いま笑わないと、もう笑うとこないよ。
これお笑い芸人の決まり文句だと思っていたら、
なんと、
きみ、いま行動しないと(もしくは沈黙を破って話す)もう、きみの出番はないよ。
ということが今げんざい起こりつつあるようです。
と言っても、それは「真実を知っている者」に対してなんでしょうけどね。
でも、それはそんなに難しい問題でもないんです。
えらい困難な行為をしなければならないなんて事もないんですね。
な~~に、君がいま見てる情報が真実だと思ったら、自分のブログでもHPでも、そんなもの無くても、メールで友人知人に知らせるとか、どこかの掲示板にでも、またコメント覧にでも、そのことを伝えるという、伝達ゲームに参加するだけでよいのです。
自分で書けないことは他人様が書いていてくれます。そこんとこは共時性というバックがありますから、各々の特異な分野で気楽にやるだけで、すべてうまく行くのです。
そういう世界になっているんです。
これは人体の細胞の役割みたいになっているのでしょうね。
あなたが唇の細胞におさまっているからといって、肛門の細胞に対して優越感を得るなんてことは、とんでもない勘違いなんで、それぞれが各々の特性をもっておんなじ細胞の条件を持ちながら、各部署に配置されるという自ら選んだ役割にしか過ぎません。
だから、唇だからエライとかでべそだから嫌だとか、そんなものではないんですね。
神はひとつとして同じ形態をとらずに変化して多種多様な体験を冒険しているーーとすると、海岸の真砂にもひとつも同じものは存在しないという、ましてや、人間にとっても同様、すべてが異質な存在であり、特別な存在になっているわけでありまして、
よくいわれるのですが、「あんた変わっているなあ~~~」と。
しかし、これは当たり前のクラッカー、すべて同じ存在が無いようになっているのが神の現れであります。
(なんて、断定していいのかな?)
だからボクは他人から見れば変人、しかし、こちらから言えばあんたはんも変人。
当たり前のクラッカー。
同じものが無いようになっている世界だからです。
しかし、似たようなものはあるのです。それほど違いが見つからない様に見える、一種のグループ的なものや、同系統とか同種とかに分類されても、「よく似ている」から同じものだとされてしまう分類法によって、十把一絡げにされてしまうのです。
微妙に違うけれども、まあ目立った特徴を拾い上げれば、これとこれがそっくりだとか、その程度のおおざっぱな分類法でやってしまうのが人間のサガ。
とにかく、血液型じゃないですが、たったのABCOですよ。たったの4種で分けたつもりなんですが、じつは専門家ならよく知っているはず、この分類は大雑把なやつであって、もっともっと細かく分けると、どんどんどんどん別けられる。
その究極になって、ようやく知るんですね。
血液型の究極分類法は、けっきょく、個人個人でぜんぶ異なっていると。
そうなんですよ、大雑把から始まって最後には個々においては全部違うんだという結論に達するわけですね。
インフルエンザを区別しているわけは、そこに存在が見えるウイルスというもの、そのウイルスを電子顕微鏡で見ると形がある。その形にも種類があるってこと、それでその形の種類を主にしてインフルエンザも異なる、とう論法なんですよ。きっと。
でもね、大体が電子顕微鏡でみる世界ってのはもはや自然界を離れてしまった、不自然世界を覗いているんですよ。
また、そういう不自然世界にしないと見ることが出来ないっていうわけですね。
そうして、その不自然な世界を観察してみた結果、そこに見えたのがウイルスの形なんでしょうね。
そこで、思い出して欲しいのが、このぼろぐでも紹介しました、例の「細菌の特定」というか、培養の話しです。
自然界の細菌はほとんどが培養できないという。
じゃあ、培養できるのは不自然なのかい? って、それホントらしい。
なんだ、黴菌の固定とかなんとか言うけど、そんな事が出来るのは自然界、すなわち吾らの人体内に起こっている現象界とはまったく異なった世界の話しじゃないの。
ってことなんですよ。
だから、そんな「見えた」からとか言っても、「覗いたから」と言ってもね。
おなじ「覗き魔」にも、真実性があるか無いかってことになるんでしょ。
じつはわくわくして覗いていたあの彼女の裸体は?
磨り硝子に移っていたシルエットであった。
なんて、それを覗いていたひとはもう興奮さめやらず、ただただ自分の想像を働かせてしまい、
「やあ~~、ここだけの話しだけど、昨日はすごくよいものを見せてもらったよ!!」
などと自慢げに語っているんだけど、じつは実体はかなり老年を過ぎてしまったカラダもすりガラスを通して見たら妙齢の女体に見えてしまった・・・・・などと、見当外れの・・・
いや、医学に対してそんな例えは失礼千万かも知れませんが、インフルエンザ・ウイルスに対してのあの分類法がいかにも似たような気がしまして。
大体が昔っから、風邪なんですよ。それをいつからかインフルエンザと風邪を別物の様にしてしまったのです、医学が。
その原因がウイルスという生物だか無生物だか未だに分類断定が出来ないでいる、その「奇妙な存在」をよ「わけもわからない内に」ですよ、その姿かたちによって「あれはこうだ、これはこうだ」と断定してしまったんですよ。
その分類法で風邪とインフルエンザという様にまるで別種の様に思いこんでしまったんでしょうね。
インフルエンザも風邪(感冒)も同じなんですよ。
現代医学でも厳正な区別が付かないでしょ、いや、あっちはこうだとか、こっちはこうだとか言うけど、絶対的な分類法ではないでしょ。
たしかにそこに存在して見えるウイルするの形が違うかも知れませんが、じゃあ、非ウイルス性の風邪はどうなるんですか?
結核でも無菌性があるというらしいけど、風邪にも無ウイルス性があるというらしいですよ。
そうなると、まったく同様な症状を見せる風邪とインフルエンザの決定的な違いはどこにあるの?
って、ネット検索してみたことあるけど、同じお医者さんによって、意見が違うんですよ。
まあ、ほとんどのお医者さんは厚生省にびったりの方が生きやすいから、厚生省の指導通りという態度なんでしょうが、ホントのこと知っているお医者さんなんて居ないんじゃないでしょうか?
だって、同じ仲間同士で意見が食い違うっておかしいでしょ。
おなじ医師の国家試験を通って、おなじ医学を勉強していながらですよ。
ということは現代医学というのがいかに曖昧な学問であるかという証明の様なものでしょうね。
えらくお医者さんの悪口を書いてしまったようで申し訳ありません。
しかし、実体はこういうことなんでしょうから、風邪というものはじつはこうなんだとか、ウイルスとはこういうものなんだと確信を持って言えるお医者さんは、おそらく誰一人いないんじゃないかな?と、このド素人は無責任にも言ってしまうんですね。
あれ、なんだか脱線している・・・・・
真実を伝えようなんて書き始めたのに。
とにかくですよ!
(ごまかしている)
真実を伝え愛ましょ。
で、真実ってなに?
そんなこと、自分で考えろよ!(爆)
追記、
本来の目的であった紹介リンクをすっかり忘れていた当ボロ愚ぬしであった。
さてはてメモ帳様の
前々からこうなると決まっていた・・・今こそ、私たちは立ち上がらなくてはならない デーヴィッド・アイク
そう、決まっていたんですよ、配役が。
しかし、その配役をやりたくないって人も自由なんですね。
その代役はもう楽屋裏でたくさん待ちかまえているっていうじゃないですか。
いま立たなければもうアンタの出番はないよ!
なんて奥方に言われるのは慣れているんですが、コッチの方はエライ傷つきますねえ・・・・(大苦笑)