ごて造とバカ盆です。
いや、笑いにしてはいけません。
予言は当たらない様に予言を出す。
そういう意味で聞けばいいのです。
しかし、予言は当たるという前提で聞くとそこには不安、恐怖を呼び起こす。
それは自分がしっかりやってしまったアホな見本。
といっても、じぶんが言ったよりも教祖が言ったこととか、指導者が言った事を鵜のみにしたという事です。
予言
来年の冬は豪雪です。
特に2月1日は一日中雪が降り続き、一晩で3メートルも積もります。
と、天使さんが私に教えてくれました。
じゃあ、それは大変だ。
スノーダンプ用意してスコップよけいに用意して・・
そう、昔そんな事がありました。
ただし、予言じゃなく、実際に豪雪の冬があったのです。
そのときになって、あわくって、(夏だけじゃないのです。冬でも泡食っているのです)
スノーダンプやスコップ買い出しに行ったら・・
なんとすべて売り切れ。
ああ~~、遅かった、準備しておけばよかった・・
こんな程度でいいのです。
なにも何月何日豪雪でなくても、前後一ヶ月くらいずれたって・・
しかし、センセーショナルなものは何月何日何時何分なんて。
予言ははずれるためにある。
そう思えばいいのです。
なぜなら、それがははずすために情報が出されるからです。
それが目的です。
だから、いつの時代でも予言ははずれています。
ただ、世間に認知されない予言は当たっていたかも知れません。
それは
多くの人たちに認知されるかどうかなのでしょう。
3月11日の予言が当たっていたという話があるかどうか分かりませんが。
おそらく、後出しじゃんけんじゃないけど、もし当たっていた予言なら、
それはおそらく「世間には伝わっていなかった」でしょう。
ぎゃくに「世間に多く伝わっていた」としたら、おそらくはずれていたのではないかな?
だから、その急所を分かっているならそれほどのめり込む必要はないはずです。
しかし、
年月日など指定しないなら、ある程度予言は必要なのかも知れません。
アメリカのドルの格下げなど、もう数年どころかずっと以前から予測されていたし、原発事故など一部の人がしっかりと予測していたのです。
これは予言でしょうか?
いや、必然的に起こることを、それに年月日などを入れなければ、りっぱな預言です。
預言は起こるべくして起こる事を先に予見している。
予言はその年月日を指摘して言ってしまう。
その目的は
当たらないようにする。
その役目としての人が居るとすれば良いのでは?
見えない世界では、天使なのか堕天使なのかはまったく見分けがつかないと言います。
しかし、たとえ堕天使だとしても、それはやはり役目がある。
結局は有用な役割をしていると見た方がよいのでは。
でも、コテ造ちゃんとママ言おもしろいですね。
けっして悪気じゃなかったのでしょうが、その予言内容が恐怖や恐れを産み出していたとしたら、(それは受け取る側の方の選択もあるが)
自粛するのは必要だったのでしょう。
いや、自分も人様の事は言えません。
じっさい、そういう恐怖、不安を煽る予言をかなり世間に振りまいて来たのですから。
だからこそ、分かるのですね。
ただ、その不安恐怖を刺激するのも必要な場合もあるという枝道、脇道も認知できればいいかなあと。
当たるもやっけえ、当たらないもヤッケエ~だなあ~~~~~モシ。
スマトラ沖も3.11もそんな予言が行き渡らなかったでしょ。
それよりも、もしも完璧な予言をしても、それは受け入れない人にとっては無意味なんです。
逆に回避できる人は何かの予感とか、偶然とかによって回避されるのでは?
まだその12日にはなっていませんから、おのおのがたスノーダンプやスコップの用意だけはしっかりしておくのが肝要かと。
だって、その冬が暖冬か豪雪かはなってみないと分からないから。
暖冬になって、なんだ~~はずれちゃって、無駄な買い物したなあ~
と言って、ちょっとがっかりするか、
ああ~~~~~凄い大雪になってしまった・・・
でも、用意はしてあった・・ので。
このたびの新潟県の豪雨は前にも増して凄かった。
でも、前の経験によってジタバタ、アタフタが少なかった・・・・
誰もこの豪雨を予言してくれなかったけど、自分たちの経験が活かせた。
今の日本国中、地震火山の活動期です。
だから、日時指定、場所限定する予言よりも大事な事がわかればいいだけ。
当たらない為の予言であったとして欲しい。
コテ造&ママ言にはそっとしておいてやりましょ。