隠しちゃイヤン、こんなタイセツなモノを・・ | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

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ほんとにもう~

どうしよ~~もな~~い!

って怒ってます。


こんな大切な調査報告をなぜ大々的に発表しないんだよ!!

厚生省の担当お役人はいったい?
医師会はいったい?
地方のお役所もどうなってんの?

なになに・・・?

こんなの発表したら、エライことになっちゃう!  って???

シィ~~  チミィ~~ 口をつつしみなさい  シィ~~~~~


へ?  ナニ  モウカラナクナル~~~~??

ってことは・・・・・??


コクミンはどうなってもいいから、とにかく儲かる事が第一ってことなの??

ソンナ、チミィ~~~  モロニ言ってしまったら カナワンナア~~ ガハハハ~


まあ、こんな会話はボクのカラのオツムの中にこだましていた空耳のものですが。

それにしても、ばれるまで使おうってのですかねえ~~

ボクはどうでも良いですけど。お子ちゃまもおまごも居ませんし、自分でもぜんぜん使う気ないですから。

でも、これって莫大な金額がかかるんでしょ。だれのお金かなあ????

桁が違いますからねえ。



  では、「今年はどうする?インフルエンザ」より


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー



 小・中学校からインフルエンザワクチンが消えた、その理由を知っていますか?

   いまも生きる「前橋レポート」が語る真実
 

 この結果をくつがえすような調査報告は、世界中のどこからも発表されていません。


母里啓子(もり・ひろこ)

  予防接種を受けてもインフルエンザにかかる
流行はくり返された

  三〇年以上続いた集団接種

一九九四年は、予防接種の歴史のなかで忘れることのできない記念すべき年です。

 この年、予防接種法が大改正され、インフルエンザが予防接種法の対象からはずされました。ここにおいて、学校での集団接種はおこなわれなくなり、希望者だけが病院や医院で個別に受ける任意接種となったのです。

 学校での集団接種は、一九六二年から始まりました。

「インフルエンザの流行は免疫のないこどもから始まる。こどもが集団生活を送る学校でひとりでも感染すればあっという間に広まり、それが学校以外の地域にも広がって大流行をひき起こす。
それを防ぐには、こどもに予防接種をするべきだ」という「学童防波堤論」 のもと、こどもたちへのワクチン接種が始まったのです。


 以来、三〇年以上ものあいだ、学校での集団接種が続けられましたが、やがて疑問の声があがるようになります。


 ひとつには、インフルエンザワクチンの副作用によって亡くなったり、障害を背負うこどもが出てきたからです (一九七三年、副作用被害者の訴訟が始まる)


 そしてもうひとつには、予防接種を受けてもインフルエンザにかかる人が多く、また、学校で集団接種をしているにもかかわらず、インフルエン
ザの流行はくり返されたからです。


 疑問の声は、さまざまな人たちからあがりました。保健室の先生、教職員、こどもの保護者、さらには医師や研究者からも、「インフルエンザワ
クチンは効かないのではないか」という意見が出るようになったのです。



一九八〇年、名古屋市の養護教員による大規模な調査の結果が発表されました。

 名古屋市の児童・生徒一万四〇〇〇人を対象に、インフルエンザワクチンの効果を調べたところ、「接種してもしなくても、インフルエンザにかかる率は変わらない」ということでした。

一九八〇年には、アメリカのCDC(疫病予防センター) の調査団も来日しています。学校で集団接種をしているのは日本だけだったので、その効果を調べるためです。

そして、彼らの出した結論は、「学童への集団接種がインフルエンザ予防に有効だという証拠は見つからない」 でした。

「学童防波堤論」が否定されたのです。






 ウイルス学会会長がシンポジウムの目頭で言い放った言葉

 この調査結果を受けて、日本の研究者も動きはじめます。「ワクチンは効かないのではないか」と考えるウイルス学の専門家たちが、ウイルス学会の会長にシンポジウム開催を申し人れました。
それで開かれたのが 「インフルエンザに関するラウンドテーブル・ディスカッション」 です。一九八一年のことでした。


