C型肝炎薬害はなぜ起こったのか? | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

国の責任は国民の税金で支払うとして。


そこで、その薬を「安全」だとして発売したところ。


認可した時の認可した実力者の素性と会社との関係筋。


などなど、裏側はどうなっていたんだろう?って疑問に思うのは土知ろうとの勘ぐりなんだろうか?と思っていたら、なんと、今度の薬害の元はあの緑の十字が、そしてその源は戦時中の731部隊のスジが・・・


ネットで見つけたんですが、下記を見ると、なんだか納得できてきた。


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーーー












■ミドリ十字の歴史



1950年 民間血液銀行「日本ブラッドバンク」設立
      内藤良一氏(元陸軍中佐)によって設立される。
    
※内藤良一氏は、1936年に京大大学院を卒業
     (「バクテリオファ-ジ研究補遺」で医学博士)。
     1937年からヨーロッパ、アメリカで研究と情報
     収集(スパイ)。帰国後、東京・戸山の陸軍軍
     医学校防疫研究室の主任に就任。終戦まで満州の
     731部隊(関東軍防疫給水部)で石井四郎中将の
     右腕として、国際法違反の生物兵器の使用や
     3000人以上の便衣兵や捕虜などを人体実験(通称・
     マルタ)で殺傷したことに、主だった京大医学部
     関係者らとともに東京の陸軍軍医学校を拠点に
     関与している。
          ↓
   ・元厚生省薬務局長だった松下廉蔵氏を迎え入れて、急成長。
          ↓
1964年 株式会社ミドリ十字に商号を変更
          ↓
   ・人工血液製剤製造業界のトップ企業となる。
          ↓
1967年 赤痢予防薬の人体実験を陸上自衛隊員を使って行い、1089人中、577人に急性食中毒を起こさせた。
          ↓
1976年4月 「フィブリノーゲン-ミドリ」の販売名を「フィブリノゲン-ミドリ」に変更。
    新薬扱いとなり、1967年以前に承認を受けた医薬品の第一次再評価を免れ、且つ、新薬としても旧厚生省の裁量で、添付資料なしで実質審査を経ず承認される。
          ↓
 同年12月 ミドリ十字、非加熱第?因子製剤「クリスマシン」の製造承認される。
          ↓
1977年12月 「アメリカ食品医薬品局」(FDA)がB型肝炎感染の危険性、フィブリノゲン製剤の臨床効果が疑わしいこと、代替治療の存在などを理由として、フィブリノゲン製剤の承認を取り消す。
          ↓
1978年1月、ミドリ十字、米国“FDA”によるフィブリノゲン製剤承認取り消しの情報を社内で回覧する。
    
■ミドリ十字の社名が社会から消えて、医薬品業界の地図が急変!


1998年 吉富製薬とミドリ十字が合併
          ↓
       ウェルファイドが誕生


1999年 三菱化学の医薬品事業と東京田辺製が合併
          ↓
      三菱東京製薬が誕生


2001年 三菱東京製薬とウェルファイドが一つになり
          ↓
     三菱ウェルファーマが誕生


2005年 親会社の三菱化学と三菱ウェルファーマで持株会社を設立
          ↓
     三菱ケミカルホールディングスが誕生
                            (資料:Wikipediaより)



TITLE:C型肝炎とミドリ十字|スロー人 ロハス
DATE:2008/01/19 11:52
URL:http://ameblo.jp/adco/entry-10066296150.html


以上ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー