2024年1月のこと | 心房細動プラス前立腺がんの闘病記

心房細動プラス前立腺がんの闘病記

57歳。10年以上の心房細動持ちが、前立腺がんになりました。
これからどーなるのやら。

PSA16.4。GS8。
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2024年1月1日 16時頃。

能登半島地震が発生。多くの方が被害にあわれました。

被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。

 

この時、父は震源に近い能登町にいた。

地震直後は連絡がとれず、どうしたらいいのか途方に

くれていたが、二日後にようやく連絡がとれ

ケガもなく無事なことが確認できた。

 

この間、心労(?)のためか、

治まっていた心房細動が始まってしまい、

翌週の生検は心房細動の状態で臨むことになる。

 

入院の前日、ベッドの横にサダコ(?)が立っていたような

感覚はなんだったんだろう。本当に恐ろしいなにかが

いたようだったのは覚えている。

 

前立腺がんの生検は二泊三日。

一日目はスケジュールの説明があっただけで、

後は何もなく、メシを食うだけだった。

一体なんの意味があったんだろう。

 

二日目は朝に浣腸をしてメシ抜きのまま待機。

呼ばれてオペ室に移動。全身麻酔のため身体に

いろいろ装着されてるのが不安そうな顔に見えたのか、

オペ看の子がずっと手を握っていてくれて、

ありがたかった。

 

数を数え始めたら、いつの間にか落ちていて

生検は終わっていた。

痛みはないが、尿カテーテルが気持ち悪かった。

 

三日目の朝。尿カテが取れて、

(看護婦さんが一瞬で抜いてくれて痛みはなかった)

大きな紙コップを渡され、これに採尿しろという。

それが終われば帰れるらしい。

 

採尿した尿には血尿もなく、残尿を調べて問題なかったので、

無事に退院となった。

 

今回の生検、自分の場合は血尿も血便も

痛みもほとんどなく、

恐れていたものではなかった。

 

ただ、この病院はカテーテルアブレーションの時も

そうだったが、メシが異常にマズイのだ。

ホントにこれはなんとかして欲しいと思う。

患者はそれだけが楽しみなんだから。

 

 

 酷すぎる食事ですね

 

2024年はこうして始まり、

運命の日若しくは人生最悪の日となった

1月27日に向かっていった…。