え、ご結婚まえは、2.5ポイントもあったのですから、

ご主人は、本当は、めちゃくちゃ正しい感覚を持っていると言う事です。


でも、言われた妻はたまりません。

「めちゃくちゃ好きで、愛し抜いて結婚したのに」 なのですから。


でも、5年の間にじわじわと染み込んだ不和は、彼らには理解の出来ない事柄だったのです。

そして、また、火剋金や、金剋木のように、相性の悪い関係性を

姓名の中に持っていました。


それと、もっと重大な事は、こういう人の宿命は、けっして家庭運が良くないと言う事です。

悲しいかな、それが現実なのです。


人は、誰でも、幸せな結婚生活を夢見ますが、そうばかりならないのが人生です。

どんなに愛し抜いても、こんな事もあるのです。


(でも、皆様には冷静に考えていただいて)


それらをじっくりと説明し、理解を求め、今後の方針を話し合いましたら、

彼女の顔に輝きが戻ってまいりました。

それから夫婦の喧嘩は減ったそうです。

そして、今も二人の子供を育てながら、別れずにいるそうです。


でも、ここでもう一つ考えなければならない事は、

姓が変わる妻の方が不利だと言う事です。 勝手に心変わりしたようなものなのですから。

また、ただ理解し、努力するだけでは、昔のような情愛は回復しないからです。

それが数理の辛(つら)い所です。


そこでおもしろい方法を取るとすれば、昔のように、2.5ポイントにする方法を取る事です。

(実は2ポイントもあれば、十分ラブラブなのですが)


吉の通称名を作って、二人がそれを認め使い合うと、もとのラブラブ感が回復するのです。

ウソだと思うなら、一度試してみるといい。

私がウソを言ってない事が分りますから。 (でも私は本字で数えますから注意が必要です)


ですから、仲の悪いのを放置すると言う事は、

私にしてみれば、意味の無い人生だと思うのですよ。

せっかく好きで一緒になったのですから、それを温存したいじゃないですか。


せっかく同じ人生の時間を生きるなら、愛し合える方が幸せでしょう。


そして、結婚運の良い人は、自然とこうなっているからスゴイです。

ですから、私達は、どんな事からも、自由に生きている訳ではないのです。

ものすごい束縛と、条件のもとに生きているのです。


上記のご主人のように、人はいたって正常な感覚を持って、物事を見る事だってあるのです。

心変わりはゴメンですが、出来得れば良い様に。

出来得れば、愛し合える条件を作ってあげたいものです。


そして、もう一つ大事な事は、自分を救えない人間を、信じてはいけません。

ただただ、深い愛情でもって人を愛し続ける時、人は誰でも、

その人が深い愛情を持って自分を愛してくれているのだという事を、

理解する事ができるものなのですよ。


相手にそう思わせられないのは、不十分だ、という事ですね。


愛情の欠如と、愛情の発露(はつろ)と、あなたはどちらの人生を、歩んでみたいですか?






先日、木村拓哉さんのコマーシャルを見ていて、気づいた事がありました。

カメラのコマーシャルで、「it's my treasure 」 (ぼくの宝物)と。


私にはなかなかそう言える物品がなくて、ステキだなと思って見ていました。

自分の好きなものを大切にする。ステキな事です。


しかし、treasure とは、数字で表すと、何が出て来るのだろうかと。

いつもの好奇心(病気?)が騒いでしまったのです。


treasure (トレジャー) と書いて、22格となりました。

皆さんは覚えていらっしゃいますか。 真理と書いて、22格だった事を。


22格とは、別離、厄難、短命、不如意の最大凶であって、(まるでジャック・スパロウのよう)

「真理、真理」と言うだけでは、見つけられないのだと言う事を。


宝物も、同じなのでしょうか。 なかなか見つけられない?


