青木由依
チャイムがなる。ドアを開ける前に空気を吸う、意図的に緊張を作りドアを開ける。

おはようございます

最初の私の挨拶に返事をするものはいなく声が窓から抜ける。

起立、礼、おはようございます、着席

言葉が一つの単語のように聞こえる。その単語を聞いて、一人一人が着席するのを見て、私は出席表を取り出す。私も一人一人の名前を単語のように言う。これでおしまい。行事連絡は今日はない、時事ネタは生徒にささらないから却下。

おしまい、1限目頑張ってください。

これも単語。いつも通り決まって言う。

大学を卒業して私は都立高校の教員になった。今は25歳、去年職場で知り合った5つ上の教員と結婚した。私の教科は美術。美術系の大学を卒業して、職がなかったから教師になった。教師が好きだったわけではないが実家を離れたかったし、子供は嫌いではなかったから、試験受けた。子供と言っても高校生は大人も何人か混じってたりするから、学級崩壊が起きるとか、教員がいじめられるとか、そんなことは滅多にない。嫌なことを言う生徒もいるが受験が近づけば、そんなこと忘れたかのように相談してくる。高校っていうのはその程度の関係性で成り立っている。

私は朝の会が終わると美術室に行く。美術教師は各学校に1人か2人いる、3年目の今年に私は1人になった。去年までは気の良い佐々木さんというベテラン先生がいたが、定年で退職した。他の学校に非常勤講師としての勤務届を出したが、美術は教員人数が限られていて、断られた。今でもLINEなどをやっていて、夫婦でパリに行ったとかそんな報告を耳にする。幸せそうであった。美術だけではなく芸術に対する造詣が深い、ヘルマンヘッセとかケストナーとか綺麗な話を2人でしたり、ジャンコクトーの映画を美術室で見たりした。職員室に気の合う人がいない私たちは美術室での会話がすごい楽しかったのを覚えている。そんな佐々木さんももういなくなった。美術室には去年佐々木さんが使っていたイーゼルスタンドや絵の具などが綺麗に並べられていて、こだわりのあった筆や鉛筆削り以外はすべてそのままになっていた。片付けようと思っていてもなかなか片付けられずにいる。たまにで良いからまた戻ってきて欲しいとも思うが、そんなことはないだろう。

チャイムがなって一限目が始まった。
2年6組7組の美術選択者が集まる。2年生はデッサン。大学での私の専門は彫刻であったが彫刻というカリキュラムが高校の美術にはなく、私は仕方なくデッサンを教えている。デッサンは私の受験の時にも使ったし、遠近法や物質把握など美術の基礎が詰まっているから土台となるし、だからこそ差が出る。絵の上手な生徒は何も言わなくても描けるし、下手な生徒は何を言ってもうまく描けない。私は下手な生徒には仕方なく低い成績をつける。この作業に1年目は慣れなかった。佐々木さんはどんなに下手でも成績を気にするような子には良い点数をつけてあげなさいと言った。生徒のやる気を肌で感じる力が必要なんだなと美術教師も教師であると自覚した。

佐久間くんは今日も休み?

佐久間は遅刻です、あいつ1限弱いんで

わかりました、授業日数危ないから友達からも何か言ってあげてね

あいつ、聞かないすっよ俺らのいうこと

絵を描きながら男子生徒が言った。

2年6組佐久間圭、1年生の時から休みがちだったが、授業が5.6限だったから出席日数は大丈夫だった。それでもギリギリで進級した。2年になっても変わらず、今年はもう無理そうだった。去年は佐々木さんが教えていた。佐々木さん曰く、絵はとても上手らしいが学校に馴染めていないらしい、なんとか補修をやってギリギリ上げることができたという。そして2年6組は夫の持つクラスでもあった。夫は佐久間くんが問題ある生徒であることを知って自分のクラスにした。そんな自信もすぐに終わったようだった。夫は党員で、労働組合に所属する夫は人1倍正義感が強い。30歳であることはそれに拍車をかけるように夫にプレッシャーをかけた。私も去年労働組合に参加した、政治活動に興味を示さない私を夫はよく思っていなかったので勧められた、私は周りの教員からの目が少し嫌で断ったが、夫の強い希望もあり参加せざるをえなかった。思想を夫婦で共有できないことは夫にとって決まりが悪かった。そんなこと結婚する前に言ってくれればよかったのに、結婚する前は党への熱は積極的ではなかったし、若気の至りだとも思ったが、私との結婚が夫の熱を扇動する形になってしまった。私の党員としての仕事は上からの指示を聞き、周りの教員に通信を配る程度。たまに学校からの最寄りの駅で政治運動に関連したビラを30枚程度配る。これも上からの指示をそのまま実行するだけの仕事、夫は私と違って積極的だったが仕事は似たようなものであった。純粋で誠実だと勘違いしている夫は佐久間くんのことをしばしば私に相談した、最初は相談だったが、途中から愚痴になった、そのころから佐久間くんの欠席が目立つようになる。

2限目の途中、佐久間くんが来た。

おはようございます

おはようございます

佐久間くん、あなた授業日数が危ないです、危機感を少し持って……

そう言いかけた時にはもう佐久間くんは自分の席に座っていた。

私は隣接する美術室にデッサンの課題を取りに行き、佐久間くんに渡した。

これ、いま授業で行っている課題です、来週の授業で提出することになっています。授業中に終わらないようで有れば補習になりますから。なるべく授業中に終わらせてください

機械的に一定の距離を保って生徒と接する私は、夫のように仲間意識が強く下の名前で呼ぶことに違和感もあったし、教員としてある程度の節度を持つべきだとも思っていた。佐久間くんもそれを好んでいたように思えた。佐久間くんは私のことを佐藤先生と呼ぶ、去年教えていたわけではないのだが、担任が夫であるし、まだ私のことを佐藤先生と呼ぶ生徒もいたので気にはならなかった。

了解っす

そう言って佐久間くんは鉛筆を削り出した、綺麗な手であった。

佐藤先生終わった

しばらくたって佐久間くんが言った。クラスの皆が一瞬佐久間くんの方を見たが、すぐに自分のノートを見た。何人かの男子生徒は少し目くばせして、私と佐久間くんの面白いやりとりが始まることを期待していた。

今見ますね

私は空気を吸って、いつものように意図的に緊張を作った。

これ提出で良いっすか

佐久間くんのノートに女性が描かれていた、20分かそこらで描いた絵には思えなかった。

これはどなたですか?

