書きかけていた医学試稿ですが、まだ続きがあるのでもうちょっと紹介したいと思います。
現代は癌、昔は結核というように、イコール死病とも恐れられている病名ですが、根本はまったく同じこと、それはインフルエンザ(風邪)であろうが他の疾患名でも同じこと、体内の清浄化作用、つまり浄化作用が形態を異にしているだけのこと。
拡げれば百万巻、まとめれば一巻、 というように原理原則は同じなのですが、風邪を押さえ込めば次から次へとその巻数は増えて行くというわけで、結核を押さえ込めば癌というように、癌を押さえ込めば究極は肉体生命の終わりということになります。
すこし前までは結核はほぼ医学が解決したごとくの様に教えられてきましたが、なんと最近のコマーシャル(広告機構)で「日本人の4人に一人が結核の恐れがある」などと驚くような事をメディアで流しています。
岡田茂吉が昭和14年頃に残していた講義録には当時は結核が一番怖い難病だという時代の様でした。
その結核が今や癌に取って代わった感がありましたが、上記の様にその結核がまた再燃し始めたかの様な公告がなされています。
では、岡田茂吉は結核についてどういう解釈をしていたのかを見直してみるのも意義あるのではないかと続編をのせたという訳です。
以下は医学試稿の続編4です。
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
肺結核
近来、肺結核は年々増加の傾向を辿(たど)り、国民病といってもいい位蔓延しつつあるのである。
これはどういう訳かというと、
前述の感冒が浄化作用の停止を繰返しつつあるうち、終に解熱法にても解熱せず、
この熱によって疲労感、食欲不振、羸痩(るいそう)、咳嗽、盗汗、喀痰等の症状を呈し、
それがなかなか執拗なので、結核初期の告を言い渡されるので、
そうして、その多くは十五歳以上弐十五歳位迄が一番多く、弐十歳前後が特に多いので、
これは何故かといえば、前述の各種の症状は、いずれも浄化作用のそれである。
最も生活力の旺(さか)んな年頃に起るのは当然である。
それは、種々の方法を以てしても旺盛なる生活力に負けるからである。
しかるに、医学の説明によれば、過労とか、唾眠不足に帰しているが、
もし、過労の為とすれば、勿論過労や睡眠不足の為とすれば、それらによる衰弱の結果とするのであろうが、
衰弱の為の結核発病とすれば、老年者程結核に罹り易い訳ではないか。
元気旺盛の青年に多く、元気消耗の老年に少いという事は、現代医学の説明は、実際とは相反していると思うのである。
これを以てみても、結核的症状は浄化作用の旺盛なる為であるという事は判るのである。
今一つ別の方面から説明してみよう。現在結核療法としては、第一に絶対安静、営〔栄〕養食、薬物療法等であるが、
これは絶対安静を行えば、漸進的衰弱を来す、
衰弱を来せば、衰弱を来す程、浄化作用も弱り、
従って、熱は下降する。
熱が下降すれば、喀痰は減少する。
喀痰が減少すれば、咳嗽が減少する。
ちょうど、病的症状は軽減するから治癒に向うようにみえる。
その際少し全身を動かすとか、運動をするとかすれば、病的症状は増加する。
それは運動によって浄化作用が起るからである。
故に、これら現代療法は、
病気治癒せんとして、実は治癒しないようにするのである。
そうして、幸いにして浄化作用停止し長時日を経て、毒素が固結する迄になると、病気が固まったといって、大体医師は全快したようにいい患者もそう想って喜ぶのであるが、
実は病毒を排泄したのでなくて、排泄を止め、体内に固めたのであるから、
ちょうど、爆弾を抱いているようなもので、何時爆発するか解らないのである。
この爆弾が爆発した時、それを再発というのである。
結核は絶対に感染せぬ
医学上、結核は感染する事になって居るから、世人は非常に恐れているが、何ぞ知らん、絶対に感染はしないのである。
これに就て私の実験を報告する。それは私の家族五、六歳から十七、八歳までの子供六人、書生女中等四、五人居る。
その中へ肺結核患者、これは私の診断ではない、某々官立の大病院において肺結核と診断されたものを約半ケ年、家族同様起居させたるも一人も感染せず、
しかも、右のごとき結核患者を拾数年間に拾数人家族的に取扱いしも右のごとく感染の疑いさえ些(いささ)かなき事実は、感染しない事を証明して余りありといえよう。
又、これ以上実験の方法はないであろうと思うのである。
勿論、消毒等は一切しないで、普通人と同様の扱方であった。
従って、結核感染の試験ならば、私は固より家族の誰でもが何時でも実験の材料になるから、感染さしてやろうと思う人があったら遠慮なく申込んでもらいたい。
何時でも喜んで応ずる事を明言しておく。
たゞここにいっておきたい事は、結核が感染するようにみえる事実は確かにあるが、それは黴菌の為ではない。
霊的作用によるので、それもいか程でも徹底的説明は出来るが、そういう事に触れると現代人の多くは迷信的に解釈し、他の私の説まで疑いを挿まれる危険があるから、それはわざと説明しない事にして置く。
右のごとく、感染の危険なき病気に対し多額の国費を以て予防の施設をし、親子兄弟まで親しく接する事さえ危険とせられ、その他種々の社会的損失を数うれば、この一事だけでも社会全般に知らせる事が急務であり、それがいかに国家的に利益なるか、蓋(けだ)し料り知るべからざる程の大いなる事柄であろう。
文明各国は、結核予防施設のよろしきを得て、近年結核減少の趨勢を辿りつつありという報告によって、我国もそれにならうのであるが、
何ぞ知らんこれは皮相の解釈であって、実は根本的に間違っているのである。
これは実に予想も出来ない程の原因と理由に因(よ)るのであって、読者は先入観念に捉われず、活眼を開いて読まれん事である。
近来、逐年に渉り文明国人の出産率の低下は熟知の通りであるが、この事と結核の減少とは正比例しているという事実であるにみて、いかに関聯〔連〕があるかという事が判るのである。
それは何かというと、文明人の体位の低下が結核を減少させる事になるのである。
何となれば、結核とは前項に述べた通り、旺盛なる浄化作用に因るのであるから、
体位の衰退は自ら結核が発病し得ないのである。
言い換えれば、青年が老年期の体位である訳である。
故に、日本に結核が多いという事は、未だ国民に元気があるからで、従って、出産率も文明国中、最優秀という訳である。
しからば、文明人が近代に至り、かく迄も体位が低下せしや。それには大いなる原因があるのであるが、それは次の項に詳述する事にする。
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー