自分で自分の病気を確かめて見よう
ひのもと異学 1996年 初犯
ひのもと療法(この名称は要らない先入観を持たないための仮称です)自分の体を触ってみることです。
頭のてっぺんから、足のつま先までよーく触って見ましょう。
すると必ずどこかに熱のある所があるはずです。
そこを良くひのもと治療法することです。
そして、後は押して痛い所。
指先で丹念に押してみてください。
首でも肩でも胸でも脚でも間接のどこでも、特に痛い所は必ず何カ所かあると思います。
そこがポイントです。
なお押しても痛くなくても、そこが晴れ上がったようになって膨らんでいる所がある場合。
それも毒素の集溜する場所です。
そこも良く溶かしておくべきです。
肩でもそうですが、堅い肩の人は浄化のときにもろいタイプです。
柔らかくなるまで毎日時間さえあればひのもと治療法を欠かさないで下さい。
いつも言うように、ひのもと治療法の良いところはやり過ぎの無いところです。
普段なんでも無いときからのひのもと治療法こそ一番の効果を上げるコツです。
朝夕わたしのまわりを毒の塊が歩いているなんだか妖気ただよう光景を思い浮かべるだろうが、それはあなたの父であり、母であり、兄妹、姉弟なんだ。
そして“あなた”でもある。
じゃあ、おまえはどうなんだ!と言われると、“じつは私もそうなんです”と白状するしかない。
街を歩いていてきれいなオネエチャンを見かけると、心から喜びがわいてくるのは私だけだろうか。
そんなとき、フト今言った事を忘れてしまう。
「なんてつやつやした肌なんだろう!きっと中身もきれいなんだろうな」などと、つい思ってしまうのだ。
いやいや、だまされてはいけない。
(もっともオネエチャンがだましているわけないんだけど‥)この世の中で体の芯まできれいなニンゲンなんて居ないのだ。
みんなみんな、毒の塊を持っているんだ。
だから私の周りを歩いている人はみんな毒の塊が歩いているようなものなんだ。
そう思うと、きれいなオネエチャンも心なしか少し汚く見えて来た。
あの美しい顔の下に醜い顔が隠されているのだろうか?‥そんなありもしないことをつい考えてしまうのだ。
しかしそういうことではない。
つややかな肌の内部は肉とか血液とか骨である。
その血肉の中に毒が混じって、固まっていると言うのだ。
現代人に例外はいないと言う。
体内に保有毒素を持たない者は一人としていないと言うのだ。
どんな人でも親からまたその親からと、祖先から受け継いだ毒素を持っている。
それを[先天性毒素]と言う。
そして生まれてから入れた毒素。
これを後天性毒素と呼ぶ。
この毒素とは「薬毒」のことなのだ。
風邪を引いたとき飲んだ薬、胃が悪いと言って飲んだ薬、学校へ上がって予防だと言って打たれた注射、みんな[薬毒]なのだ。
それらが体の中に溜まって、それらのエキスみたいになったのが[毒素]である。
もちろんその他、食品添加物や公害物質などもこの[毒素」の仲間に入る。
このように現代人は[毒の塊]と言っても良いのだ。
ただ美しいい皮膚で隠されているから、中身まできれいだと思い込んでいるだけなんだ。
こんな毒塊人間がいばりくさって理屈をこねて、世の中をきりもみして行こうというのだから、うまく行くわけない。
これでは世界中がおかしくなるはずだ。
日本でも今の現状がそれを雄弁に物語っているではないか。
あんなにオエライさん方が一生懸命考えてやって来たことがみんな破綻しようとしているではないか。
いくら立派な理屈を述べても中身が汚いのだから、上滑りでどうしようもないのだ。
現に私がそうなんだから。
さっきまで随分偉いことを言っていたのだが、さて二、三歩、歩いたと思ったら、もう忘れて我がまま勝手の気分次第、「分かっちゃいるけど止められない‥」って言葉がそのまま。
それもこれも身の内の毒が十分詰まっているからだ。