母親です

元の写真見せてもらえますか?

写真ないんすよ

想像で描いたの?

まあ、何回か描いたことあるんで、デッサンってこれでもいいんですよね

構わないですけど……

じゃあこれで

上手ね

私はそう言った、心から思ったことだったからちゃんと言葉として出た。
面白いことを期待した生徒はつまらなそうに自身のノートに視線を落とした。佐久間くんは絵を描き終わると美術の教科書をめくり出した。絵はとても上手かった。他の生徒が4時間かけて作るクオリティの絵をたった20分で描いてしまったことに驚いたが、私は動揺しないようその場を離れた。

夜、夫にそのことを話した。

佐久間くんのことなんだけど

あー、あいつ今日も遅刻したのか

絵がとても上手なのよ

ふーん

興味がなさそうに相槌を打ち、野球中継を見る夫、その横でビールと少しのつまみを出す私の会話はこれで終わってしまう。

夫と私の関係は校内でも有名だった。仕事をする上で苗字は変えずにいたかったが、それも断られ、青木に変わった。結婚式には夫の生徒が何人か出席していた、出し物としてダンスをした夫に精一杯笑顔で接したり、夫の両親の言葉を下を向いてやり過ごした、そんな結婚式であった。楽しみにしていたスペインへの新婚旅行も夫のサッカー観戦で終わった。私は美術館に行きたかったが夫の両親がお金を払っていることもあって行くのを遠慮した。私の家族は音楽一家で結婚式にはピアノを弾いてくれた、父、母、妹の演奏は素晴らしかったが、会場の中では場違いな感じがしたし、音楽から逃げた私への当て付けのような気がして、良い気分ではなかった。家族は私が教員になると言っても反対しなかった、少しだけ反対してほしかった。
私はそんな家族から離れたくて教員になったのに、教員であることにも疲弊していた。

正樹、ご飯できたよ

んー、今行く

家事は私がやった、どっちがやっても良いのに、なんとなく私が率先してやるようになる。長く続く夫婦という伝統はなかなか崩れはしないようだ。

食事を食べ終わると歯を磨き、またテレビを見る、私は自分の部屋に行き、現代アートの雑誌を読む。

芸術家 円谷一真 新宿インタービュー

たまたま目に入った名前に驚いた。一真は大学時代に付き合っていた。同じ大学で同じ彫刻科、美術に対して直向きな一真の姿に私が心を奪われた。別れは突然来た。

俺、スイスに留学するから

私も行くなんて言えるわけなくて、私たちは別れた。いつか美術を続けたらまた会えるかもしれないと思って少しだけ頑張ってみたが、私には才能がなかった。最初から才能があるとも思っていなかった。

円谷一真さん25歳、大学を中退しスイスに行ったのはなぜですか

早く日本から離れたかったんですよね

円谷さんの作品のコンセプトである絶望、シュールレアリズムを引き継いだような独特の表現方法というのはやはり、スイスで受けた影響が大きいですか?

日本という国での絶望感、それをずっと感じていまして、たまたまスイスに先生がいらしたからそこで学びたいなって思ったんです、向こうは異国の地ですから、開放感がすごかったですね。自分の中で根も生えてないですから自由というか、そういう意味では外国を知って影響を受けた……

私はそこで雑誌を閉じた。一真は真面目で、落ちころぼれた私にも優しくしてくれた。学校にいる時はずっと芸術のことを考えていたし、こういう人が成功するんだろうなって感じた。私自信が芸術家になるという想像はできなくて、一真はそれに気づいて少しずつ離れていった。一真の才能に周りが気づき始めたころでもあった。最後のデートは一真が好きなアルベルトジャコメッティの彫刻を二人で見にいった。

コップに氷を入れに、台所にいく、正樹は相変わらずつまらないお笑い番組を見ている、私には気づかないようだった。氷を入れて私の部屋に戻り、ウイスキーのボトルを開ける。バーで美味しかったから買った。夫のコンビニウイスキーとは違う、重くて透き通るような味。最初は金曜日に一杯、その程度だったが今は毎日飲んでいる。クラシック音楽は聴きたくない私は、リビングから漏れるテレビの音と夫の笑い声を聞きながら、タバコを吸いつつ、ウイスキーを飲む。この現実に酔わなければなんて思って、最初の二、三杯でどうでも良くなって、うつ伏せになる。

由美、由美

夫がが私の部屋のドアを叩いた。

また飲んでるのか、いい加減にしろ。子供ができた時にそれじゃあ……

そう言いかけてやめたのがわかった。

もう寝よう、明日も早いから

うん、水飲んでから下りるから

私は水を一杯飲んで、寝室に向かう階段を降りた。

















青木由依
1限目のチャイムが少しすぎてからドアが開いた。少し息切れした佐久間くんだった。

おはようございます

おはようございます、今日は早いのね

ええ、まあ

そう言って早足で席についた。

佐久間くん、今日はどうしますか?新しいのを描きたいのなら、描いても良いですが

やめときます……

また教科書を開こうとしたから私は言った。

よかったら色をつけてみませんか

佐久間くんは一瞬返答に困ったように思えた。早く終わった人はもう一枚提出することで成績に加点するのがマニュアルで決まっているが、そういう事に興味がなさそうな佐久間くんに私は提案した、あれだけの絵が描けるのだから、という期待が私の中にあった。

やってみます

わかりました

でも……やり方教えてください……

生徒が心を開く瞬間、私にとって初めての経験だった。少しだけ自分なりに工夫した言葉をかけたこと、それが佐久間くんの心に影響したような気がして、私は嬉しかった。

美術、好きなんですか?