しかも、my tresure と書いて、29格。 水を表し、地上のものだと。


天の意思とは何の関係も無い、と。


地上にうごめく私達は、地上のものを使って生きていかなくてはならない者ですが、

神の意思とは関係ないところで、すべてを解決できると、思いがちである。


しかも水ですから、天の大いなる火が怒った時には、干上がり、無くなる物なのだと。

約50億年後、太陽が死ぬとき、地球はとっくに無いようにね。


まあ、そんなにおおげさに言わなくても、なくしやすいものなのだ、と言う事を表している。

神の意思はきっと、物品より、まず心だと、言うのでしょうね。


そして、心より物品が生まれ、人に役立つものになるのでしょうね。

傘も、時計も、テーブルも、ソファーも、昔の人は何も無くても生きていたのですから。


しかし、物品から心は、育つのでしょうか。 「育つ」と人は簡単に言うかも知れない。

でも、私には腑に落ちない事がある。 ほんとにそうかなと。


神の意思は高潔で、ひょっとしたら、食べ物も必要ない人々で、

地上にいる私達とはレベルも環境も違うので、比較にならないのかもしれませんがね。


皆さんは、エーテル体とか、無色界とか言う言葉をご存知ですか。

昔の人は、すでに書き表してる。

肉体を持たない、清冽な精神だけの世界を。

そこには、一切の色法(色、物)の束縛を離脱した 「受、想、行、識」の四つだけが存在すると。


この世には、こんな高潔な意思や生き方を捜し求めている人々と、

物欲にまみれて生きている人々とが、渾然一体(こんぜんいったい)となって暮らしている

と言う事を、忘れてはならないと言う事です。


もし、あなたが、真実の清冽な世界を捜し求めている傾向の強い人なら、

この地上の、物欲にまみれた世界からは見つける事ができない、と言う事です。


しかし、孤独を恐れず、瞑想もして、たった一人のあなたを探そうとしたら、

この世にはその答えとなる書物がいっぱいあるという事です。

先人はすでにいっぱい書き残し、あなたの目に触れる日を待っているのですが、

いかんせん、この物欲の世界は、それら書物を、うさんくさい物のように扱い、

自分達の愚かな世界が暴かれないように、目隠しをする事を好むのです。


ですから、宗教と、物欲の世界がぶつかったのが、今の戦争です。

いくら火炎弾を打ち込んだところで、心は簡単には変えられない一例ですね。


それを易経(えききょう)では、すでに述べている。

(易経とは、約2500年前に生まれた孔子が、古い東洋の思想をまとめたものだと)

