とてもいいにおいがした。
僕はもうおとななのに、女性の胸元に顔をうずめ、今にも泣き出しそうなのだった。
雑味がない、そんな感じ。仕草のひとつひとつ、彼女のちょっとしたミスも含めて、雑味がない。
そう感じている時点で、僕は負けていたんだ。どうしても傷つきたくなかった。悲しみたくなかった。またひとりぼっちになるのは怖くて、好いてくれる人に甘えて、そうやって今までも生きてきたんだと。分かってはいたはずなのに、あらため考えて、怖くなってまた仕舞う。
誰かに好かれるのが当たり前だったから、好かれて、それを伝えられて、はじめて自分の無意識に気づいて恥じる。
相手の好意をいったんもて余したりする悪い癖があるから、僕は。
だから他人に対しても、美しい人を見るとみんなそうなんじゃないかって思っちゃうんだ。
こうして美しいものに不信感を抱くのはマイノリティなのかもしれない。
純粋に、なんの不安もなく好意を口にして生きていけたら、ぼくは自分の成長に気付くのだろうか。山内さんは今、ぼくをもて余しているんじゃないだろうか。
そんなたくさんの後悔や不安が、喉を締め付けて涙になる。
これじゃあまるで、僕が傷付いているみたいで嫌だなぁ。
顔を胸元から肩に乗せた。静かに溢れてしまった涙で、彼女の胸を濡らしてはならない。涙が引っ込むまでもう少し、なにも考えず彼女のにおいに集中しよう。