別に

周りに聞こえないように小さな声で言ったのがわかった。

佐久間勉強できないくせに絵は上手いんだよな

隣の席の生徒が言った。少し嫌味がこもっていたから私は聞こえないふりをして美術室から色彩の本と多色鉛筆、そして私のデッサンを持ってきた。

自分の中で色をイメージして、その色をどうやって出すか考える、人の肌は何十もの色でできているのよ

私は色鉛筆をだして私が描いたデッサンの上に色を重ねた。丁寧に一つずつ佐久間くんに教えた。授業が終わっだ時、皆の帰りを待って佐久間くんが言った。

先生、放課後来てもいいですか

ええ、いいわ、美術室で待ってます

佐久間くんは浅くお辞儀をして美術室から出ていった。絵はとても綺麗だった。佐久間くんの繊細さに触れたような気がした。ただ絵を描いている時の表情が少し暗くて、その表情を写すように暗い色を選ぶのだった。

放課後、佐久間くんは来なかった。あとで夫から理由を聞いた。指導のためであった。

あいつ、これで40回目の遅刻、俺を舐めてるとしか思えねーよ

ビールを飲みながら夫が言った。舐めてるんでしょって思ったけけど口にはしない。

進級できそうなの?

どうだかね、あいつの努力次第だけど

させてあげてね

なんでだよ、佐久間だぞ、あいつ指導に親も来ねーんだよ、危機感がねーんだよあいつの家も。ああいう奴は一回痛い目見ないとわかんねーんだよなぁ

夫にに放課後の話はしなかった。野球中継を見る夫を後にして台所に向かった。夕食はカレー。いつもよりじゃがいもを大きく切り、鍋に入れて蓋をした。

私は夕食を食べ終わるとすぐに部屋に向かった。笑い声とテレビの音を聴きながら、私は大学時代の本を取り出した。

油絵は苦手そうだから、まずは鉛筆から

独り言を言って、本の内容をルーズリーフにまとめた。







青木由依
美術の勉強を始めると、学生時代を思い出して嫌になってしまうのに、最近はそう思わなくなった。くだらないお笑い番組の音を聞きながら彫刻を作るようなり、私も少し笑うようになったのがわかった。彫刻を作るための粘土に髪がつくのが嫌だったのもあって、私は短く髪を切った。結べば切る必要もなかったが、思いきり切ってやった。10cmくらいの髪を正樹に見せるのは少し気が引けたから、ウイスキーを2杯一気に飲んで正樹に見せに行った。

髪、どうしたの?

邪魔だから切ったのよ

そう、なんかレズみたいだな

レズかもね

冗談言うなよ

共産主義者はレズは嫌い?

失礼だな、そんなことはないさ。ただ周りの人間はよく思はないぞ

だからやったの、なんて言わないで、すぐ伸びるから って言った。

ここまで髪を切るのは久しぶりだった。大学生になり、親元を離れて東京に出てきた時に1度切ったきりだった。一真は私の髪を気に入っていた。邪魔だからという理由にも満足しているようだった。

今日も飲んでいるんだね

ええ

ほどほどにしろよ、明日も早いんだから

ええ

先に寝室に行ってるから……今日は……

今日は?

今日は少し夫婦らしいことしよう

酔ってて気分が悪いから無理よ

……

ごめんなさい

……どうしてだ

え?

俺たちは全然夫婦らしいことしてないじゃないか、ベッドに入る時には、君はすぐに寝てしまうし……俺だって毎日疲れてるんだ!

夫の怒鳴り声で酔いが覚めた。夫婦らしいこと、夫婦らしいことを私だってずっと演じている。当たり前のように食事を出して、頼まれれば一緒に旅行だっていく。旅行の時は私から夫に身を委ねた。ただ濡れない私を私が嫌だったから、ずっと気づかないようにしてきた。

今日は私も疲れてるのよ……

sexの事だけは由美の気に障ると思って言わなかったんだ、でももう我慢の限界だ、俺だって男なんだ

ごめんなさい

久しぶりのsexは別に気持ち良いものではなくて、夫が私に中出ししたら2人で自然と毛布をかけ直した。精液の最初の暖かさは時間かけずして冷たくなる。身体からから出て行ったそれに、いっそう冷たさを感じた。朝はいつもより早く起きて、コーヒーを飲んでタバコを吸った。私の溜息が、煙と一緒に換気扇に吸い込まれる。朝食の準備を始めた。夫の車で学校に行くのは嫌だから、少しだけ早く家を出た。なれない道のりを自転車を漕ぎながら走る。教員用の自転車置き場に自転車を止め、職員会議の前に美術室に荷物を置きに行った。窓際の席に佐久間くんに貸した本と鉛筆が置いてあった。

向いてないので、返します

大きめの黄色付箋に小さく綺麗な字でそう買いてあった。















青木由依
2学期になり、学園祭の準備が始まった。生徒は授業中に机の下で準備をしている。バレないとでも思っているのだろうか。注意しようとも思うが、やめた。生徒にとっての美術に対する認識など、その程度のもの。そんなことわかっていて教員になったのだから、チャイムが鳴るまでの時間、ひたすらテストと用の美術史を語る。世界史選択の生徒も多いから、なるべく高校世界史に結びつけて授業をするのだけど、美術史を出す大学などごく一部だし、あまり関心があるようには思えなかった。チャイムが鳴った。礼だけはいつも通りきちんとして、生徒は教室を出ていった。佐久間くんは授業に出なくなった。学校には来ているらしいが、私の授業には間に合わないようだった。1学期の成績は足りず、仕方なく成績をつけられなかった。他の誰よりも上手かった彼の絵を廊下に張り出しても見たが、誰かが見るわけもなく、薄暗い廊下の壁に同化してしまった。

佐久間くんと話す時間もらえないかしら

担任である夫に相談した。

無理だよ、他の教科の先生だって同じことを言っている

それから先は言わなかったが、美術なんて、って言葉が続くのだろうと思った。

指導に顔を出してみるか?

