先ほど、ビデオにて純と愛を見ていた。
なんだ! どうして危険な手術などしなくてはならないんだ!
僕は叫んだが・・・・ムダだった。
彼は聞き入れない、いや、周りの者達がみんな聞き入れない。
愛(いとし)よ、君らしくないぞ。
どうして周りの者達に合わせなければいけないんだ!
と、おじんが叫んでも、すでに愛は聞く能力を失っていた。
ざ、残念!
ちょと興奮気味だが
冷静に書いてみよう(というか、どこかから拝借した門;である)
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手術の愚かさ
何でも切り取れば良いという対症療法の愚さである。
人体内の毒素の排泄作用として、
最初の病症は小さな腫物が股へ出来る。
(これが股で無く、内部でも同様。頭に腫瘍が出来たりするがいずれも毒素の塊であり、いずれ排泄される。放っておいた方が延命するであろうものを)
これなども放っておけば、段々腫れて自然に穴が穿(あ)き排膿し治るべきものある。
大抵の場合腫物は次々出来るものであって、出るだけ出れば順次治ってゆき、何ら心配はない。
のみか、それだけ体内の毒素は減るから、健康上実に有難いのである。
ところが逆解医学は、薬や手術等色々な療法をもって排膿を止めるので、それが悪化の原因となる。
それのみか、その薬毒によって次々新しい病気が作られ、悪化に悪化を重ねてどうにもならなくなるのである。
しかもこのような医学のための被害者は、今日数限りなく作られているのであるから、全く恐ろしい世の中である。
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うん、さすがおじいさんはいいこと書いて残してくれた門だ