ソマチッドの真実でみる、科学(医学)の進歩の脚を引っ張るのが科学者(医学者)とは!? | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

『ソマチッドと714Xの真実』
  ガストン・ネサンを訪ねて

少し読み始めました。


先ずはそのいちばんめの感想文を



医学の進歩の脚を引っ張る一番の張本人は医学者だった


科学の進歩を邪魔するのは科学者だ。


科学が飛躍的に進歩出来なかったのは、それについて行けなかったレベルの低い科学者達が脚を引っ張るからだった。


あまりにも高レベルのものが出てくると、それを理解できない自称「科学者」(科学しないのだから偽科学者となるわけ)たちが強固な組織の中で高い地位や権力を持っているため、高度な科学レベルを理解出来ない事を理由に否定してしまう。

否定どころか、それを抹殺しようとする。理論上での抹殺どころか、それを発見した科学者本人まで抹殺しようとする事が多くあった。


ちょうど、キリスト教で行われてきた異端者裁判の様なもので、また一般人でも霊的に進化した人たちさえも「魔女裁判」的なやり方で抹殺封印というやり方をして来たのが宗教の裏の姿であると同様に、科学でもそれが行われてきたのだ。


そして、医学の世界でもまったく同様なことが古今東西、現代においても実際に行われている。


つい最近出版された「ソマチッドの真実」という本を読み始めたのだが、ガストン・ネサンという科学者が癌の治療成績がよかったばかりに、医学界から裁判で訴えられ、危うく終身刑に処されるところまで行ったという。

結局、多数の治癒患者たちの証言で難を逃れたが、医学界というのはまさに世界中で同じ様な「宗教異端裁判」そのものが行われている。
そしてマスメディアまでが共謀しているという事実。


科学でも医学でも人類の幸福の為に研究向上しようとするのが目的なのに、その進歩向上を飛躍的に高めようとすると、ぎゃくに科学界、医学界から排斥、攻撃の憂き目に会うというまさにパラドックスの世界。


結局、科学でも医学でもそれを進歩させて人類の為に役立てようとして始まったものが、いつの間にかその世界では同業者組合の様なものができあがり、その同業者間での取り締まり制度の様なものが科学的進歩的な自由を奪ってきたのだ。


その基準はその時代においてのあくまで平均的なレベルであって、学校で言えば平均点近いレベルである。
その中での組織内で地位や権力を得た者たちがそのレベルに沿った基準値を設けたものだから、それ以下のレベルの排除には役だったのだろうが、反面において、基準値を大きく越えたものにも制限を加えるということになった。


それでその時代の平均レベルからみて、ずっと高度に進歩したものはその組合組織(科学界とか医学界の組織)の地位権力から見て当然理解し難いものだから、否定排除されるわけだ。


こうして科学においても医学においても高レベルのものが現れると時の権力体制と繋がっている組合組織から攻撃されたり排除されたりする憂き目に会う。


学校で言えば天才的な能力の子供が学級に居たとしたら、その学級の平均値程度の者が力を行使して、天才的な能力を持つ者を認める能力もない為、逆にその能力が低いとして排除したり村八分的に無視したするような事が現実に科学界でも医学界でも起こってきたのだ。


こうして科学の進歩はその時代の平均レベルから少し上のレベル程度までは認められ、ぐっと高いレベルのものは否定され、時には人物まで否定され(法律で罰せられたり、密かに抹殺されたり)るのであった。


まさに科学の進歩の脚を引っ張るのは科学者(平均レベルの多数派)であり、医学の進歩の脚を引っ張るのも医学者達であった。


その平均レベルにある者たちが多数派であり、その多数派から地位や権力を持つ者が産まれるのだから、当然の帰結であって、「平均レベルの者が高度なものを理解できない」のは当たり前なのだ。


高レベルであっても少しは自分たちにも理解が出来るような程度に対してだけ「新発見」や「画期的」などという賞賛は与えられるが、その理解を超えてしまうとそれは「偽科学」であり「トンデモ科学」や「鼻くそ論」となってしまう。

つまり、科学の世界でも医学の世界でも多数派が少数派を抑え付け排除するという機能が自然に働いてきたのだ。


これは人間の世界でどこの分野でも同じ様な事が起こっているはずだ。
悲しい人間の性と言ってしまえばそうだが、人は自分の理解出来ないものに対しては自動的にシャッターを閉じてしまうのだ。

さらに、理解しようという姿勢を失うばかりか、激しい攻撃性を発揮するのだ。
さらにその対象(論や学説)を人間にまで向けてしまう姿は野生の動物本能丸出しというわけだから、野蛮人世界に高度な文明人が紛れ込んでとんでもなく怪しい危険人として抹殺されてしまうようなものだ。


そんな事がこの本を読んでいての第一の感想であった。

こういう目にあった人はガストン・ネサンばかりではないだろう。
ついぞ表に出ないで終わった人たちがずっと多かったのだろうと思うばかりである。

そして、これが社会にも通用する。
平均レベルを遥かに超えたものが同業である科学者や医学者に理解できないのと同様に専門外の一般人に理解できるはずもないからだ。

平均値クラスの組織内権威者がその判断基準になるわけだから、科学界の権威や医学界の権威というものを最高基準とみている一般人にとって、それ以上のものを理解できるわけもない。

それを選択してくれるのはその時代においての平均的知力内から少し抜きんでた地位に在る者が権威であるから、その権威の意のままに同意してしまうだけのこと。


そうして、メディアという存在がはじめから時の権威寄りの性質であるから、当然のこと新発見やら革新理論などが出たとしても否定側にまわるので、低レベルのものと同様に高レベルのものも社会から葬られてしまう。


メディア産業というものが社会にとってプラスになる面と供に、逆にマイナス度が非常に高い面があるのだ。
しかし、ほとんどの人はプラス面しか感じていないから怖い存在でもある。


真実を報道しないメディア産業としたら、これは少々の真実に重大なウソや捏造を交えて大衆に信じさせる事ができるからだ。



こうして考えると
科学の脚を引っ張る科学者たち、医学の脚を引っ張る医学者達、学問の脚を引っ張る学者達
がいかに多いのだろうか。


それを今現在日々行われている日本の医療に感じるのである。

癌の三大治療、感染症対策など目立つもの、他の目立たないもの。


組織の中で革新論を唱えても表に出ない抑え付けられてしまうのだろう。またマスメディアも供に協力して報道しないとなると、今の癌治療の真実や新型インフルエンザ対策のワクチンや治療薬の真実が表に出ないのも当たり前の世界なのだろう。


一般人もその世界の権威が言うことを鵜呑みにするだけだから、少数派の高レベルのものが出たとしても「理解出来ない」ので、ウソかバカバカしい話程度で頭に残ることもないのだろう。


日本でも多数の学者たちが居るわけだが、この新型インフルエンザについて異論を唱える者はほとんど居ないらしい、居てもそれを伝えないメディア産業では国民に伝わらないか。


いつかきっと、この様な実体が知れる事になるだろうが、多くの国民が気付くのはまだまだ先のことなのだろうか。
あの戦争の様に徹底的にひどい目に遭いながらも従順であった国民は、敗戦の決定をお上から宣されるまで反抗もなく(それどころか隣近所で非国民かどうかを監視していたくらい)従って来た善男善女で、権威やお上のお達しや新聞テレビなどに従順そのものだから。





さてみんな、ボクの様に従順じゃなく、アマノジャクになろうよQ!

なんって言えやしないなあ~~~


やっぱり人間は素直が一等であるというから。


けど、その「素直」とは「決して鵜呑み根性」じゃないと思うよ。