この記事は、昭和10年(1935年)9月に日本聖公会の福音史家聖ヨハネ修士会が発行した、
英国教会W.H.ロングリッジ修士による、イグナシオ・デ・ロヨラによる静修の指導書(黙想題)を
現代語に書き改めようというものの一部です。
全3回の静修(リトリート)のため、第1回・第2回は各13、第3回には19の黙想題が収録されています。
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第三黙想 罪の始め
創世記三。一ー八、を味讀する。勿論、この物語の詳細は、文字通りでなく比喩的に解釋されるであらうが、而かもそれは、我らが實際経験と驚くほど一致して居る。アダムは人類の首【かしら】であり、且代表者である。彼の誘惑と失敗の古潭は、萬人にとつて有意義であり、各人恰も鏡に向かふやうに照々として自己の敬虔を寫し出すのである。
序想一 我が幼年時代に犯した第一の重大な罪を回想する。
序想二 罪の始めを防禦し得る恩惠を祈る。『わが眼を他【ほか】に向けて虚しきことを見ざらしめ、我をなんぢの途にて活かし給へ。』≪詩編一一九。三七≫
一 罪への第一歩
一、惡しき好奇心。禁止された知識の追求である。「人をして智慧者とならし
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むる木。」蛇がエバに勧めて之を食はせ、『善悪を知る』に至らしめたは當然である。エバは之を食ふ前、たゞ善のみを知つて居た。果實は婦に新知識を與へたが、その知識――惡の知識――は無い方が遙かにましであつた。
二、肉感的。『食【くらふ】に善く目に美麗【うるは】しく』とエバはそれを見た。爰に我らが「肉の欲、眼の欲、」――觸覺と味覺との慾望――に對する安全の方法は、之を見て恐怖することである。エバは直ちに逃ぐべき時に之を凝視し、思案したのである。」
三、不信。エバは神の訓誡を知つて居た。その警告を記憶して居たが、他の者の聲、神の声を疑はしめる誘惑の聲に耳を傾けた。『汝等かならず死ぬる事あらじ。』≪創世記三。四≫直ちに頭を廻らすべきときに、蛇と相談したのである。
二 罪の性質
一、それは神に対する反逆である。神は我らの創造主で在し給ふから、我らに
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規則を與へ、園内の如何なる木にも禁制を附する權をもち給ふ。それは少しも過酷ではなく、専横でもあり給はぬ。神は眞實我らの善と律法をたて、又凡ての誡律を與へ給うたのである。
二、忘恩である。神は我らの周圍に無數の善き物を置き、健全無害のものを限りなく與へ給うて居る。然るに、我らはその恩惠を知らず、不満足である。我らは神の御取扱ひを嚴に過ぎると思ふ。何となれば、或る種の歓樂が禁ぜられてあるからである。或は、彼の放蕩息子の如く、神意に反して、我らの眞の家庭に備へ給ふ種々の良き物を、樂しみ満足して居らず、焦慮して自己の分割を求め、我儘に高慢に、好む道に向つて行く。
三、偶像禮拜である。『造物主を措きて造られたる物を拜し』≪ロマ書一。二五≫之を神の代りに選ぶ。その物は取るに足らぬ物であつても、それが心中に在つて最も重要な位置を占めるならば、正に偶像ではないか。
へブル書三。一三、参照ロマ書七。一一。コリント後書一一。三
四、瞞着である。我らが人世の眞目的の誤解であり、喪失である。聖書は之を『罪の誘惑【まどはし】』といふ。本當ではないか。罪は屡々我らの心を惹くところの美をも
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つが、忽ち致命的のものに轉ずる。それは歓樂を約束するが、『是は終に蛇のごとく噛【か】む』≪箴言二三。三二≫のである。
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===現代語訳案===2020.12.3
第三黙想 罪の始まり
創世記第3章1節から8節を味読する。この物語は、もちろん文字通りではなく、比喩的に解釈されることが多いと思うが、それでいてここにあるものはわたしたちが実際に経験していることと驚くべきほど一致している。アダムは人類の首長であり、また代表者でもある。彼が経験した誘惑と失敗の昔話は、すべての人にとって有意義なものであり、それぞれの人にとってもまるで鏡に向かうかのように明らかに自分が敬虔であるかどうかを写し出すものである。
序想一 わたしが幼いころに犯した、最も重大な罪を回想する。
序想二 罪がはじまることから身を守ることができるように神の恵みを祈る。『むなしいものから目をそむけ|| あなたの道を歩ませ、命を新たにしてください』≪詩編119:37≫
一 罪への最初の一歩
一、悪い意味での好奇心。 それは、禁止された知識を追求することである。「人を智慧のあるものにする木」。蛇はそのようにエバに勧めてその実を食べさせ、「善悪を知る」ものとさせたことは周知のことである。エバはこれを食べる前に知っているのは善だけであった。果実はこの女性に、新しい知識を与えたが、その悪の知識は持たない方が遙かにましなものであった。
二、肉体的な感情。『いかにもおいしそうで、眼をひきつけ」ているとエバそれを見て感じた。わたしたちが「肉の欲、眼の欲」――すなわち触覚、味覚という欲望――に対してとるべき安全な方法は、それをみて危ないと恐怖の感情を持つことである。エバはそれを見たときにすぐにその場を逃げ去るべきだったにも関わらず、その木を凝視し、考えてしまった。
