(H20、5、20 am1:55 記の50ノートより)
今、この時、今日のお客様の面談の中での諸々のことを反省している時、
中丸三千絵さんの(「MICHIE-バラ色の人生」)ソプラノは、
私にやさしい時を与えてくれます。
夜の静寂の中で、美しい音楽を聴いていると、私はファンレターも書かないのに
彼女の美しい声に癒されうれしく思っているのです。
光り輝いている事の大切さは、これだったのです。
”いつも、どこにいても、振り返ればあなたがいる”というように、
陽光のように、そこにあればいいのでした。
命の糧になるという事は、出しゃばって、私が私がという事ではなかったのです。
いつでも会いたい時にそこに居ればいいのです。
明るい陽光、やさしい陽光、夜の静寂のように、
虹のように、涼しい日陰のように、澄んだ空のように、
そこにあればよかったのです。
ALECAと私が、そういうものであればよかったのです。
空気、水、光り、風のように、
美しい若葉のように、そこにあればよかったのです。
人が求める時、甘く、美しい、正しいものを提供できれば、
それでよかったのです。
まるで、父、母のように、そこに居ればよかったのです。
子供は安心して遠くまで行けます。
いつも帰ってくる時の大黒柱が父、
いつも癒されたい時の母の手料理のように、
いつも必要な時に目につく所に居ればよかったのです。
私は窓を開けました。
帰ってくるための窓を。扉を。
良い物を提供し、ごちそうするように、
(火風鼎(かふうてい)の鍋(なべ)) (山の下でもそうすればよかったように)
甘く、おいしいものであればよかったのです。
心に、口に、おいしいALECAのように。 (~am2:10)
私たちはときどき、自分の務(つと)めを忘れるものなのでしょうね。
自分の生年月日を再度あわせるのに、240年もかかるという事を。
私たちはもともと ONLY ONE だったのです。
改めて言うまでもない事だったのです。
私たちは私たちの道を見つけるのが、生きている事の醍醐味(だいごみ)、喜びのはずでしたね。
だから、占いを、(甘い汁を吸うための)欲ばかりかくための道具だと思っていると、
そのしっぺ返しは、つらい事になるかもしれませんよ。
そうではなくて、自分がなんであるかを知り、生きる指針とすれば、
その人はその人らしくなり、もっとずっと楽に生きて行けることでしょう。
そして、立派な父、母に、なるべきです。
いままで人類が栄えてきたのは、命をつないでくれた父、母がいたからですよね。
今を遊び呆(ほう)けるために、命があったのではありませんよね。
あなたの子孫にも、栄光を見せてあげたい。
たとえ宇宙時代になろうとも、立派な父、母は、立派な子供を持つことでしょうから、
ちょっとくらいの辛抱(しんぼう)は、何でもない事のはずですよね。
あなたが、振り返った時にそこに居る、ONLY ONE になってくれれば、
この世はもっとずっと安泰な世の中になる事でしょう。
H20、5、20 (火) am 11:57 記