名前の中には、多くの事が記されています。 それは、普段人が思いもしない程であります。
「どうして」と、人はよく言います。「なぜ」と、人はよく言います。
その質問のほとんどが、すでにあなたの頭の中に、設計図のように展開されている
あなた自身の考え方を如実に反映したものとなっているのです。
「なぜ、私達家族ははうまくいかないの? どうして、私の両親は離婚したの?なぜ、なぜ」
と、問うならば、あなたの名前の中には、家庭内の不幸が、刻まれているという事です。
家庭内が安泰の人とは絶対的に違う条件だという事を、理解するのは、本当につらい事です。
しかし、理解しなければならない。
そうでなければ、あなたが絶対的に良くなる方法は、始まらないからです。
まして、改名など、親が無理解だったり、子供だったりすれば、出来るはずもない事で、
ずっと大人になってから、「そういえば、調べてみようかな」などと思ってから、実現する
人生の不思議なのです。
また、そう考える時も、あなたの時を表しているだけであって、救われる時を持たない人は、
すべてを知らないままに、悲しく死んでいく事だってあるのです。
だから、私達は、どんな時も、謙虚でなければいけないのです。
心のままに人を恨(うら)んだり、うらやましがったりしては、いけないのです。
それは、人間として絶対的に克服しなければならない、心のサビなのです。
サビは磨いていつもピカピカにしておけば、どんな小さな器でも、欲しがる人はいるものです。
あなたが国宝でなくてもいいのです。
あなたが薔薇(バラ)でなくてもいいのです。
ひどい名前の人の中には、恨(うら)み心が強い人がいるのも、実は当然と言えなくもない。
なぜなら、彼らは、自分がいつも不利な条件を飲まされている事を、
脳の中の深い部分にある、あなた自身を守る尊い部分が、
勘づいてしまっているからです。
これは、とりもなおさず、あなたの脳が正常に機能している証拠なのですがね。
あなたがバカなら、勘付きもしない事なのに。
幸福な人は、「それは思い過ごしだ」と言いますが、そんな事はありませんよ。
あなたの人生が努力すればどうにかなった人生であるだけで、
不幸な人とは絶対的に違うのだという事を、知らないだけなのです。
私も、こんな研究をしていなかったら、絶対に信じなかったような、細々とした条件が
実は、すでに書き込まれているだけなのですから。
ではどうすれば良いか。
自分のよくも知りもしない事で、人を批判や、非難をしないようにするという事です。
それだけでも、あなたに天国は近づくのです。
人はほぼ間違いなく、自分の事を語っていますから、聞き上手という言葉があるでしょう。
自分がどんなふうに感じても、深い愛情でもって、聞く努力をすべきなのです。
そして、その問題が、自分にも助力ができるなら、解決するようにしてあげる事です。
ですが、思い上がってはいけませんよ。 手を出してはいけない事だってあるからです。
なんでもしてあげようというのは、自分の器の大きさを知らない、愚か者のする態度です。
出来るか出来ないかを考えるのも、あなたの務めなのですよ。
出来る事をしてあげれば十分なのです。
何でも救ってあげようなどという事は、厳に慎まなければならない態度なのです。
もし、悪名なら、ただちに吉名にしましょう。
「親が付けてくれた名前だから」という人は多い。 しかし、その悪名をつけたのは親でしょ。
親だって、自分の子供が不幸のまま人生を終わる事を、望みはしないでしょう。
その子が、明るく、強く、生きた方が、いいのではありませんか。
そして、出来得れば、家族みんなで吉名にした方がいい。
なぜならば、吉名にしなかった人に、分離が起こり、家に居られなくなる事だって
起こってくるからです。
まず自分からです。自分が良くなったら、家族まで。それがいいでしょう。
しかし、こういう人がいました。
四人家族全員が、同時期に吉名にしました。
ご長女は、「アメリカに行きたいから、どうすればいいか」と、仰るので、
「では、アルファベットも、吉つづりになるようにしましょうね」と、申し上げれば
「お願いします」との事。
私は精一杯考えて答えを出しました。
和名もアルファベットも吉名にして、しばらくした頃、渡米されて元気にしていらっしゃいます。
もちろん戸籍はすぐには変えられません。最低でも5年間は認められません。
5年以上を待って、家庭裁判所に参りますが、その時は、
5年間以上使っている証拠を求められますから、吉名で書いてあるハガキなどは、
大事に保存して置かなければなりませんね。
とにかく、どんな事でも、自分の人生は終わりなんだなどと、考えない事です。
七転八倒して、藁(わら)をもつかむ気持ちになる事です。
「天は自ら助くる者を助く」と、言うじゃないですか。
人が救ってくれなかったら、自分が救ってやりましょう。
これは、自分の人生を大切に思う事と同じですね。
ですから、どんな事も、狭く、小さく考えないで、
立派な自分を、作り上げてやりましょう。