そう言われて、少し嬉しく、少し悲しくも思った。成績指導、遅刻指導、最悪の場合は退学なども見据えた大事な指導であった。私はそれに参加することにした、絵が上手いという事を本人に、本人を取り巻く環境に伝えたかった。放課後、指導室の前で指導の確認が行われた。

生徒指導の先生が来れないから、代わりとして出てもらうことになる、今日はあいつの親が来るんだ、ガツンと言ってやらなきゃいけないんです

教頭は力強くそう言った、それに共鳴するように夫は頷いた。佐久間くんは指導室に先に入っていた、目を開けているのに、何も見ていないような、そんなぼんやりとした目をしていた。

時間より2分早く、背の高いスーツ姿の男が学校用のスリッパを足に馴染ませ、玄関から出てきた。堂々と、大股でこちらに向かってくると、佐久間圭の父です、と言って浅く優雅にお辞儀した。夫は組んでいた腕を決まりの悪そうに後ろに回し、お辞儀をした。男は私、夫、教頭の順に見て、教頭に向かい、よろしくお願いします、と言った。高い身長と堂々した態度に、夫と教頭は緊張していた。この男の印象は私には特別な物ではなかった、男は私に、私の父や母を思い出させた。

よろしくお願いします

丁寧にゆっくりお辞儀をして、男の目を見た。男は私に小さくお辞儀をした。

こちらに佐久間がいます

夫がそう切り出し、指導室のドアを開けた。

父であるはずの男の顔を見ずに、佐久間くんはゆっくり席を立ち、手を後ろで組んだ。男もまた、息子を見もせず、一つ席を開けて、椅子をひいた。

これから指導を始めます

教頭の声により指導が始まる。私は定位置について腰を下ろした。

圭はどうして学校に来ないんだ?この調子が続くと留年することになるぞ、お前がいなくなるとクラスが寂しくなるな

ピクリとも動かない佐久間くんに、語るよう、ではなく、テニスボールを壁に打ち付けるように気怠く、言葉を投げかけている。その壁が凹凸でボールが跳ね返ってこない事を悟ると、その隣の男に今度はサーブを打った。

お父さんからも言ってやってください

顔を引き攣らせ、笑いながらそういう夫を腹立たしく思う。あくまでも形式的な、マニュアル通りの指導が続いた。男が言った。

本人が決めることですから

その言葉は、夫のボールは壁にキャッチされた、というより、もとよりそこに壁なく、続く地平線にボールが転がっていったと感じさせた。夫は早足でそのボールを見失わないように追いかけて、ボールを掴むと、また気怠そうに引き返すのだった。

圭、お前はどう思っているの?

いつも見たいに偉そうに、腕組んで指導しないんですね

夫のボールは鋭角の凹凸に当たってしまったようで、ボールは破裂した。柔らかいメルトンの中は空洞であった。親がいれば、という無知ゆえの夫の期待は、無惨な姿でコートに転がっている。私はその凹凸の壁に触れようと、歩き出した。

美術教師の佐藤です、この学校では高校を辞めるという選択をする生徒は少ないですが、他の学校に行けば一定数います、人生というスパンで考えた時に、やめるという選択が芸術家のようにデメリットにならない人はいますが、それも一定数です、ほとんどの生徒はやめることで生活に不利になります、さらには学校というところは、勉強、また勉強以上のものを学ぶところではありますから、私としてはぜひやめないで卒業まで続けていってほしいと思います

佐藤と名乗ったことに、夫はイラついたようで、机の下で私の足をつついた。コートの下の出来事などは全くプレイヤーに影響を及ぼさない。私は言葉を続けた。

佐久間くんには美術の才能があると思います

隣の男を見ていった。地平線の先、何もなかったと思った空間から鈍い音がして、またたくまに大きな壁となった。

なぜ教員にしかなれなかったあなたに、そんなことが言える

鋭いコースにボールが来たと思った。この言葉を教員を前にして言ってしまう大人、また私の両親を思い出させた。しかし私に跳ね返ってくるはずのボールは、もう一つの壁が吸収した。

先生、放課後美術教えてください、真面目に学校通いますから

私の前の壁はもう壁ではなくなっていて、ひとりの生徒がそこに立っていた。男の方を見ると、また地平線が続いていた。

そうか

男は立ち上がり、まだ立ち上がりきれていない私たち教員に、浅くお辞儀をした。男の目は鉛筆で黒く塗りつぶしたような薄い灰色の目をしていた。少しだけ光が反射しているのか、その薄さゆえにわからなかった。
















佐久間圭
父が卒業した高校からレベルを下げて高校を選んだ。

俺はそれから進学する高校の近くに1人で住むようになった。最初の方は毎日通っていたが、途中からめんどくさくなった。生徒指導の面談に父は来なかった。陸上部もやめた。中学時代に新しい父が出したタイムを一生越せないと思ったから。最初の大会以降、父は観に来なくなった。俺の本当の父親は早くにいなくなって、母だけが残った。新しい父が来て、母が出ていった。その時できた妹はフランスに留学している。7年くらい一緒に暮らしたが父がフランスの学校に通わせた。