 このシンポジウムに私も参加したのですが、石田名香雄ウイルス学会会長 (当時) がシンポジウムの冒頭で言い放った次の言葉は、いまでもはっきりと覚えています。


 「この会場に来ているウイルス学者のなかで、インフルエンザのワクチンが効いていると思っているやつはひとりもいないだろう」


 流行するインフルエンザウイルスの株(タイプ)はその年によってちがい、また、株がわかった段階でワクチンを作りはじめても、接種するころにはウイルスは変異しています。ウイルスの専門家ならば、「効くはずはない」と考えて当然です。






  前橋医師会、「接種中止」の英断

 専門家のあいだでは 「ワクチンは効かない」 が

「学童防波堤論」を根底からくつがえす
画期的な研究報告「前橋データ」

なかば定説となっていたにもかかわらず、接種率
は下がりませんでした。

 学童に集団接種をしていたインフルエンザワク
チンは、ワクチンメーカーの売り上げの多くを占
めていました。接種率が下がれば売り上げも下が
ります。

 業界やワクチン推進派の医師たちは、それまで
の利益を守るため、「インフルエンザの型が当た
れば効く」 「当たらなくても接種しておけば、か
かったときに軽くてすむ」といった宣伝をくり返
し、接種率の維持につとめていたのです。

 しかし、一九八七年、「学童防波堤論」を根底
からくつがえす画期的な研究報告が発表されまし
た。

「前橋レポート」 「前橋データ」とも呼ばれる
報告書で、正式タイトルは 「ワクチン非接種地域
におけるインフルエンザ流行状況」 です。

 前橋市医師会を中心に構成された 「前橋市イン
フルエンザ研究班」(由上修三班長)によるもので、
当時、国立公衆衛生院の疫学部感染症室で仕事を
していた関係で、私もこの研究班の一員でした。

 「前橋レポート」 は、インフルエンザワクチン
の集団接種をしていない前橋市と、集団接種をし
ている周辺地域 (高崎市、安中市、桐生市、伊勢
崎市) におけるインフルエンザの流行状況を六年
(一九八〇/八一年~一九八五/八六年) にわた
って比較した大規模な疫学調査です。

 「ワクチンの接種地域と非接種地域で、インフ
ルエンザの罹患率、超過死亡などに違いは認めら
れなかった」

 これが前橋レポートの結論でした。

 ところで、前橋市でなぜこのような調査ができ
たのでしょうか。学童に対して年二度のワクチン
接種をしていたこの時期に、前橋市ではなぜ集団
接種をおこなっていなかったのでしょうか。
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   それは一九七九年、ワクチンの接種後、小学校
  五年生の子がけいれんを起こしたのがきっかけで
  した。これにより前橋市は、その年の二回目の接
  種を中止し、厚労省に対して、「このけいれんは
  インフルエンザワクチンの副反応ではないか」と
  申し入れましたが、「予防接種に起因するもので
  はない」との回答しか得られませんでした。しか
  し、前橋市は、市独自で救済措置をとったうえ、
  小中学校の集団接種を中止し、以後、一度もおこ
   ないませんでした。

  そして学校から集団接種が消えた

   「予防接種の中止」 という決断を下した前橋市
  医師会では、中止にしたことによる影響を調べる
  責任があると考えました。そこで前橋市医師会を
 中心に発足したのが、前橋レポートを発表した前
  橋市インフルエンザ研究班だったのです。

 前橋市の全市立小学校 (全生徒数二万五〇〇〇
~二万六〇〇〇人) の出席状況を六年間にわたっ
て調べ、さらに、それらのうちから五つの小学校
を選び、六〇〇人の二年生から採血してインフル
エンザウイルスの抗体検査をおこないました。こ
の検査は毎年二回おこなわれ、二年生が小学校を
卒業するまで続けられました。こうして、前橋レ
ポートは、ワクチンがインフルエンザの予防にな
っていないということを明らかにしたのです。

