《 危 険 な 予 防 接 種 4 》 ひのもと異学 1997、1、16 初版 “危ないぞ予防接種” またまたこの本の中から『証拠』を探してみたので読んでちょうだい。 読みにくい作文でしょうがね。 すべての親が知るべきこと 【 危 な い ぞ 予 防 接 種 】 イギリスからのメッセージ レオン・チャイトー著 毛利子来監修 藤井俊介訳 社団法人 農山漁村文化協会 発行 (本文より)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 「ジフテリア」の毒素と抗毒素は、腐敗しかかった馬の血液から作り出さ れる。 「百日咳ワクチン」は、百日咳に罹患している子どもの咽喉の粘液から得 られる。 「腸チフスワクチン」は、腸チフスで死んだ人からの腐った排泄物から作 り出される。 「ソークポリオ血清」は、ポリオにかかった猿の腎臓から得られる。 「インフルエンザワクチン」は、感染した腐った卵から作られる。 (注、豚のインフルエンザに用いて効果なく、被接種者に恐ろしい副反応 をもたらす、信頼できない) ・・それにしても、ワクチンの原材料はよく熟視すると、まったく吐き気 を催すようなものが多い。 ・・自然に起こる多数の細菌性の感染は内臓への攻撃で始まるが、予防接 種では通常血液を経由して異物を侵入させるのである。 この間の差は、蛇の毒液を摂取してもまったく何の効果もないが、これを血 液中に入れると大変な毒性を発揮することと比べると明白である。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ このような人体にとって異物となるものを体に入れるとしたら遅かれ早 かれ異常が起こらない方が不思議である。 どんな方法であってもこの異物は将来病気を引き起こす原因となるのは明 白であるから、予防接種そのものが『病気の予約をする』ということにな る。 これらのワクチンは形は違うが、いずれも“毒素”であることは間違いな い事実で、体に毒素を入れるとしたら危険な存在となるのは当然だ。 それで『予防接種そのものが“危ない”』のである。 医学は伝染病を非常に恐れるが、これは非常に迅速であり、かつ強烈に起 こる浄化作用が多いからであろう。 ちょっと間違った逆療法を施しただけでもたちまち斃れることになるから 怖いのである。 伝染病でなくても、例えば盲腸炎になったとき、冷やすと危険になるのは 逆療法だからで、脳溢血でも頭脳を冷やすと危ない等、強烈な自然の浄化 作用に対して反自然療法を行う事はその反動も大きいのである。 それにもまして浄化を止めようとして薬毒を入れるとしたら、それ自体が もう危険な自殺行為となるのだから、伝染病そのものよりも薬毒で斃れる 者が多いとしたら、治病法の方が恐ろしいということになる。 僕が最近これと思うのはあの『0-157』である。 これについては新聞記事にあったが、抗生物質の投与が逆にベロ毒素を増 やしたというのだから、たとえ『治療』という名前でも逆法はかえって生 命の危険となり得るのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ・・天然痘はイギリスでは、第二次世界戦争の閉幕までに、劇的に減少した。 その結果、この病気で死ぬ子どもよりもワクチンで死ぬ子どものほうが多 くなった。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ では医学上の成果で天然痘が減少したかというと、天然痘に限らずその他 の伝染病の減少に医学が貢献したと言う事実はないのである。 医学の宣伝する予防接種や特効薬などが世に出る前に、既に伝染病の猛威 は既に下火なり、「消防隊が駆けつけた時には既に火事は終わっていた」 のに、「火事を消したのは我々消防隊(医学)の成果である」と誇るよう なものであった。 それについて次のように書いてある。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ・・我々は、医学的な宣伝によって、予防接種を受けない子どもだけが病気 にかかると信じさせられている。 ・・・なのに、こうした理不尽を改革することは、予防接種に反対する人人 の再三の申し立てにもかかわらず、権威者たちによって拒否され続けてき たのである。ショージ・バーナード・ショウは「ネイション」一九二三年二 月十日)に寄稿して、予防接種の効果に対して、問題をはぐらかすために、 統計がどんなに頻繁に用いられたかを、次のように説明している。 