日本に取り残された俺はなんとか進級して2年になった。2年6組は青木のクラスで俺はハズレだと思った。青木の担当は日本史だったが、俺は世界史の方が好きだったし、授業は何もかも面白くなかった。最初は圭なんて呼ばれていた、母親以外に圭って呼ばれるのは嫌だった。学校をサボるようになると次第に佐久間になって、名前も呼ばれなくなった。クラスメイトも最初のうちは笑っていたが俺の遅刻の回数が増えて、ドアを開ける音で振り返らなくなった。
父の金で生活したくなくて、バイトを始めた。最初は土日を開けていたが、遊びに誘ってくれるような友達はできなくて、土日もバイトするようになった。それでも時間が余ったから絵を描くようになった。子供の頃はよく母の絵を描いた、母は喜んでくれたし父も褒めてくれた。絵の具を買ってもうまく使えなかったから、灰色の線で精一杯カラフルに全部の色を出そうと描いた。出来上がった絵はもちろん白と灰色だけど、灰色を精一杯使った絵は自分みたいな中途半端で物足りない現実を表してて好きだった。誰かに見せるわけでもなくて、無地のノートが4、5冊溜まった。

今日は8時30分に起きた、学校までの15分を考えても2時限目の途中からの参加になるだろう。予定表を確認した。

美術か

誰もいない部屋は独り言を言わないとやっていけないから、小さく呟いて、朝の支度をする。

飯はめんどいから抜き

そう言って、制服に着替える。歯磨きをしてハイライトを一本吸う。誰かが匂いで気付いても、何も言ってこないことを知っているから、俺はそのまま家を出る。

行ってきます

誰もいない玄関に言った。

学校について、教室に荷物を置く、担任に挨拶するのは面倒だから、そのまま美術室に行った。

おはようございます

おはようございます

由美先生が先に言った。去年担任の青木と結婚して苗字が青木になった。青木って呼びたくなかったし、旧姓で佐藤先生呼んでいた。俺はあまり目立ちたくなかったから会話をせずに席についた。

これ、いま授業で行っている課題です、来週の授業で提出することになっています。授業中に終わらないようで有れば補習になりますから。なるべく授業中に終わら……

俺の手元にはデッサンの課題が置かれた。以前までの授業は油絵だった、草の緑に黄色を使うことに興味もなかったし適当にやっていた。俺は自分の鉛筆を削って絵を描いた。母の絵、何回も練習した母の絵。ずっと会ってないけど、この絵だけは何も見なくても描ける、それくらい練習した。

上手ね

佐藤先生の言葉は優しくカラフルだった。クラスが変に自分に注目しないように、俺は教科書を読む。隅から隅まで読んだ教科書のお気に入りのところ、デッサンのページ、画家たちの肖像画が黄ばんだ紙に描かれているページ。印象派のクロードモネでさえも肖像画は灰色の鉛筆で描かれていた。













佐久間圭
水曜日は早起きした。
1限目の美術に遅れないために、アラームをセットして寝た。起きれたのは7時30分

1限目の途中から、まあ上出来、飯は抜きだな

独り言を言って制服を着る。歯磨きをしてハイライトを吸って家を出る。

行ってきます

少しだけ走った、校門まで少しだけ。肺を使ったのはすごい久しぶりで、息切れしたが、そのまま美術室に向かった。美術室と佐藤先生はいつも通りに迎えてくれた。デッサンの課題が終わった俺に先生は色の使い方を教えてくれた。丁寧に一つずつ。自分の絵がカラフルになっていくのは気持ちよかった。目の色、頬、全てに色がある、その色は茶色とか赤とかピンクとかそう言うものではなくて、人間の色、生きている人間が出す色だった。

先生、放課後来てもいいですか

この色をもっと知りたかったから、先生に言った。先生は優しく了承してくれた。
ホームルームが終わり荷物を持って美術室に行こうとすると担任に止められた。

お前、朝遅刻しただろ

はい

お前と呼ばれることにもう違和感はなかった。

どうせ朝来ないんだから、指導今からやるぞ

無理です、俺用事あるんで

高校生に学校より大事な用事があるか

俺今日補習なんすよ、美術の

課題は出したって聞いたぞ、嘘つくなよ

……わかりましたよ

俺は指導室に連れて行かれて、担任と生徒指導の教師と前の部活の顧問の前で反省文を書かされた。詮索されたく無いから、自分のことは極力避けた内容で何回も書いた同じような文章を書いた。

何でそんなに危機感がないんだ

学校に危機感がないからじゃ無いですか

何を偉そうに、お前のためにこんなに無駄な時間を割いてやってるじゃないか

生活指導の教師が怒鳴った、無駄な時間なら割かないでほしかった、俺みたいな生徒に割く時間は全部無駄な時間なのか。

すいませんでした、気をつけます

形式的に諦念の意を含んだ口調で言った。担任が切り出した。

お前の親、どうしてこないんだ、親には言ってないのか

言ってないです

どうして言わないんだよ、次回の指導はお前の親も呼ぶからな、次は絶対来てもらうぞ

……

父とはしばらく会ってなかった、去年の指導は担任が甘くて父は呼ばれなかったし、今年も来たことはなかった。一度担任が連絡したらしいが俺はそのことを父から聞いていない。

それからは生徒指導の話とよくわかんない話、適当に聞き流しても良いくらいの無駄な話が続いた。俺も教師も同じようなことを思ってるだろう。熱血というのは方向性の問題で想像力のない大人に屈折した子供の展望など見えない。教員のような幸せしか知らない奴に何を言われても俺の人生に色は戻らない。生徒指導が終わって美術室に行った、今日借りたばっかの色彩の本と鉛筆を机に置いた。その日夢を見た、青木を泣きながら殴る夢、青木の身長はいつもより高くて、何度殴っても笑みを浮かべ俺の前に立ちはだかる、クラスメイトも笑っていた。






佐久間圭
2学期が始まった。目が覚めたのは8時30分、どうしようもないなと思いつつ、膝を抱えうずくまる。2時限目の数学に出ないと成績がつかないから仕方なく起きて、いつものように支度をする。朝食は長らくとっていないが朝に腹もすかなくなった。タバコの煙でお腹をいっぱいにし、少し気持ち悪くなって外に出る。そのまま学校までゆっくり歩いて行く。教室のドアを開ける前にロッカーを開けて何も入れずに閉める。あえて音を立てたから教師は少しだけこちらに目をやった。教室のドアを開け、自分の席につくとペンケースを出してそれに額をくっつける。缶のペンケースはひんやりとしていて硬く、中でペンとペンがぶつかる乾いた音が聞こえた。

佐久間

何も聞こえないようにして目を開けたまま机を見る。目を開いているのに自分の影で机が黒く見える。

佐久間、いい加減にしろ

2度名前が呼ばれたのは久しぶりで、顔を上げる。

お前遅刻してきて何も言わないのか

すみませんでした

態度でも示してもらうぞ

はい?

ここの問題、今やってるところだから、前に出てきて解きなさい、解けるまで授業は中断

黒板の前に出て行くと、数学の教科書を手渡される。

ここに書いてあるから

そう言うと教師は俺の席の方に歩き、俺の机に腰を落とした。

何も分からないはずなのに、こんなことをさせる事に何の意味があるのだろうか。何も書いていない黒板を眺めながら右手にチョークを持って左手に教科書を持つ。

お前のせいで皆が迷惑している

そんな声が俺の席から聞こえてきた。

整式f(x)=x4-x2+1について、以下の問いに答えよ

x2021をf(x)で割ったときの余りを求めよ

何も分からず立ち尽くしている俺の後ろでクラスメイトの溜息が聞こえ始めた。ちらっと教師を見ると、その溜息に満足したような笑みを浮かべている。俺もまた何も書いていない黒板を見て溜息をついた。

教科書を閉じてチョークを置き、チャイムがなるまでの35分、俺は黒板の前に立ちながら耐えた。誰かが何かを言ったが、耳を貸さずにただじっと時計の針が回るのを見た。

はい、終わり

教師は俺の横に来てクラスメイトの方を見た。各々の参考書を閉じて彼らは立ち、教師の号令とともに挨拶をした。俺は何もなかったようにチョークの汚れを制服のズボンで拭いて席に戻った。10分間の休みを缶のペンケースの上で過ごそうと、額をペンケースに乗せた。

佐久間くん

キリッとした声に振り向くと、学級委員の片山芽依が立っていた。

佐久間くん、あれはないと思うよ

俺が黙っていると、追い討ちをかけるように言う。

学校に来ない方がみんなのためだから

ごめん

笑顔で答えてやった。彼女は少し驚いた顔をしたが、いつもの顔に無理やり戻して、自分の席に戻った。俺は接触不良のイヤホンを耳につけて、冷たいペンケースの上に額を乗せる。

"This could be Heaven or this could be Hell"……

途切れ途切れの音楽を聴きながら目を閉じて眠った。

掃除をするために椅子を引きずる音で目を覚ました。俺の座ってる席は片付けられることはなく、俺の席の周りを掃除していた。わかりやすく目を覚まし、荷物を取って席を立つ、俺が席を前に持って行こうとすると、クラスの男子が、大丈夫だから、と言った。最初からそこに俺の席はなかったように、椅子と机は運ばれてしまった。

ありがとう

そんな言葉をかけたが、何もなかったように片付けられた。
教室を出ると青木が立っていた。

親御さんと連絡がついた、今から指導室に来なさい

父からはなんの連絡もなかった、この生活が終わる、そう思うと緊張してくる。学校が終わってしまったら、俺はどうなるのだろうか、その問いを自問するのを逃げていた、だからだらだらとここまで来てしまった。今後どうしよう、ぱっと思いついた答え、それ以外の選択肢が俺からは出てこなかった。
指導室の中で考えた、どうすれば良いのか、どうしたいのかさえ考えられない俺は何もしてないのに疲れているんだなと思った。
父が部屋に入ってきた、俺に目を合わせず、椅子を引く、驚いたことに佐藤先生がいる。佐藤先生は青木と結婚している、結局そっち側か、ちょっとした期待の灯火を自分で消しにいく。生徒指導の安村の方が良かったとも思った。
父の前では教師も緊張しているようだった、人によって態度を変えるのは当たり前なのかもしれない。佐藤先生だけいつも通り下を向いて、静かに座っている。何を考えているのか、表情ではわからないのもいつも通り。



青木は俺のことをそう呼んだ。友達、親でさえ圭と呼んでくれはしない、ただこいつには踏み込んでほしくない。買ったばかりの靴ではない、生まれた時からそこに用意されていた綺麗な靴を、革靴で踏まれた気持ちがする。父が言った。

本人が決めることですから

俺が決めなければならない。学校は退学しろなんて言わない、良くも悪くもそんな正直者じゃない。全部やめよう、そう思った。指導の話は聞こえてこない、なんの音もしない空間で考えた答えだった。

佐久間くんには美術の才能があります

音が聞こえた。佐藤先生が言った。目の奥が熱くなる、教師の前で絶対に泣かない、自分の意思に反して出てくるものを必死に止める。久しぶりのそれはあまりにも勢いが強かった。目を閉じて奥にしまい込む。父が言った。

なぜ教員にしかなれなかったあなたに、そんなことが言える

佐藤先生から出たこの助け舟を、自分で守らなければならないと思った。他の誰かに汚されたくない、汚されないように自分が、この言葉を占領しないといけない、父の言葉で壊れかけた船を直さなければない。汚された靴を履いてずっと後ろを向きに歩いてきた、そんな道を引き返そうと決心する、助け舟というより、助け車か?それに乗る、靴を脱いで。