三、不信。エバは神による戒めを知っており、神からの警告を覚えていたにも関わらず、他の者の声、神の声を疑わせようとする誘惑の声に耳を傾けた『決して死ぬことはない。』≪創3:4≫そういわれたときに、すぐに頭を回転させて神を信じる必要があったのに、彼女は蛇と相談することを選んだ。
二 この罪の性質
一、それは神に対する反逆である。 神はわたしたちの創造主であらせられる。私たちにルールを与え、神の園の中のどの木に対してどのような禁止をも行う権限をお持ちである。しかし、それは少しも過酷ではなく、専横でもあられない。神は、真実にわたしたちの善い心と律法をつくられ、またすべての戒めをお与えくださった。
二、恩知らずである。 神はわたしたちの周りに無数の善いものを置いてくださり、健全で無害なものを限りなくお与えくださっている。それにも関わらずわたしたちは恩恵を認識することなく、いつも不満を感じている。わたしたちは、神がわたしたちにたいして厳格すぎると思っている。それは、ある意味での歓楽が禁止されているからだ。あるいは、放蕩息子の例えのように、わたしたちの家庭に神が備えてくださった数々の善いものを楽しんで満足することなく、神の意思に反して、焦って自分に分けるように求め、我がままに、高慢に、自分が好む道に向かって行く。
三、偶像崇拝である。『造り主の代わりに造られた物を拝ん」で、これを神の代わりに選んだ。その偶像自体は取るに足らないものであったとしても、それを心の中で最も重要なものとするのであれば、それはまさに偶像ではないか。
四、ごまかしである。わたしたちの人生の真の目的を誤解したており、それを失う行為である。聖書ではこれを『罪に惑わされ」と言っている。≪ヘブ3:13。参考:ロマ7:11、1コリ11:3≫ まさしくその通りではないか。罪はしばしば、わたしたちの心をひきつけるような美しさをもつが、それはたちまちのうちに致命的な損害を与えるものに変じる。其れは一時的な歓楽を約束するかもしれないが、『それは蛇のようにかみ』つくのである。≪箴23:32≫
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久しぶりの作業です。
慌ただしかった仕事もひと段落が見えてきたので、すこしずつ再開します。
ヤフオクで似たような国会図書館にもなさそうな聖公会関係の本がでてると、
つい手をだしたくなるのですが、まずはこの作業です。まだ道半ば。
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■ローマの信徒への手紙(1:25)
20世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。 21なぜなら、神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。 22自分では知恵があると吹聴しながら愚かになり、 23滅びることのない神の栄光を、滅び去る人間や鳥や獣や這うものなどに似せた像と取り替えたのです。
24そこで神は、彼らが心の欲望によって不潔なことをするにまかせられ、そのため、彼らは互いにその体を辱めました。 25神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。
■ヘブライ人への手紙(3:13)
12兄弟たち、あなたがたのうちに、信仰のない悪い心を抱いて、生ける神から離れてしまう者がないように注意しなさい。 13あなたがたのうちだれ一人、罪に惑わされてかたくなにならないように、「今日」という日のうちに、日々励まし合いなさい。
■ローマの信徒への手紙(7:11)
9わたしは、かつては律法とかかわりなく生きていました。しかし、掟が登場したとき、罪が生き返って、 10わたしは死にました。そして、命をもたらすはずの掟が、死に導くものであることが分かりました。 11罪は掟によって機会を得、わたしを欺き、そして、掟によってわたしを殺してしまったのです。 12こういうわけで、律法は聖なるものであり、掟も聖であり、正しく、そして善いものなのです。
■コリントの信徒への手紙1(11:3)
2あなたがたが、何かにつけわたしを思い出し、わたしがあなたがたに伝えたとおりに、伝えられた教えを守っているのは、立派だと思います。 3ここであなたがたに知っておいてほしいのは、すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神であるということです。
■箴言(23:32)
29不幸な者は誰か、嘆かわしい者は誰か いさかいの絶えぬ者は誰か、愚痴を言う者は誰か
理由なく傷だらけになっているのは誰か 濁った目をしているのは誰か。
30それは、酒を飲んで夜更かしする者。 混ぜ合わせた酒に深入りする者。
31酒を見つめるな。 酒は赤く杯の中で輝き、滑らかに喉を下るが
32後になると、それは蛇のようにかみ 蝮の毒のように広がる。
33目は異様なものを見 心に暴言をはき始める。
34海の真ん中に横たわっているかのように 綱の端にぶら下がっているかのようになる。
35「打たれたが痛くもない。 たたかれたが感じもしない。 酔いが醒めたらまたもっと酒を求めよう。」