国会の特別委員会が開かれ
そこでは(おそらく世界的にみても医学の歴史上において)非常に重要な討議、質問がなされていたと思います。
きっかけはその当時の週刊誌などが取り上げたある癌治療薬についての話題にマスコミが大きく記事にした事なのでしょう。
ある癌治療薬というのは、当時かなり効果を上げていたみたいです。週刊誌の話題になるくらいですから、その当時というのは昭和30年の半ばを過ぎた頃の事でしょうが、やはり癌の死亡者が増えてきていたのは今も変わりありませんが、まだ死因のトップは脳卒中の様な脳疾患だったようで、癌はその頃には第2位に躍り出るほど増加率が上がっていたわけでしょう。
それでも、現代平成21年から見るとまだまだ癌死亡者は少なくて、あれから40年経た今日ではずっと癌死亡者増大しつつ年を重ねていたのが医学の実績です。
この国会証言が行われた時にいかに医学上の重大問題が討議されていたか。
これを知らないでいると、まだまだ平成21年から先にも癌死亡者増大の道を突き進むのは確実でしょう。
もう一度、この重大問題について国会で特別委員会を開き、再度やり直してみる必要があります。
ベンジャミン・フルフォードさんが船瀬俊介さんと対談がある(今日か?)とブログに出ていましたが、船瀬さんは前にここでも紹介したように「抗がん剤で殺される」という様な題名だったと思いますが、癌治療に使われる抗がん剤は「治すのではなく、患者を殺している」という、ある意味ひじょうにきつい発言をされている、また本にも書いているわけです。
この発言の内容では、厚生省の幹部の様な人たちは「そんなことは既に知っている」というのですから、この船瀬さんの過激発言を暗に認めたという様です。
あれから40年、国会で証言が数回繰り返し行われ、その真偽の確認を催促された厚生省も医師会の幹部も、その実験を拒否していたという、この歴史的証拠が今回の国会証言から得られるものです。
詳しくは全内容をテキスト文にて印刷すれば、誰でも判読できることですし、それを今の医学関係者に読んで貰えば分かることです。
どういうことかというと、
その国会証言で参考人として呼ばれたきっかけとなったのは、ある癌治療薬を開発して実際に癌治療に効果を上げていた牛山博士に対して、時の癌研究の大家とも権威とも言われている医学界の代表者がそれにケチをつけたわけです。
それが週刊誌で大きく話題になったのを知って一部の国会議員がその真偽を正そうとして特別委員会を開いたわけです。
最初は、その癌治療薬の有効性とかが主題となっていたようです。
ところが、
その癌治療薬を開発する過程において、大変な証言があったわけです。
これは世界の医学上(当時ばかりか現在でも絶対な基盤となっている)においてトンデモ論となるだろうし、世界中でも99パーセントは否定されているだろう
「菌の自然発生」の実験確認が出されていたからです。
これは「説」ではなく、実際に実験にて確認したという事ですから、これは驚きなんてものじゃありません。
おそらく、当時でも今でもそうですが、これが認められたら「医学はひっくり返る」ほどの重要中に重要なことだからです。
この一点が変わると医学の土台が崩壊の憂き目に会うかも知れないほど、それは大変な事なのです。
だから、医学界の重鎮と言われる御方がたには、とてもこれを認める事は出来ないし、自分たちの存在さえも否定しかねない「医学上のタブー」が現れたことになります。
そうなると、この一種の癌治療薬の有効か無効かなどということなどは枝葉のことになり、その「菌の自然発生」の説ではない、実際の実験で確認されたという牛山博士の証言が主題になってきたのです。
その真偽はもちろん、医学上ではあり得ないというのが日本ばかりか世界の医学界の常識、定説ですから、この実験は「途中で菌が混入したものだろう」と否定されたわけです。
もちろん、医学界の重鎮などなれば、こんな論がもしも説だけであっても否定する事は当然です。医学上では「あってはならないこと」なのですから。
そこで、牛山博士と時の医学界の代表的権威が論証しあったのですが、もちろん、論や説などいくら交換しあっても話の域をでるわけもなく、そこで、斉藤議員が提案するわけです。
