あなたを助ける協力者(賢臣) | ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

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依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

こんばんわ。今日は遅くなって書いています。


あなたにもし、二枚の羽根を下さるとしたら、どんな羽が欲しいでしょうか。


左に愛? 右に実行?


それとも、左に成功? 右にお金?


たぶん私たちは、なにも教えられなくとも、心の中に何らかの欲望をもって

生きているのでしょう。

それは小さい子も同じ。だから泣くのでしょう。


(麻生さんの腹の中にも、何かあるかもしれません)


では私たちはというと、何にも考えないか、欲望だらけ?

これでは立派に生きられないことを、保証します。



たとえば、あなたが失敗した時、あなたは何を思うでしょうか。

悔しい事ばかり? 人を憎み続けるとか?

いじめられて悔しさのあまり死にたいとか?

穴に入って出ていきたくないとか?


一時は何をするのもいいでしょう。

でも、やがて落ち着いたら、考えなければならないことがあるのではないでしょうか。


あなたが何になりたいかです。

死にたいのか、生きたいのか、それとも楽して遊んで生きたいのか等です。


もし、人の役に立って生きたいのなら、

いつか自分の弱さと、決別しなければなりません。


自分の弱さと決別することを恐れている間は、あなたは何にもなれません。


たとえばあなたが医者になりたかったら、歯を食いしばって医者になればいいのです。

その後から、別のいろんな問題が発生してくるのです。

医者になりたいといいながら、落第ばかりしていては、その次も始まらないのです。


もし花屋になりたかったら、水の冷たさは、覚悟しなくてはなりません。


もし、私のような職業になりたかったら、一生涯、正しいものに自分を釘付けにする覚悟が

要求される事を、覚悟しなくてはなりません。


それは、よく言われるような、 

“○が完成だ、とか、□は不完全だ、とか、いろんな色石を身の回りにいっぱい置いたり、

水晶をのぞき、何か見えないかと背中をかがめながら、人の人生を覗(のぞ)き見る人生” 

などでは、決してない事を、ここではっきりと断言できますよ。


なぜなら、人よりも先に、まず自分が正しい者でなければならないことを

強く強く要求されるからです。


それで、易をも司る私の神は、私に六賢臣(ろくけんしん)を得よ、と、言いました。

その時が過ぎ、再び、六賢臣を得よ、と、言われた時、

私は十二賢臣を、得ていました。


左の羽に六人、右の羽に六人、両翼合わせて十二賢臣です。

私はその時、両翼をもった天使になったかと、思いました。


でも、私の知っている天使は、文字でした。

正しい字、美しい字が、私の知っている天使でした。


私の大好きな文字を背中に背負って、私をそれに釘付けにして、

誓願のうちに生きる事を、誓った瞬間です。



皆さんにできないですって? そんな事はありませんよ。

自分が決めた時、その威力は発動し始めるからです。


ただ、恐ろしくて、決心ができないだけです。


あなたはあなたのためのお守りを得るべきなのでしょう。

それがイエズスでも、マリアでもいい。 仏陀でも、空海でもいい。

私のように文字でもいい。

正しいものをあなたが決めた時から、あなたの新しい道が、開けるからです。



昔、銀座の“石”という店で水晶を買って帰った翌日、

私がそれを愛(め)でている時、私の神は私に言った。

「石に力があるのではない」と。


それはもう、疑う余地の無いほどにはっきりと、言われたのでした。

私は「えっ?」と、思ったきり、石を重大視する事をやめました。


私が宝飾品に興味を持たなくなった瞬間でもありました。

その後に、たくさんのことを知りましたから、私に不足はありませんが。


文字なので、お店の名でも、会社の名でも、決心の言葉でも

なんにでも応用できますね。


試してみる価値はあると、思いますよ。

まあ、吉名にする事も、同じ効果が、あるのでしょうね。




                H20.11.20 (木)  pm9:12 記     真福の  小濱白光