私は薬を止めて十五年、その間すいぶんひのもと療法をして毒素を減らしたつもりだが、なになに! 毒素は一生無くならない? 無くなるには二三代かかると言うのだから、いやになる。
それほど多いのだ。
もし人間の体から毒素がほとんど抜けると、寿命が百二十才というのが普通になると言うのだから。
そうして、この毒素というのは人間が神経を使う所ほど集溜固結する。
現代人が神経を一番使う所と言えば頭脳である。
そこを目がけて毒素が集まろうとする。
すると、途中下車ではないが、肩や首の周りに固まる。
どんな人でも首の周りや肩の周りに塊があるから、押してみると判るはずだ。
グリグリがあったり、浄化して熱いところ、押して痛い所、みーんなそれが毒の塊なのだ。
肩や首が痛い、肩や首がこるなどと言ってしかめ面をする人があるが、みんな身の内の毒のせいなんだ。
そして自然にその排毒作用、すなわち[浄化作用]が始まると熱で溶かし、鼻水や痰で排泄しようというのが[風邪]である。
「放っておけば順調に排泄され、毒素が出た分だけ血液がきれいになり健康になれる」という、天の恩恵による作用だという事を知らないため、極力止めようとする。
その方法が氷冷や[薬という毒]を入れることなのだ。
せっかく出ようとする毒素を固めるばかりか、そのうえに薬毒まで追加するのだから、毒塊人間はますます増長することになる。
終いにはそのきれいなお肌までも犯して、汚い毒素のヘドロが吹き出してしまうのではないだろうかとも考えてしまう。
まさに「罪のうえに罪を重ねる」という言葉が当てはまるのだ。
頭脳を中心に集まった毒素のため、頭脳は明晰を欠き、一見頭がいいように見えて、中身が丸っきりという愚鈍な人間ができあがってしまう。
そんな人間が集まってりっぱな理屈を言ってひしめいているのだから、まともな世の中になるわけないだろう。
こう言うと私がずいぶん頭脳明晰な人間と言いたがっているようだが、この論はあくまでも受け売りなのだから勘違いしないように。
ただ、私がみなさんと違うのは、できるだけ毒を入れないようにし、できるだけ減らすという方向にいるという点である。
[治療についての注意] 表舞台より楽屋を見ろ「ひのもと治療法」(一切の先入観を持たないための仮称とします)ひのもと治療法(仮称)による治療について、いろいろな注意点について述べてみます。
勿論これも人様からの受け売りの論ですが、実際にやってみると「なるほど」と感心する大事なポイントだと思います。
人間の体は霊体一致を原則としますが、霊と体とに区別する時は、背部は霊となり、腹部は体に相応するのであります。
「見える表の裏側をよく探れ」という訳です。
いつも言いますように、『霊主体従の法則』により、あらゆる病患は背部が重要であり、背部の治療をよく行わなければ真の効果はないのです。ちょうど影絵の裏側をのぞくと動いている本体があると同じように、直接見える影絵よりも見えていない裏側の方が本体という事なのです。
つまり背部裏側の毒素が溶解しただけは、前部、表側の病患は軽減する訳です。
たとえば、胃ケイレンの激痛であっても、その激痛部だけの治療では効果は少ないのです。その場合、背部を診れば左右何れかの肩甲骨と背柱との中間に必ず固結があるものです。
その固結をひのもと療法をすると、すみやかに胃部の激痛は解消するものなのです。
それでは、その固結は何であるかというと、これは薬剤の固結したものです。
薬を飲み続けていて、人間夜は必ず横になって寝る関係上、胃の後方から浸透し、背部へ沈殿固結するのです。
薬毒は固結すると共に、必ず微量づつであっても溶け出すものですから、それが少しでも重みのある毒素ですから、下へ下へと下降するというのが原理です。
また湿性腹膜炎における膨満も、化膿性腹膜炎の膿結も背面腎臓部へ沈殿固結したものです。
原因が背面腎臓部にあるのです。
その他、心臓、肺、胃、腸に関する疾患も、すべて背部を主に冶療すべきです。
