この記事も本当に正しいのか間違いなのかは
「自分では分からない」というものでしょうが
《 異 端 の 科 学 と 疑 似 科 学 》
ひのもと異学 1997、2、22
科学的でないといって異端の科学を非難する者たちが多
いが、彼らのその背景に
は既製の科学を絶対に正しいとして、ものごとの真偽を
調べようとする態度など
はまったく無いようだ。
そこには、コリン・ウィルソン氏の言うように、
(科学的でないと言う非難者は・・・・「批判」ではな
い、是非を調べる気はな
いから・・)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・・・自分には間違いがあるはずがない」とする絶対の
前提がある。・・
・・人間の知識の進歩は最も「疑問の余地がない」真理
についてさえ一片の疑い
を抱くことから出発する。・・・・人間の知識の充実は、
問を発することで成立
する。これが真理だ。牛は何も学ばない。なぜか。牛は
問を発することが出来な
いからだ。牛の世界はいっさい変わらない。昔と比較し
て以上でも以下でもない。
問を発する対象もない。・・・
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
つまりこれは進歩がなくなった世界では通用するだろう
が、これを真の科学と呼
称するのなら、こちらの方が真理を探究することをやめ
た疑似科学というのが正
体であろう。
体制派に迎合することが好きなの優等生的学者は、今の
居心地のよい地位に満足
しているからか、現状維持を非常に重んじるようだ。
その時のその時代の多数派である“権威”の上層部から
の論を絶対のものとして
受け入れることしか知らない。
それに反すると居場所がないことをよく知っているよう
だ。じじつ異端の論をも
つ者はたちまち排除されてしまうから、自分の身を守る
すべを知っている者は、
たとえ真理と反すると知っていても既存の理論の軍門に
下ることをよしとする。
そうでない者は最初から既存の論を鵜呑みして勉強して
(これは丸暗記と同じで、
それをよく記憶できた者だから)学者や専門家と呼ばれ
世間から尊敬されること
になる。
またそうでなくては、真理を認識出来ない無能力者とで
もなるだろうから。
異端の論をはじき出すのは既存の権威側からみれば簡単
なことである。
その優位性をバックにして、何でもかんでも自分の信じ
る論から外れた異端の説
であると排除しようとする態度は、ひとつの罪悪である
と思う。
そんな人達が「科学的」とか「進歩的」とか言うのは、
そういうことは言語道断とでも言うんだろうか。
『ビックバン理論は間違っていた』コンノ ケンイチ著
より
偏差値教育
「偏差値教育が日本を滅ぼす」西沢潤一氏が危惧されて
いるように、
今の教育現場は一から十まで暗記主義に偏差値一辺倒、
教わった
ことを鵜呑みにして頭に詰め込むだけで物ごとを深く考
えることが
できず、そこから恐るべき事態が起きている。
多くの学生は既存の学説に何の疑いも持たない権威主義
に傾いて来
ており、教科書に書かれていないこと、実験で本と合わ
ないことが
出てくるとキモをつぶして、猛烈な拒否反応を起こす、、
、、
と言うことが現実に起こっている。
そうなんだ、拒否反応を起こしてヒステリックに非難す
ることはみぐるしいのだ。
自称“科学的な人物”となれば、単純な非難ではなく
『批判』をしなくてはなら
ないのだね。
やれ非科学的とかオカルト的とかと言って、なんでもか
んでも即それで切り捨て
ることはイケナイことだよね、マコトちゃん、、、
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