今ホメオパシーの記事を読んでコメント入れたりしていました。おれは全然体験も無いのでどうこう言えませんが、本を買って読みました。これは本質を突いていると思いましたね。
オレ自身は岡田茂吉の浄霊医術を主体にやってきましたが、最近の結論(またでんぐり返るかも知れないが)では「万人に効く万能の治療法は無い」というものだね。
それは本の影響もあるが。実際に妻の体験でそう思わざるを得なかった。
じつは浄霊法という手かざし療法を中心にしていたのがこれが効果が見られないほど重度の症状でいろんな多種の療法を追い求めた経験だ。
その詳細は別に書くとして結論だけ言うと
「本人の意志」がかなり重要だという事が分かった。
つまり「治る意志があるか無いか」
当然のこと「無いわけ無いじゃん」
となるだろうが。
それは表面意識の話ではそうなるだろう。
だれも苦しくて不自由な自分の体を思えば
身を焦がされるほどの思いだろう。
だが、別の次元ではもっと大きな自分がいるらし。
その自分が「治ってはいけない。病気は必要なのだ」
と思っているとしたら・・・
!!!まさか、まさか!!
じつはその自分の意識は意外と外せない。
外すには相当の覚醒が必要。
簡単に治る病気とは自意識とその奥の意識が
案外近かったりするのだろう。
そういう場合は
まあ、なにをやっても治るのだろう。
手かざし万能だと思っていたオレには非常に
がっかりする結論だった。
だが、あれでもこれでもそれでも治らない
そんな時はあるのだ。
コナンドイルのチャネリング本では
これを
「前意識」と言うらしい。
つまりチリチルミチルの青い鳥の話だ。
幸も不幸も、最初から贈り物として持ってきたこの人生
病=不幸
こう考えると
なぜ!なぜなの!?
こうなるだろうが・・・
病=幸福への近道
と知れば
前意識という自分の奥の真意が
理解出来るかも知れない。
簡単に治る病気と治らない病気の違いは
自分の意識にあった。
どうせいつか死ぬのだが
どうせなら元気で病気無しに生きたい
これは当たり前だのクラッカー
だが、この「前意識」を表面意識は知らない
(むろん、自分が決めたことをこの世では忘れただけ)
知らないから治らない病気で悲観する、落胆する。
これもイイ野田。
この感情を充分あじわって、周りの人との関係も
見えてくるし、周りのひともそれ相応の感情を味わう。
宗教ではこれを罪穢れとか言うが、別名カルマとは
「自分で自分の体験を決めてきて、それを体験しつつ
他の経験との調節をはかる」
要はいかに調和させるか
別名、輪廻転生はひとりの人生では限られ体験しか出来ないので
多種多様な体験をするために分散してやる。
その統合作業も必要だから、その中には病気の人生も組み込んでおく。
生まれつきもあるだろうし、人生の最高に輝く青春時代にも設定する
だろうし、もうすぐ終わり頃に設定するかも知れない。
病は悪だ
とうい思いがあるうちはこの病気という体験はかなり辛いだろう。
実際に辛いが。
しかし、病気の主人公は自分以外に無い。
他からやって来るように見えても、それは自分が決めたことだ。
因果応報と言うが、それは調和のために自分自身で行う
調和のやりかたである。
治る病気と治らない病気
万人に効く療法は無いが
その人によって効く療法はある。
だけど、害があるのはよそう。
一時的に効果があっても、体質を悪くするものはやめよう。
その代表格が薬物療法だ。
毒で無い薬があったら教えて欲しい。
毒を入れて体質がよくなるとしたら別だけどね。