健康の判定は肩の柔軟度をみろ次に、人間の健康、不健康を判別するについて、最も明確に知り得る方法として、まず肩部を診る事です。
肩部が柔軟で、指で圧して指頭が一寸位没するような人は必ず健康なのですが、肩部が硬く柔軟でない人は不健康と断定してもさしつかえないと思います。結核患者は例外なく肩部が固く、重患者といえども肩の柔らかい者は回復し易いのです。
軽病者であっても肩の柔軟な者は回復し易いものなのです。
反対に軽症者であっても肩部が強く堅い者は回復困難と共に、強い浄化が発生し易く、その為、生命の危険にまで及ぶことは免れ得ないものだからです。
それほど体内の毒素は上半身、特に首肩に集まりやすいのです。
肩に毒素が少ない人は、やはりからだ全体にも少ないという事でしょう。
肩を柔らかくするには、肩の毒素を少なくするしかありません。
そのために常に日頃から毎日肩のひのもと治療法をすることをお勧めします。
そこで、理想的健康診断法して肩部の柔軟度を診る事こそ、正確であり、簡単である事を広く世の人にお知らせしたいのです。 頭痛は首の周りを調べる次に頭痛の場合には、必ず前額部に熱発を認めるのですが、その額の部をひのもと治療法治療してもあまり効果がない事があります。
その場合に、耳下腺を主とし、リンパ腺へかけて大抵の人は固結があるのですから、そこを治療することによってすみやかに解熱し、頭痛は去るものなのです。
そえゆえに頭痛以外の一般発熱者に対しても、耳下腺、リンパ腺、扁桃腺等を一応指査すれば必ず大小の固結(グリグリしたもの等)が判りますから、そこの箇所をねらってひのもと治療法治療することによって下熱する場合が多いのであります。
ひのもと治療法は下熱する力ではない。
しかし下熱するこの「ひのもと治療法をすると下熱する」という事は、ひのもと治療法というのは熱を冷まさせる力というのではありません。
熱の発生が不必要になるという事なのです。
人間だれでもが持っている体の自然の働きによって固結毒素を溶かす、その際に熱が必要です。
つまり自然良能力が働いて、「高熱で固まっている毒素を溶かし出す」というのが「発熱」の原因なのです。
ところが、ひのもと治療法の力とは太陽熱の霊熱と言える「火素」なのですが、これによってもっと容易に毒素を溶かす事が出来るのです。
そのため自然良能力を強力に援助する、バックアップするという意味で、熱がなくても固結毒素を溶かす事が出来るので、その結果として「ひのもと治療法すると下熱する」ということになります。
これは体の働きが毒素排泄のための浄化作用を行っているところに、『ひのもと治療法』という味方が付いたようなものです。
反対に冷やしたり、薬という毒を入れることは、自然の体の働きを阻止することなのですから、強力な邪魔者が生命力を弱めるという働きなのです。
「熱が出ると苦しい。
だから冷やす。
」というのは一見合理的な方法のようですが、実は「せっかく溶け出そうとする、体にとっては有害な毒素を再び固めて出さないようにする」という、愚かな方法なのです。
そうしてもちろん、『薬は毒』そのものですから、毒を体に入れると生命力を弱めるので、とうぜん自然良能力の働きが弱くなります。
すると浄化する力がなくなるのですから発熱も引っ込んでしまいます。
その結果、見かけ上は「熱も引いて、病気が治った」と言う事になります。
しかし、浄化(病気症状)の因は体内に溜まった毒素なのですから、いつか再び、入れた薬毒を加えてさらに強力な浄化作用(病気)を予約してしまった様なものです。
次に腕、指などの疾患の場合、その本原であるリンパ腺から肩、腕の頂部に当たる所を充分治療すべきです。
それによって手指といえどもその治療が容易に奏功するものなのです。
「ヒョウソ」など、激痛を伴う腫れ物の原因がその手指にあるんではなく、実は頸や肩の辺にあるとは夢にも思わないでしょう。
だからひのもと治療法をする場合に、痛む手先だけを治療していてもなかなか良くならないのは、そこが本元ではないからです。