「どちらもいやしくも医学博士である。一方が特別勝るとか劣るとかのはずはない、論をいくら交わしても結論は出ない。それにこの問題は癌治療薬の是非などという問題を超えて、医学上では基本となり、土台となる問題である。
ゆえに、牛山博士はそれを実験で確認したという。一方癌研の権威の方はそれはあり得ないと言う。
それでは、国が費用を出すから公開実験をしてくれ。実際に牛山博士が確認したという方法で立ち会って貰い、それを全員で顕微鏡を覗けば良いだけだ。
早急にそれを厚生省も医学界もやって貰いたいし要求するものである。」
と、誰が考えても理路整然、あたりまえの事をあたりまえにやるという要求を出して閉会。
ところが、
次回、また次回と特別委員会が開かれ、国会証言は記録に残されているのにもかかわらず、時の厚生省も医学界も「誰もその実験をやらなかった」のです。
その間に、今度は牛山博士の証言内容に関していろんな方面からも要望書が出されたわけです。
その中に直接国会に呼び出されて証人発言をされた松下博士が登場するのですが、要望をだした数人の医学者の中に「千島理論」とか「千島学説」で海外の方が有名となった、故千島は喜久夫博士も名を連ねていました。
その「要望書」というのは「菌の自然発生の事実を確認して欲しい」という事が主眼だったのでしょう。
ほとんどこの実験は誰も公にやってはいないのに、否定だけはされていたので、今回の国会証言を知った少数の異端派学者が連盟で要望書を政府に出したのと思います。
そこで、主題は「癌治療薬」から「菌の自然発生」というものに変わり、今度はそれに関連して登場した森下博士の証言から「ガン細胞分裂否定説」「血液腸造血説」という、またまた医学界にとって原子爆弾的発言が登場してしまったのです。
これについての詳しい内容は今も健在である森下博士と故千島博士の論を調べて貰えば良いのですが、単純に言いますと、
この医学界に対しての爆弾的な説「新学説」を認めることになると、「今の医学の癌治療はまったく間違っている」ことになりますから、大変な論なのです。
ましてやその当時、ようやく日本の医学界では癌研究の進展の為にと多額の予算を獲得しつつ、全国に癌治療の為の拠点を作り出したばかりです。
その体制を葬りかねないような爆弾証言を誰が認める事ができるでしょうか?
もっとも、それは癌患者を減らし、癌死亡を減らすという目的の為ではないからでしょうが・・・
多額の国税を得て、癌治療の大義名分の為に自分たちの研究生活や権威を保っていける立場にあるとしたら、それはあまりにも有害かつ強力な敵に見えたかも知れません。
そこには公に奉仕するという大儀や目的が見えなかった・・・・いや、医学呪縛にかかってしまった不幸な役者たちとでも・・
しかし、斉藤議員はこう言っています。
「その新理論が正しいのか間違っているのか、それはまだ分からない。たとえ間違っていたとしてもそれを確かめる価値があるのだ。数人の医学博士がそれを要求しているのだ。たった一人の独断浅見な説とは思えない。それに万が一この説が実験で確かめられたのなら、これからの癌治療、しいては病気全般の根本的解決に繋がるほど重要な説だ。
ゆえに、それが事実なのか間違っているのか、それさえ分かるだけでも良いのだ。だから公開実験を厚生省、医師会でやって貰いたい。
国費を出すからやって貰いたいのだ。
それがたとえ間違っていたとしてもだ。実験もやらないで一方の論だけを絶対として、別の検討もしないのは科学でもなんでもない。そんな科学に多額の国の税金が無駄に使われてよいわけがない。
あなた方は、いやしくも国家公務員なのだから。」
まあ、言い回しは違いますが、ずっとこの国会証言を読んでいると、斉藤議員の国と国民に対する姿勢というか考え方が実に感銘しました。
今の国会議員や公務員に読んでいただきたい、今回の国会証言の後半でした。
「癌治療で殺される」などという、とんでもない話が実際に本にもだされ、その著者が厚生省の幹部に質問したら否定しなかったという話。
それが作り話だと言う人もいるでしょう。そんなトンデモ話は聞いてはいけない、読んではいけないと言うでしょうか?