 たとえば、インフルエンザが大流行した一九八
四年度 (八四~八五年) を見てみても、学童の接
種率がほとんどゼロの前橋市と、接種率八五・六
パーセントの高崎市とで、学童の出席率にちがい
は認められなかったのです。
 その後、一九九二~九四年には、インフルエン
ザワクチンの副作用被害者が起こした訴訟に次々
と判決が下り、国の過失責任が認められました。

 生徒数二万五〇〇〇~二万六〇〇〇人の出席状況を
六年間にわたつて調べ……

「こうしておけばワクチンにとどめをさせたのに」と悔やまれること

 やがて、一九九四年、学校からワクチンが消えたのでした。

 前橋市は群馬県の県庁所在地であり、人口は当時二七万人。学校での集団接種がなくなったいま、このような大規模な疫学調査は、二度とできないのではないでしょうか。



  「個人には有益」なのか

 前橋レポートが発表されてから今日に至るまで、この結果をくつがえすような調査報告は、世界中のどこからも発表されていません。

つまり、前橋レポートは、現在にも適用する硯役の調査報告なのです。

 にもかかわらず、近年、ワクチンの製造量と接種率は増加しつづけています。そして驚いたことに、二〇〇四年度は作りすぎて余ったというのに、二〇〇五年度は前年を上まわる二一五〇万本の製造が決まっています。つまり、国は、こどもから高齢者まで二〇〇〇万人以上の人にワクチンを打とうというのです。

 いくら任意接種でも、ここまで大規模に打とうとするならば、ワクチンが有効であることを示す調査報告があってしかるべきです。しかし、それ
はないのですから、あまりにめちゃくちゃなワクチン行政といわざるをえません。


 前橋レポートが発表され、被害者の方々が勝訴し、一九九四年に予防接種法が改正され、学校での集団接種がなくなったとき、私たちはこれでインフルエンザワクチンは終わったと思っていました。ところが、ワクチンメーカーと厚労省、推進派の医師たちは、あきらめていなかったのです。

 そして、この前橋レポートにも、いまから思えば、「こうしておけばワクチンにとどめをさせたのに」と悔やまれることがいくつかあります。

 ひとつには、トヨタ財団という私的な団体の資金援助によって実施された調査だったので、一般の人たちにそれほど浸透しませんでした。英文に翻訳して、世界的に権威のある医学雑誌に掲載していたら、事態はちがった方向に動いていた可能性があります。

 ふたつめには、「学童の集団接種」 に焦点をあてた報告書であったため、ワクチン推進派の「集団防衛にはならないが、個人には有効」という主張を許す結実になってしまったことです。

 厚労省は前橋レポートを受けるかたちで報告書
を作成していますが、そこにも、予防接種の延命
あるいは復活をねらってか、「個人には効く」と
いう一文が添えられています。「学童防波堤論は
まちがいだったが、高齢者などのハイリスクグル
ープ、休めないサラリーマンや受験生に接種すれ
ば、個人的には有益である」という主張が硯在で
もまかりとおっているのは、そのためです。



 「効くと思わなければワクチンは効かない」という
推進派の医師

 インフルエンザワクチンは効きません。しかも
重篤な副作用を起こす危険があります。「効くと
思わなければワクチンは効かない」というような
ことを平気で口にするような推進派の医師が、ワ
クチン行政の中心にいます。その言葉をうのみに
して、ワクチンがどんどん製造されています。マ
スコミや国民もそれにおどらされ、有名タレント
がコマーシャルすれば、いっせいにワクチン接種
に動くというのがいまの日本の状況です。

 そういういまだからこそ、学校の集団接種をや
めさせた前橋レポートの存在と精神を広く伝える
必要があると思います。

 前橋レポートは、「カンガエルーネット」 のホ
ームページ ( ) で全文が公開されています。
ぜひ多くの人に読んでほしいと思います。

 ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー