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4.人間の本質、魂と人格
人間は輪廻している。昔、ある時代にうまれ、生き、死んで、また次の時代にうまれ、生き、死んで・・こういうことを綿々とくり返して現在の自分にいたったととらえる。
通常このように時間軸の中で輪廻をとらえているが、心は時間の中には存在しない。
この時間、空間もない世界では心理的な距離があり、この心理的な距離でとらえていくと、輪廻している過去、未来の自分より親密な者はない。
すると、多数の過去の自分、多数の未来の自分が今の自分の中にオーバーラップしている。
シンボリックに表せば、千の顔と手を持つ千手観音のような姿となろう。それぞれの自分はその生に焦点を合わせて、一種のトランス状態になって生きている。
こういう自分たちを分身させている大本の自分がいる。
それをセスは魂(SOUL)あるいは実体(ENTITIY)と名付けた。そして、魂の分身である個々の自分を人格(PERSONALITY)と名付けた。
いわゆる通常私と思っている私とはこの世界に焦点を合わせている魂の分身であるひとつの人格である。
時間、空間という偏見を捨てれば、魂、過去、未来の人格はすべてオーバーラップしている。
時間軸だけでなく、並行世界にも多くの分身がある。
我々はこの生にあまりにも焦点を置きすぎているため、他の人格についてはまったく意識できないが、他の人格とは共感的な関係があり、その知恵、知識を引き出すことができる。
ときどき、他の人格の言葉を聞いたり、イメージを見たりして入り込んでくることがあるが、こういう世界観を持っていないため、どこからやってきたか理解できない。偉大な創造はほとんどの場合、これらの共同作業である。
目覚めているときには他の人格との間に強いブロックがあるが、夢の中ではもっと他の人格を意識している。ただ、夢の最終過程で、私が介入してそれを私が理解できる形にゆがめてしまう。
このように人間は目に見える形姿の中に目に見えない過去、未来の形姿がある。
そこには過去、未来の記憶と経験と知恵がある。それを意識することができないが、そこから活動、記憶、洞察を引き出すことができる。
現在の体が弱い場合、過去の丈夫な体を呼び起こして補償することができる。
歴史作家は本人は自覚していないが、過去の自分の記憶を呼び起こしてリアルな歴史小説を書いている場合が多い。
誰もが輪廻の中で様々な男性、女性を生きてきた。現代でも男性、女性の文化的規定、社会が推賞する男らしさ、女らしさはワンパターンで貧弱であり、それに同一化しすぎるとこの生での目標からそれる。
現在の性に同一化しすぎないように男性では過去の女性たちがバランスを取り、女性を直感的に理解できるようにしている。
これがユングの言うアニマである。女性のアニムスも同様である。
男の子の場合、母親がアニマの象徴を刺激する。逆に母親はアニムスを刺激される。母親が過去生で生まれてくる息子と一緒にいたことがあるなら、夢でその状況を見る。母親は過去の男性の記憶を利用して、息子との人間関係を円滑にする。
人間は輪廻転生の中で農民、軍人、商人、僧侶、政治家、貴族、こじき、盗賊、奴隷等様々な生き様にチャレンジしてそこからいろいろ学びとってきた。
現在もその過程にある。
ある危機によって特に人生の初期、晩年に心理的なショックで現在の人格が機能しなくなると、過去の人格に退行する。男性としてあまりにも貧しい生き方をしていると信じたなら、過去よく生きた女性の性格を身につける。
あるいは男性にあまりにも同一化して個性が危機状態に陥ったとき、過去の女性に同一化する。
集合的無意識、元型というユングの仮説はこのあたりのことをとらえているのであろう。
それらと意識的に関わるには夢をもっと意識化するか、覚醒時に夢を見る能動的想像の状態に入ることである。
魂、他の人格と意識化するには意識をうちに向けていくことである。魂は私が生まれる前もうまれてからも、起きているときも深い眠りに入っているときも同じように考え、感じている。
日本語で考えたり、古代語で考えたりしているのではない。そこには言葉は必要でない。意思の伝達も瞬時に行われる。
魂と私は常にやりとりしている。私は物質界の状況を魂に伝え、魂はそれによってエネルギーと物質化の力を送ってくる。それによって私の体、その延長としての環境を作り上げていく。
以上引用終わりーーーーーーーーーー