続き3
霊界論は僕が宗教に入ってからより詳しく聞いたものですが、あの頃の情報は今になってみると、「古い」と想わざるを得ませんね。
人類は進化に合わせて情報を拡大して行くようですから、10年前の情報でも基本的に残る様な永遠性のものもあるでしょうが、その時点での真理が後になってもう真理からかなりずれてくるというのも事実のようです。
そのため、今の僕は先祖供養の為のお位牌や、お墓も必要がないのではと思っています。これが正解か間違いかはもっと後になってからでしょうけど。
実際、お墓参りやお仏壇参りは社会の慣習という様に解釈していれば、別に否定する事もないですけど、自分で特に率先して・・という気持ちはなくなりました。
あまり古い時代の真実は逆に新しい自分を見つけられない、ある種の固定をしてしまうこともあり得ると思います。
いろんな考え方や情報を得て、どれを今の自分にピッタリかという事で皆それぞれの取捨選択をしているでしょうけど、他人や権威に惑わされないという事が特に必要な時代になったという気がします。
と言っても、自分がいつも正しい選択をしているかどうかは、後になってみないとわかりませんので、今の考え方がまた古い考えの方に戻る可能性もあるという事です。
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3.霊界観
霊界は厳然としてあり、人類の本来の住処です。霊は霊存在として生活し、それぞれが個性あるエネルギー体として活動しております。この真実を理解せず、わかろうともしないまま、宗教を語る者がいます。
人霊はあの世へ帰った場合、集合霊となって、一つにまとまるわけではありません。そのような説明をする原因は明確に霊界の構造が認識出来ていない証拠なのです。
人間は、各人の心境に合った世界へ行き、そこで似通った者同士が集まり、神仏の法則の元に生き続けているのです。
この世での生を終え、あの世で、宇宙空間にさ迷うがごとく、集合体として、個性もなく、記憶も無くし、吸収される存在では断じてありません。
集合霊となるような認識は、幼い思考で考えられたものであり、霊界を真摯に探究し、努力をしてきた形跡が見当たらないのです。
霊界と言っても、三次元世界の宇宙以上に広大無辺です。その世界の構造を正しく伝えられる宗教家や団体であるかどうかを、各人が見極めなければなりません。
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「各人が見極めなければなりません。 」
という、この「見極め」が正直難しいところがあります。
やはり、「直観」が大切なのか。