そうなのです。それが本当かどうか、確かめもせずに葬り去ろうとする姿勢態度。
これがその当時の厚生省(一部の幹部だろうが)と医師会(一部の幹部だろうが)にあったという事です。
「公正に公開実験をせよ。費用は出す。
これを徹底して無視したということです。
もちろん、「やらない」「やれない」などとは言いません。
彼らの拒否の方法は「徹底無視」」の方法なのですから。
かくして昭和37年からはじまった数度の国会特別委員会は「何も残さず無駄に終わった」のが、おそらく昭和43年が最後だったのでしょう。
(その後、こういう内容の特別委員会があったのかは不明だが)
事実、その「新学説」は医学界でも厚生省でも一切語られず、未だに医学界のタブー説となっているというから、あの数回か開かれた特別委員会はまったくの税金の無駄遣いと言われても仕方ない。
いや、金の問題ではありません。
もし、その新学説を基に公開実験をやっていたなら、いままで死んでいった癌患者のどれだけ延命できたことか、また治っていたか、そして、癌にならないで済んだか・・・
これを計算できるわけもありませんが、医学界という非常に統制的に縛られている環境において、たとえ患者の為であろうが国民の生命と健康という大儀があろうが、それが闇に葬られてしまっていたというのならば、そんな医学界は不要であり、自然の鉄則でありますが「不要なものは自然崩壊する」道が待っているのです。
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途中ですが、
参考にこの事に関して詳しい「食と生命」。
http://akyoon.hp.infoseek.co.jp/syoku3.htm
http://akyoon.hp.infoseek.co.jp/onsei-syoku2.htm
http://akyoon.hp.infoseek.co.jp/onsei-syoku1.htm
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いくら踏ん張ってみてもその体質が変わらない限りは、医学の崩壊は自然崩壊の道なのです。
しかし、
まだ今からでも遅くはない。
40年前に真剣に要求された「新医学の論による「公開実験」」を、再開することです。
いや、「再開」でない、あの当時やらなかったのですから、これからやるのが「初回」のわけです。
そして、その実験が基礎となり新医学への切り替えをスムーズにやり得たなら、既存の医学にも生き残る道は残されています。
いくら診断技術が進歩しても肝心要の治療法が間違っていたとしたら、しかも治癒とは正反対の道を突き進めて来たとしたら、そこでまた出発点に戻って出直すことです。
名登山家は頂上間近にあっても、悪天候と判断すればふもとへ引き返します。
あと一歩と思えても、引き返します。
名医と言われる者ならば、まして科学的進歩的医学と言われるものならば、このまま突き進めないと思ったらすぐ出発点に引き返すことです。
医学者がダメだということでもない、医師が悪いということでもない、厚生省がダメということでもない、
本当の医学を知らないからです。
今の医学は本当の医学では無い。
この事を今回の国会証言内容が突きつけた布石。しかし、その次の布石を誰もさそうとはしなかった。
進まなかったのです。途中で遮断されてしまった、40年あまりも。
それを再開せよと言うのです。
まずはそれが間違っているなら間違っているという証拠を出して貰いたい。
それを斉藤議員が何度も何度も繰り返し問い詰めたのです。
しかし、なぜか「やらない」、どうしても「やれない」
これを医学呪縛とまえに書いたわけですが、この医学の呪縛を解くということ。
これは物質的にあれをやれ、これをやれというものではないんです。
心の問題、内にあるものなんです。
この心の縛りから起こっている問題なんです。
医学の呪縛
実に大きくて強固なのかも知れない。
が、じつに簡単なんです。
それを自分で見つけることができます。
誰からも教わらなくても、自問自答で分かるのです。
むしろ、他者からのものが自縛を強めるのでしょう。
人は他人を縛れない、しかし、縛りの呪文を唱えます。
それに自分自身が共鳴して自縛するのです。
あくまで自分で縛っているのですから、
自分で解けるのです。
ふん、エラソウナこと書いて・・・・
いやん、指が勝手に打ってるんですよん。