先生、放課後美術教えてください、真面目に学校通いますから




















片山芽依
芽依、入るわよ

母の声を聞いて、目を覚ました。開きっぱなしの参考書を見つめ直し、ノートに適当な字を書く。1度目の母の声で返事をせずに、参考書を1ページめくる。

芽依、入るわよ

もう一度母の声が聞こえたので、イスごと母の方へ身体を向けた。

夜食、持ってきたわ

ありがとう、ママ

夜遅くまで勉強してるのね

うん

この前の模試悪かったものね

私の眉毛が少し動いたのを感じたが、何もなかったように、うん、と返事をした。

私は福島で育った。
母は昔から教育熱心だった。私は物心つく頃に学習塾に入れられた。有名な私立大学を出ている母は、結婚に失敗した。父は優しかったが、母のように知的ではなかったし、生活も豊かではなかった。母の育った環境と、父の育った環境では大きな差があった。そんな家庭の教育を想像できなかった母の教育は中途半端なものになってしまった。私はその中途半端な教育で育てられた。私の努力が足りなかったのかもしれないが、足りなかったものを補う両親の努力がなかったんじゃないか、周りの優秀な人を見ているとそう思うことがある。もちろん私が優秀ならそんなことを思わないのだろうけど。ただずっと、両親の期待に応えようと中途半端ながらもがいた。塾代を稼ぐために父の仕事が増え、母も慣れないながら仕事をしているようだった。何度も嫌になったけど、夜、働きに出ている両親を見て、手から離れないくらい、ペンが重くなった。
中2の時に東日本大地震が起きた。親友だった恵が死んだ。親族の話だと、逃げようとするトラックに足を踏まれて、津波から逃げきれなかったらしい。母そんなことも知らずに言った。

昔から津波が起こると危惧されていた、あそこに住んでる人が亡くなるのは予想できたこと、先見の明が足りないのよ

何も否定できなかったが、思っていても言って欲しくなかった。母から大事な感情を奪った物が、学、なんてものだったら私はそんな物欲しくはなかった。しばらくたって母が言った。

私と芽依で東京に引っ越すわよ

福島原発から放射能が漏れ出したことで引っ越すことが決まった。ニュースでは、Bq.com.Svなどの知らない記号に、何千何万の数がつけられ、自然界の放射線量と比較され、安全性が訴えられた。異常な数の報道数が私を不安にさせた。クラスメイトの中には福島から離れる生徒が出てきた。最初は何人かだったが、10人、20人と数は多くなった。最初の方はクラスメイトも悲しいんでいたが、途中から慣れた。毎回同じように色紙を書いて、花束を送った。担任も東京に行ってしまって、臨時の教師が入った。私の番だった。最後の授業が終わると、私にも色紙と花束が贈られた。東京の行きの新幹線で安っぽいビニール袋に入った色紙を出した。減った生徒分、大きな字で白い部分を埋められた色紙だった。綺麗に装飾されていて、まだクラスメイトがいた頃の写真が中央に張り付いていた。丸山優斗から寄せ書きを見た時に背中が凍りついた。優斗は中1からずっと付き合ってきた彼氏だったが、東京に引っ越すことになって、別れた。優斗の寄せ書き、ひらがなのところに小さな赤い点が付いていた。
う.ら.ぎ.り.も.の
綺麗な装飾の中で、目立たないように小さな点だった。私の家だって裕福ではないが優斗の家はもっと裕福ではないから、東京に引っ越すことは難しい。私だって好きで引っ越すわけじゃない、そんなことは優斗だって知っているはずなのに、なのに、、、。悔しいという気持ちが込み上げる前に、申し訳なくなった。ひたすらに申し訳なかった。優斗にも恵にも。故郷をこんなにあっさりと捨てる私を憎んだ。涙を流しながら、ビニール袋をくしゃくしゃにして、また開いた。その中に色紙を丁寧に入れて、何十にも結んだ。母は隣で寝ている。そんな母に並ぶように私も目を閉じた。

東京での生活にはあっさりと慣れた。東京の中学では、私を可哀想という感情が取り巻いたし、誰もが気を遣ってくれた。放射能が薄れるにつれて、福島に関するニュースは少なくなった。私が故郷の人たちにか感じていた気持ちも都会の空気と混ざり合うようだった。高校は東京の家から少し遠かったが、挫折を経験させたくない母は有名大の推薦がある高校を選んだ。1年の時はクラスで2番、学年では7番で、十分な成績を取ったと思った。部活動をやりながら良い成績取る生徒もいて、そんな生徒は教師からも生徒からも信頼されていた。私は何人かの友達しかできず、学校以外で会うことなどほとんどなかった。
2年生の時、誰も立候補しなかったか学級委員に担任から推薦された。

2年6組を俺と一緒に良くしよう!

青木先生は不安なら力になるから、と言ってくれた。力、という言葉が私の背中を強く押した。

片山芽依
2学期が始まった。1学期の成績を少し落としてしまった私に夏休みはなく、身になっているかもわからない復習をした。学園祭も始まる。部活動をやっていない私は学園祭の準備を青木先生に一任されている、その分勉強時間が取れないことへの焦りはあったが、家に帰る時間が遅くなることが私にとって少しだけ嬉しかった。

2時限目の途中、佐久間が来た。彼は何も言わず席につく。数学の先生が彼に問題を出した、答えられるはずもなく黒板の前で立ち尽くす佐久間の背中に、クラスメイトは日頃鬱憤を晴らすよう、溜息を投げかける。私もその1人だったと思う。佐久間圭、私と同じアパートで一人暮らしをしている。私は母と2人、それでもギリギリの生活をしながら暮らしているのに、佐久間は一人暮らしをしている、という事実が私を冷たくさせる。一度佐久間の親を見たことがある。不動産屋と一緒に私の隣の部屋を見に来ていた。

狭いがここにしよう

狭い、いかにも高そうな車で来て、高そうなスーツを着た男の言葉を聞き、手に力が入った。

チャイムの音で参考書を閉じた、佐久間は結局チャイムがなるまで黒板の前に立っていた、何もなかったように堂々と席につく、その佇まいは私のような家に生まれた人間には出せない、堂々と優雅なものであった。

