ストック記事から
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
試験管内で核蛋白質として取り出されたウイルス
試験管内で核蛋白質として取り出されたウイルスはいわば休眠状態のウイルスです。
一種の失権状態です。
それが生きた細胞の中に侵入して復権しないかぎり、増殖をはじめることがない、
増殖こそウイルスをしてウイルスたらしめる属性だとするならば、
見方によっては、
細胞外のウイルスはウイルスであってウイルスでない、
とさえ言えましょう。
そうみてくると、「ウイルスは生物か無生物か」という問いは実質的にはほとんどその意味を失うと言ってよいのです。
強いてとならば、それは、処をうると、
言いかえれば
適合する細胞に吸いこまれたときには、自主性をもった生物として振舞いうるきわめて高度に組織された物質、
とも言えましょうか。
もとよりこれは、問いも問いならば答も答という程度のはなはだ不正確な表現です。
(中略)
生物と無生物の間には、常識が確信しているような一意的な線はどうやら
ない
とみるのが正しいと言わなければならないのです。(P210)
DATE:2008/06/14 12:12
URL:http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20080122
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
ウイルスは生きた細胞と出会ってこそ本来の活動を開始する。
いや、活きた細胞がウイルスを産みだし、さらに働いて貰う(増殖させる)
なぜか、それが身体にとって「必要」だからだ。
今のウイルス学は死骸科学なのではないか?
つまり、試験管内とか電子顕微鏡で観察しているウイルスは、全然違うウイルスだと言うことでしょうか。
そうなると、医学研究をいくら重ねても、それは机上の空論みたいになってしまうということです。
死んだ状態(本来の姿ではない)をいくら調べてみても、詮無きこと。
つまりナンセンス。
生きた身体の中で活動しているウイルスを観察してこそ、生きた科学であり、生きた医学となりましょう。
医学がいくら死体解剖をして中の組織や細胞を調べても、それは死骸医学となり、そこからいくら推測してみても詮無し。
生きたそのまま観察したがの千島、松下博士、そして、さらに超微の世界を観察しているのがガストン・ネサーンという事のようです。
しかし、本当の事が解ったら医学は破産してしまいます。
だから、絶対に表に出てこられない様に画策してきました。
反原発の関係者がどうして今、世に出てこられる様になったか?
痛い目にあったからでしょう。世人が要求し始めた。
医学も同じ経過をたどることになるかどうかは世人次第なのです。
死んでいる科学がいくら今の研究成果を医学に用いようとも、それは永久に役に立たない。
どころか、むしろ害になってしまうのでは?
これは疑問符ではなく、おそらく真実に近いものと思う、今日も昔も思うこの頃です。
キミ(死に医学)が関わると、とんでもない結果が出てくる
だろうな・・・トカトントン♪