したがって脚に関する疾患も右と同様その根源である腎臓部、脚の付け根等をよく治療すべきです。
また、ひざが痛いといっても、その裏側に原因があることもあります。
平均浄化作用さて、ここでまた重要な事があります。
それは『平均浄化作用』と言うことです。
ひのもと治療法で、ある一局部の溜結毒素を溶解した場合、間もなくその箇所以外の局部に浄化が起る事があります。
これを『平均浄化作用』と言います。
たとえば、左腕が痛むからそれを治療すると、今度は右腕が痛みだす。
それを治療すると背中が痛むというように、ちょうど痛みが移動する様に思えるので、患者も痛みの移動を訴えるのですが、実際は痛みの移動などという事はあり得ないのです。
これらは平均浄化作用に因るものなのです。
ひのもと治療法によって体の一部がきれいになって来ると、その周りも同じようにきれいになろうとするのですから、とうぜん浄化作用が発生するわけです。
その浄化の際の苦痛ということになります。
だから平均浄化作用というものが発生するということは、体内が浄血して行くのですから、「真に治って行く」という本当の治療方法だと思います。
浄化はありがたい。
病気はありがたくない。
しかし浄化は病気だ?浄化作用によって固結毒素が溶け出すと、周りの神経を刺激しますから、浄化にはどうしても痛み苦しみが付きものなのです。
それで病気と名付けたのでしょうが。
だから浄化は「ありがたいもの」ですが、反面苦しいものなので「嫌なもの」なのでしょう。
その浄化作用の苦痛症状の面のみを見ているのが、「医学の考え方」です。
苦痛という症状を止めることのみを研究している、いわゆる「対症療法」です。
苦痛症状さえ止めれば病気は治ると思い込んでいるのですが、影絵の影のみを追い続けるばかりで、ちっとも裏側の本体、本源を見つけられないので、全然的外れな治療方法を行っている訳です。
そうして新たに病気(浄化作用)の原料を入れているのですから、無知という事は恐ろしいものです。
愚かであった人間の歴史が終わろうとしているほかのことならいざ知らず、これは人間にとって一番大切な、「生命と健康」を犠牲にする「愚かな行為」なのですから。
「愚か」とは「無知であった」ということです。この愚かなことを長い間一生懸命やって来たのは、先祖を含めて全人類と言っても良いでしょう。
責任はひとり医学者だけではないのです。
我々一人一人がそれを真理として認めて来たのですから。
愚かな人間がいくら考えても、全く気づくことの出来なかったこの真実を知ることが出来たのは、まさに時節の到来と言うしかありません。
ある人物を通しての神の恩恵は全人類に行き渡るという「天与の時」を思わずにはいられません。
しかし、私はその「ある人」を紹介するのが目的ではありません。
あるひとりの人間を通して伝えられた「真実」を、さらに私という人間を通してあなたに知らせたいのです。
「真実」それだけを知らせるということが一番の目的なのです。
愚か者の一人であった私にもたまたまその機会が訪れ、そうして、それをあなたが受け取る。
そのいうようにして、真実を知る者が鼠算式に増えて行くのではないかと思います。
ひとやすみ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
追記 2014/03/19
病気は毒出し現象。
毒を入れると病気という毒出し現象が起こる。(浄化作用)
そして、
精神的要因がそれに引き金をひく重要点・・・らしい(笑い
「自分を許す」

そして、
毒を入れない(薬=毒) もちろん、化学物質以外にも多種多様の毒物がある。
毒まみれの環境でしっかり毒出しをしていこ~う。
金まみれの環境でしっかり金出しをしていこう
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