そこにはすでに、天竜と地竜とは戦ってはならないと書いてある。

黄色い血、黒い血を流し合って、どちらも傷つき、駄目になるからだ、と。


あなたがどちらの宝物を探し求めているとしても、

それぞれに、相手を傷つけてもいいと言う訳ではないのだぞと。


物品では満足しなかった私の精神が、心の宝を見つけた、ただそれだけの事です。

そして、その宝は、「お前につながる人々を、幸福にしてあげる」と、

ずっと以前に約束してくれたように、

今も、今日も、その約束を、守り続けてくださっている、ただそれだけの事。


そして、私の心から、真っ赤に燃える心臓を、消し去る事はできなくなった、ただそれだけ。

高校生の時に見た御絵の中で、キリストが、真っ赤に燃える心臓を胸の前に差し出して、

かすかに微笑んでいらっしゃるあの絵が、本物だったと言う事を、知っただけです。


神に感謝、神に感謝、私の幸福は、あなたからいただいたものです。

そして、それは、永遠の思想につながり、今も生きてこの世にあると言う事、ただそれだけ。





名前の中には、多くの事が記されています。 それは、普段人が思いもしない程であります。


「どうして」と、人はよく言います。「なぜ」と、人はよく言います。


その質問のほとんどが、すでにあなたの頭の中に、設計図のように展開されている

あなた自身の考え方を如実に反映したものとなっているのです。


「なぜ、私達家族ははうまくいかないの? どうして、私の両親は離婚したの?なぜ、なぜ」

と、問うならば、あなたの名前の中には、家庭内の不幸が、刻まれているという事です。


家庭内が安泰の人とは絶対的に違う条件だという事を、理解するのは、本当につらい事です。

しかし、理解しなければならない。

そうでなければ、あなたが絶対的に良くなる方法は、始まらないからです。


まして、改名など、親が無理解だったり、子供だったりすれば、出来るはずもない事で、

ずっと大人になってから、「そういえば、調べてみようかな」などと思ってから、実現する

人生の不思議なのです。


また、そう考える時も、あなたの時を表しているだけであって、救われる時を持たない人は、

すべてを知らないままに、悲しく死んでいく事だってあるのです。


だから、私達は、どんな時も、謙虚でなければいけないのです。

心のままに人を恨(うら)んだり、うらやましがったりしては、いけないのです。

それは、人間として絶対的に克服しなければならない、心のサビなのです。


サビは磨いていつもピカピカにしておけば、どんな小さな器でも、欲しがる人はいるものです。

あなたが国宝でなくてもいいのです。

あなたが薔薇(バラ)でなくてもいいのです。


ひどい名前の人の中には、恨(うら)み心が強い人がいるのも、実は当然と言えなくもない。

なぜなら、彼らは、自分がいつも不利な条件を飲まされている事を、

脳の中の深い部分にある、あなた自身を守る尊い部分が、

勘づいてしまっているからです。

これは、とりもなおさず、あなたの脳が正常に機能している証拠なのですがね。

あなたがバカなら、勘付きもしない事なのに。


幸福な人は、「それは思い過ごしだ」と言いますが、そんな事はありませんよ。

あなたの人生が努力すればどうにかなった人生であるだけで、

不幸な人とは絶対的に違うのだという事を、知らないだけなのです。


私も、こんな研究をしていなかったら、絶対に信じなかったような、細々とした条件が

実は、すでに書き込まれているだけなのですから。


ではどうすれば良いか。

自分のよくも知りもしない事で、人を批判や、非難をしないようにするという事です。

それだけでも、あなたに天国は近づくのです。


人はほぼ間違いなく、自分の事を語っていますから、聞き上手という言葉があるでしょう。

自分がどんなふうに感じても、深い愛情でもって、聞く努力をすべきなのです。

そして、その問題が、自分にも助力ができるなら、解決するようにしてあげる事です。


ですが、思い上がってはいけませんよ。 手を出してはいけない事だってあるからです。

なんでもしてあげようというのは、自分の器の大きさを知らない、愚か者のする態度です。

出来るか出来ないかを考えるのも、あなたの務めなのですよ。

出来る事をしてあげれば十分なのです。

何でも救ってあげようなどという事は、厳に慎まなければならない態度なのです。


もし、悪名なら、ただちに吉名にしましょう。

「親が付けてくれた名前だから」という人は多い。 しかし、その悪名をつけたのは親でしょ。

親だって、自分の子供が不幸のまま人生を終わる事を、望みはしないでしょう。

その子が、明るく、強く、生きた方が、いいのではありませんか。


そして、出来得れば、家族みんなで吉名にした方がいい。

なぜならば、吉名にしなかった人に、分離が起こり、家に居られなくなる事だって

起こってくるからです。


まず自分からです。自分が良くなったら、家族まで。それがいいでしょう。

しかし、こういう人がいました。

四人家族全員が、同時期に吉名にしました。

ご長女は、「アメリカに行きたいから、どうすればいいか」と、仰るので、

「では、アルファベットも、吉つづりになるようにしましょうね」と、申し上げれば

「お願いします」との事。

私は精一杯考えて答えを出しました。

和名もアルファベットも吉名にして、しばらくした頃、渡米されて元気にしていらっしゃいます。


もちろん戸籍はすぐには変えられません。最低でも5年間は認められません。

5年以上を待って、家庭裁判所に参りますが、その時は、

5年間以上使っている証拠を求められますから、吉名で書いてあるハガキなどは、

大事に保存して置かなければなりませんね。


とにかく、どんな事でも、自分の人生は終わりなんだなどと、考えない事です。

七転八倒して、藁(わら)をもつかむ気持ちになる事です。

「天は自ら助くる者を助く」と、言うじゃないですか。


人が救ってくれなかったら、自分が救ってやりましょう。

これは、自分の人生を大切に思う事と同じですね。


ですから、どんな事も、狭く、小さく考えないで、

立派な自分を、作り上げてやりましょう。





人には最悪の日が(人生の中で)何回もあるものです。 それを今日は検証してみましょう。


たとえば本命星が中宮(ちゅうきゅう)の年。本命星というのはその人が生まれた年の星の事。


中宮とは八方ふさがりの事。人は八方ふさがりの時、窒息状態を経験する事があります。

一年続きますから長いですよ。

しかも、月の運が中宮ですと、ダブルパンチ。

そして本日が暗剣殺(あんけんさつ)で日破(にっぱ)ならば、もうお手上げ状態ですね。


その人が、今日います。二黒土星(じこくどせい)の人です。

特に今日の暗剣殺は、仕事はうまくいかず、子供とはもめて、お金は無駄遣いし、

そのうえ援助もなく、病気をしていることだってあります。

しかも日破(日の破れ)ですから、仕事上での契約も敗れるという、悲しい目に遭う日です。


こんな時、人は、どうするでしょうか。

運勢の悪い人は自殺したくなるのです。(実際にしてしまった人もいる)

