1658 人は見た目 | alain-pのブログ

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今日はたいして役に立たないです・・・

思いついたことを書いただけなので。

若いころは「人は見た目じゃない!」

なんて思っていました。

でも年齢を重ねた今思うことは、

やっぱり人は「見た目」です。

 

 

《見た目》はあなたの想像以上に、

あなたについてとても多くの情報

含んでいます。

相手にとってはあなたの《見た目》こそが、

あなたのほとんどの情報源なんです。

服装だけでなく、目つきや顔つき、

ちょっとしたしぐさや表情こそに、

あなたの歩んできた人生が、

如実に現れてしまうのです。

 

 

見るからに胡散臭そうな人は

やっぱり胡散臭いし、

こちら側もそういう嗅覚を

しっかり持つことで、

危険をより早く察知できる、ということが、

大人になるほどに分かってきます。

 

 

「人は見た目じゃない!」なんて、

子どもみたいなことを言う前に、

そもそも見た目で判断されるような恰好や

雰囲気をしている側にこそ

その責任があるのです。

 

 

相手にしてみれば、

「そうみられることを承知の上で

そんな格好をしているんだな」

「そんな格好をしておいて

見た目で判断するなと言われても」

と思っているはずです。

だからこそ本人も

「人にそう思われることを承知の上で

その格好をしている」

という自覚があるのが当たり前なのです。

 

 

まさか「気がつきませんでした」

で済まされるほど、

大人の世界は甘くありません。

「チャラい格好をしていますが

中身はチャラくありません」

と思われたいのなら、

そもそもそんな格好を

しなければいいだけです。

「見た目で判断するな」と思うのなら、

見た目で判断されないような格好を

すればいいだけです。

見た目と違う中身まで読み解くことを

相手に要求するのは、

単にその人のわがままの押し付けです。

 

 

だから見た目で判断されたのは

あなたのせいであって

相手のせいではありません。

その判断は相手が勝手にしたのではなく、

あなたが相手にそうさせてしまったのです。

 

 

日ごろどんな生活を送っているのか、

どんな性格なのか、

これまでにどんな人生を送ってきたのか、

自分で自分のことをどう思い、

どう感じ、どう評価しているのか。

そんなあなたのセルフイメージのすべてが、

目つき顔つき、服装、表情、

身振り手振り、立ち振る舞いに現われます。

 

 

だから見た目で勝手に判断する側ではなく、

見た目で判断されてしまう側にこそ

責任があるのです。

 

 

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