「通常の病院では、数人のパスツール主義の予防接種信奉者が、ひどい統 計上の作為を行っている。 ☆☆☆☆☆☆ とあるように、あたかも予防接種によって伝染病が減少したかのように統 計に偽りがあるというのだ。 真の事実は『世界の歴史上に猛威を振るった伝染病は、“自然に発生し自 然に消滅した”のであって、そこに医学が貢献したという事実は証明出来 ないのだ。さらに、貢献どころか逆に大きな害を与えて来たという事実ま でが浮かび上がって来ているのである。 それを ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ・・種痘については、前述したように、医学上の大きな成果の一つとして、 天然痘の根絶が挙げられる。けれども、環境条件の向上する中での減少が 予防接種に関連があるかどうか、また前例と同様に他の要因が含まれてい ないかどうかということの疑問が根強く残っている。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ という様に書いてあるのだ。 そのことは結核、ジフテリア、腸チフス、ポリオ等など天然痘ばかりでは ないのだ。 こうして思うことは、医学が伝染病を克服したと言うの事実はなく、自然 に発生し自然に鎮火したというのが真相のようだ。 それでは伝染病の“予防”などというのは正に夢物語りで、“治療”もお 手上げというのが最近の医学情報なのだから、それから将来を予測すると ちょっと怖い気もする。 伝染病の大発生は“自然”の行う浄化だとしたらこれからもあり得ること になる。 その条件は整っていると思えるのだ。 “条件”とは、我々の体内の汚れである。 “汚れ”とは汚れた血液、つまり薬毒によって濁っている血液のこと、毒 素の多く混じった体である。 『薬が人類を滅ぼす』とはけっして大袈裟な表現ではないのだ。 いまや病気の原因を細菌やウイルスにもって行って全責任をなすり付けて いたのては解決出来ないということに気づき始めたのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ・・感染源そのものだけではなくて、宿主の健康状態を強調するといった 進歩に気づき始めている。 ・・そして、これこそが、防衛力――それはどの程度か疑わしいのだが、― ―を得ようという期待をもって組織内に毒性物質を注入することをできる だけ避けようという、予防医学の中心課題そのものなのである。 ・・我々は免疫をつける仕方について考えるとき、もともと身体が防衞組 織をもっているということを考えておかなければならない。 ・・人類は地球上に現れたとき以来今日に至るまで微生物といっしょに棲 み、その防衛機構はさまざまな方法で他を脅かすことから共存することへ と関係性を変化させてきたのである。人間の身体には、それがなければ健康 が保てないような、そういった微生物がいる。 そのような細菌のあるものは腸内に生息しており、それらは棲みかと食物 をいただくお礼に、ある種のビタミンの生産や好ましくない細菌のコント ロールなどの、有用でしばしば重要なサービスを提供してくれている。 この関係は、ホストもゲストもともに利益を得るという、象徴的な共生関係 の一つと考えられる。 ☆☆☆☆☆☆☆☆ いま人類は、微生物を“病原菌”として攻撃するのではなく、 “共生する”という関係にもって行かなければ、二十一世紀には生きられ ないという選択の時代に入っているのではないかと思う。 このまま予防接種が正しい批判も無く行われて行くとしたら、それは自分 の子孫になる子どもたち孫たちが“地獄”に落ちるのを手助けした事にな るかもしれない。 それは結果においてであるが。 真実を“見て見ぬふりをする”のも警告を“無視する”ことも消極的なが ら、結果は同罪であろう。 ☆☆☆☆☆ もう「止めて」と叫ぶときである。 今や、過去半世紀以上にわたり免疫学の多くの視点を性格づけてきた狂気 の思考と非科学的な二枚舌の医術の見直しを要求するときなのだ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 本書ではこのような厳しい批判の論が載っているが、これは『医学が科学 ではない』という主張が認められて来たということのようだ。 このように、“たった今”子供達にとって命と健康を左右する重要な問題 について、たかだか200名くらいしか読まないチャチナケイジバンでは “時すでに遅し”の感もある。 だれかインターネットに掲示してほしいと願う。 それに本気で考える人がほとんど居ない。 これでは日本人も、モウダメカナ、、、、