運勢のまあまあの人は、くさってイラつきます。

運勢の良い人は、冷静になる事を学ぶ、よい機会とするでしょう。


ですが、皆さん。このような日が、連日続く事は、まあありませんね。

今日一日、耐え忍んで、明日の英気を養う事をすればいいのです。

(かといって出歩いても、いい事はないかもしれません。

 傷を負った動物が、じっとして傷をなめ、体を癒すように、じっとしている事もいいでしょう)


ですから、くれぐれも自分を追い込んで、苦しみの上に苦しみを重ねるような事のないように。

あなたの命は、この世に生まれて来た時から、宝物だったのですから。


なんですって? そんな風には思えないですって?


あなたはそうとう勘のいい人ですね。 そう思える事こそあなたが頭を働かしている証拠です。


運のいい、悪いは、結構自分で分るものです。

なぜなら、あなたの生命体が、悲鳴を上げている事だってあるのでから。

その悲鳴を上げている事を、黙らせる事ほど、

自分の人生に悪いという事を、私は知っているからです。


苦しかったら、苦しいと言いましょう。 悲しかったら、悲しいと言いましょう。

それを誰も聞いてくれなかったら、聞いてくれる人を探しましょう。

ただし、その相手は、人間でない事もありますよ。

人間は時に残酷で、あなたの苦しみを、苦しみとも思わず、かえって傷つける事があります。

けれども、私が今から言う相手は、決して、そんな事はしない人です。


その人は誰かと言うと、あなたの中に住んでいる、一番あなたらしく、あなたであって、

あなたでない、誰よりも正しい判断をあなたに強いる人です。


それは良心とも違う、あなたを愛してやまない、あなた自身の心の神です。

その人が一端動き出したら、もうとめる事はできません。

その人はあなたより正しく、あなたより愛に敏感で、あなたより美しい心を持っているからです。


そして、その人を、今すぐ発動いしたいと熱望するのです。

その正しい人は、あなたの心が本物なのを確かめたら、ただちにやってきますよ。

そしてあなたを打ちのめし、たたき直し、あなたを真人間にする訓練を、

ただちに開始する事でしょう。


その時あなたは、その鞭(ムチ)の痛さに泣くかもしれません。

でも、心は、その人が正しい事を知っているので、すがすがしい事でしょう。


ですから、人は、いつでも、どんな時でも、その正しい人を見つける努力が必要なのです。

その人を見つけたら、死んでいるヒマなど、無いのですから。

ただ、あなたの使命を、見つけるだけですから。


人は、頭のいい人や、美人や、幸福な人ばかりではありませんが、

その人たちだって、本当の幸福か分りません。

だから、人をうらやむ前に、あなた自身の中にある、宝物のようなあなたに逢ってください。


最悪の日だって、最高の日だって思い上がるには及びません。

その人の示す人生の方がどれほど正しく、雄雄しく、すがすがしいか分らないですから。

胸を張って生きる事を喜び、強く明るいあなたを、喜んでくれるからです。


そうです。人生は、強く、明るく、軽く、です。 あなたの使命を生きるのです。


あなたの使命と言うと、何かとんでもなく大きく、とんでもなく遠いように思うかもしれませんが、

そうではありません。あなたの側に居てくれる人に「ありがとう」と言う事だって、使命なのです。


近くの人を憎み、遠くの人をステキに思う事をする人間ですが、

あなたは決してそうであってはならない。

あのブルーバード(青い鳥)のお話しのように、あなたの近くに、幸福はあるからです。

あなたの才能と使命を、見極めるのです。


それを最悪の日に、思い出し、かみ締めてください。

あなたにはきっと、笑顔が戻ってくる事でしょう。

経済力というと、皆さんはどう思われますか?


あこがれのセレブ? 大金持ちで、愛に溢れている? 力を持ち、権力の中枢にいる?