学校に来ない方がみんなのためだから

学級委員として、ではなく、片山芽依として、佐久間に言った。

ごめん

笑顔で答えられた。圧倒的な差、彼の余裕は、私の境遇を嘲笑うかのようであった。



白石恵
やばい、やばい、やばい

遅刻した、起きられなかった、ママは今日仕事だからいないんだった。急いで制服に着替える、シャワーを浴びる暇はない、髪を思いっきり濡らして櫛でとかす、制服に思いっきり水がかかっちゃった。

順番、逆にすればよかった

臭くなるなー、って思ってママの香水をちょっとだけつける。ちょっだけがわかんなくてだいぶ使っちゃった。あーママにも怒られるかもしれない、焦ってしまって私が使った分、水で薄めてみた。見た目は変わらないし、多分大丈夫。自転車にのりダッシュで学校に行く。汗でまた制服が濡れたけど、匂いは大丈夫、大丈夫であって欲しい。コンビニから私と同じ制服を着た生徒が出てきて、タバコを吸ってゆっくりと歩き出した。私はその生徒を追い抜いて、見て見ぬふりしましたよ〜って伝えた。信号に引っかかっちゃって、どうしても後ろを振り向きたい気持ちに駆られる。ローファーをあえて脱いで、手で吐き直す。その時、一瞬だけ後ろを見ようと思った。実行に移す。ローファーを自転車のペダルでずらして踵からはずす、うまくはずれたから、手を踵に伸ばした、チラッと後ろを見ると同じクラスの佐久間くんだった。佐久間くんの顔をじっと見てしまって、左足の方へ自転車が一気に傾いた、その瞬間、佐久間くんがいなくなって、空を見上げることになってしまった。カゴに入れていたスクールバックと、その中の教科書が一気に地面に散らばる、私の汗も一気に吹き出した。

白石さん大丈夫?

佐久間くんはゆっくりと歩いて私に近づくと、私の教科書を拾い始めた。

ありがとう

声に出したつもりなのに、うめき声みたいになってしまった。

今日国語あったっけ

え……

今日火曜日だよ

間違えちゃった

色々間違っている私に恥ずかしくなった。呆然としていると、今度は佐久間くんが私に近寄ってきて、どうしたらいいのかわからなくて、固まってしまって、、、。

立てないの?

あぁ、立てます

地面に座ってることにようやく気づいて、左足に力を入れた。自転車は佐久間くんが起こしてくれた。

パンツ見えたよ

スカートを手がフルオートで押さえた。

冗談だよ、見えるわけないじゃん、体操着履いてるんだから

今度もオートで手がスカートから離れる。左足を擦りむいてしまった。佐久間くんがバンドエイドを取り出して、私に差し出した、なんてことは起きなくて、擦りむいたところからは笑いを堪えるように血が少し出ていた。

数学、貸してあげるよ、俺どうせ出ないし、ロッカーに入ってるから取っていいよ

えぇ、悪いよいろいろ

いいよ、あいつ厳しいじゃん

困ってしまって、固まっていると信号が点滅し出した。佐久間くんはまたゆっくりタバコを片手に歩き出した。

タバコ、言わないでね、これでおあいこだから

今時タバコ吸って登校してるのは明らかにやばいんだけど、私が男子の前で転んだのもやばい。それで教科書まで貸してもらうんだから私の方がちょっとやばい。

うん、言わない

佐久間くんは、ありがとうございます、と浅くお辞儀した。

私は自転車だったから数学の授業には間にあった、授業の前に職員室に行って、青木先生に謝った。案外笑って許してくれて、教室に戻る。佐久間くんのロッカーを周りの人に気づかれないように開けて、綺麗な教科書を出した。心中でありがとうと叫んだ。

数学の授業の途中、佐久間くんが入ってきた。クラスにとってはいつものことになっていて、誰も振り向きはしなかった。もうそうしないと、クラスで決まっているようだった。私は振り向いてありがとうと言いたかったけど、当然できないことだった。

佐久間

先生が言った。

佐久間、いい加減にしろ

もう一度先生が言ったので、クラスメイトは皆顔を上げた。私は俯いたまま、この時間が終わることを願っていた。

ここの問題、今やってるところだから、前に出てきて解きなさい、解けるまで授業は中断

堪忍袋の尾が切れた先生が言った。私は例題を確認する。

整式f(x)=x4-x2+1について、以下の問いに答えよ

x2021をf(x)で割ったときの余りを求めよ

わかんねー、数学が苦手な私には全くわからない問題だった。この意地悪な問題を扱う数学の先生はもっと意地悪だとも思った。

黒板の前で立ち尽くす佐久間くんの背中を見ることができなくて、例題を見ても何もできなくて、ただこの時間が終わることを願っていた。クラスの勉強ができる子は、さっさと解いて自分の参考書をやっている。私にこの問題が解けたら、真っ先に教えてあげられるのに。そう思うと悔しかった。ただわかった後のことを実行できる気もしないことは考えたくなかった。

お前のせいで皆が迷惑している

先生が言った、お前のせいだろ、っていうツッコミを私の頭で2秒くらい反芻したが、もちろん言葉にはできなかった。クラスから溜息が漏れ出して、空気が明らかに悪くなった。その溜息は彼を通り抜けて黒板で反射して、また彼を通り抜けて問題が解けない私に帰ってくるような気もした。解けないままチャイムがなった。佐久間くんは何事もなかったように席につく。席につくとペンケースの上に頭を置いていつものように寝ていた。教科書のことを謝ろうとしたが、何を謝ればいいのかもわからなかったし、このクラスの雰囲気の中で話しかけることなどできなかった。佐久間くんはそのまま放課後まで寝ていて、誰も寄せ付けない空間を使っていた。クラスもその空間を作っていたような気がする、先生もそう。私に壊せるものではなかった。数学の教科書に付箋で

教科書ありがとう!私も解けなかったから気にしなくていいよ!

と大きく書いて貼っておいた。直接渡したかったけど、渡せなかったからロッカーにその言葉が見えるように置いてた。