「経  済 力」と書いて、33格。 確かに帝王数であり、朝日が昇るような盛運を表します。

 13 18 2 = 33


しかし、その心はというと、(内面のカタカナで表す数字に出てきます)

「ケイザイリョク」と書いて、19 が出てきますね。


この19という数字を、皆さんは覚えているでしょうか。

医系の19 でしたね。 苦しむ人の側にいてくれる、あの19です。


しかも、19 は水で、33 は火。

内面から外面へのアプローチとすれば、五行思想では、「水剋火 すいこくか」が成立し、

水が火を消す、裏切り行為だということを表しています。

人の心が、ケイザイリョクが、社会を裏切る行為になる。これほど悲しい事があるでしょうか。


では、どうすれば裏切り行為にならないのか、というと、これも簡単なことだった。

数式は教えていた。


「与える」だった。 「与 え る」と書いて、19 が出ました。

            14 3 2 = 19 (水)


経済力は、与える気持ちが無い時、裏切り行為だと言っているにも等しい事だったのです。

愛してるのに、妻に経済的援助をしない夫は、すでに罪人(つみびと)だったのです。


人の命に欠かせないものが、水でした。 そしてそれは、情愛に等しい。

その水を絶つ、と言う事は、人を死に追いやるにも等しい行為だったのです。

北九州の役人が、おにぎりを食べさせる事なく人を死に追いやった時のようにね。


人は食べなければ死ぬ。


人に食べさせ、眠らせ、着させる力が、人を活かす力だった。

どこの世に、入院させておきながら食べさせない病院があるでしょうか。

どこの世に、母が乳を飲ませない事があるでしょうか。


人は、もっと、よく考えなければならない。 

情愛の無い世界に、人は愛を見つける事ができるでしょうか。


それはとりもなおさず、食べさせ、安心して眠らせ、健康を守ってやり、

情愛をもって、その子を(その人を)見守り続けてやる事、ではないでしょうか。


そんな事も出来ない教師は、教師をやめてしまえ。


だから、人よ。 19 が火を消さないように、裏切らないように、

与える者になってほしい。


しかも、愛において与える者は、盲目であってはならない。

よく見、よく検証して、適切に与える努力が必要なのです。


数字は示す。

経済力(33)+与える(19)は、=52 と。

52 とは、「無から有を生じる大吉なり」 と。

何も無いはずの荒野からでさえ、花を咲かせる力があるのだと。


数字は証明している。

「吝嗇(りんしょく。いわゆるケチの事)」は、7+13=20と。別離の最大凶なりと。

「リンショク」と書いて、12 が出ます。 

12 とは、正体不明の、失意、破れ、不振運の最大凶なりと。

あなたを不振に追いやるものは、あなたのケチさ加減だと言っている。


文字とはなんとおもしろく、あなたを表してあまりある。

文字は、人が、神が、作ってきたのだ。 人の力、愛の力である。

喜びであり、教えであった。

まるで、聖書のことばのように、「はじめに言葉ありき、言葉は神であった」 と言うようにね。


そして、それは、神道の祝詞(のりと)の中にも存在していた。

「十種(とくさ)の宝」といって、数字の一から十までを宝として、感謝を捧げている。

数字がいかに大切な力に成るのかを、昔の人は知っていたのでしょうか。


それを、現代の人は、よく知りもしないで、神道は駄目だとか、手を合わせないだとか、

キリスト教とは違うだとか、信仰心は無い方が普通で正しいだとか、言いたい放題である。


あなたがなんと言おうと、この世には宝が存在し、その力によってこの世は運営されている。

吉の人は笑い、凶の人は泣くのである。


愛し合う者が愛し合い、憎む者が憎み合うように出来ている。

それはとりもなおさず、あなたの運命の中に色濃く印刷されている。


だから、人よ、自分がどんな生まれでも、愛ある人になることが、大切なのです。

その努力を続けて行った時、人は必ず愛を見る人に成る事ができるからです。

たとえ、それが100年かかったとしても、やらないよりは、どれ程良いか分りません。 


この世には、真理がちりばめられている。

その真理を体得し、良い人生を歩んでいただきたいというのが、私の希望、願いです。


そして、どんな時にも、あなたが凶なら、吉に変える事は、出来るかもしれないのです。

自分を見捨てず、許し、愛して、よい人生を生きる事は、ご先祖も怒りはしまい。

かえって喜んでくれるのではないかと、私は考えている。


だから、どんな事にも惑わされず、愛ある人として、生きていってほしい。