自己浄霊とやらを始めてみようか | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

自己浄霊について2

だいぶ前に書いていたのを発見、いや思い出したので、どうもあの時は乗り気になったいたんだけど、あんと言っても飽きっぽい性格、いやけじめの付けられない性分の為か、そのまんまにしてありました。

自己浄霊
時のごとく自分で自分を施術する事になります。
これなら、だれにも迷惑はかけないし、効かなくても意地悪を言われないから安心だーーーと。
最初から言い訳がましいのですが、治る場合もあり治らない場合もあるって考えておいた方が楽ですから。


自己浄霊があるって事は他者浄霊もあるって事ですね。
しかし、今回は他者浄霊はちょっと置いといて、まずは自分を自分の身体からいたわってあげる事が大切ですね。

あなたは何かの集合写真をなつかしく眺めている事があるでしょうか。
たとえば修学旅行の時の写真、何かの団体での行事の写真、友人達と一緒に集まって撮った写真、とにかく大勢集まった時に撮ってあった写真を眺めているとき、あなたは誰をまず捜しますか?

そうです、あなたが一番気に掛けている人をまず見つけようとするでしょう。
その気に掛けている人が一番大切な人になるかも知れないのです。


自己浄霊とは、まず一番大切なご自身の大切な身体を癒す方法として使えたら素晴らしいものとなるでしょう。
いやいや私は自分の事を捨てておいて、他人様の事が一番気に掛けているという人は、おそらく写真集を眺めていても、自分の姿は最後の最後に発見することでしょう。
その方は自己浄霊は卒業していらっしゃる方です。

別に他者浄霊の講座をお受けするのが良いかと思います。

ここでは自己浄霊にまずは絞って始めたいと思っています。

では、その自己浄霊とか言うものが果たして誰にでも出来るのだろうか?
それは僕にも分かりません。
そんな事は出来ないと思う人は出来ないかもしれません。しかし、おそらく出来るだろう。
なぜなら、過去においてこの地球上で誰かが行った事なら、同じ人間として出来ないはずはないと。
そんな考えがあっても良いだろうと肯定できる人なら、おそらく出来るでしょう。


では、条件は何だ?
「はい、それでは行います」って事の様には行かないだろう。
「そう思えばそうなる」でしょうし、「なんだ、マネしてみると案外うまく行くじゃあないか」って風に、思いもよらずうまく行ったりして。

そうです、さして条件はないです。
ただマネをするだけ。
でも、昔は「○○」とかいうものが必要でした。それを首から掛けてやると誰でも出来るというのが、昔から正当な浄霊法でした。

だけど、今は21世紀。
あえて、このような「お○り」とかを使わないでやってみる。
だから、誰それのパワーを戴くとか、何それの団体に入るとかのめんどうな事はパスして、まずは「マネをしてみる」というスタイルです。

もしも、そこから何かを得られるなら、これはもう少し発展して、本格的な浄霊法をマスターして、おっかない奥様でも、嫌われているお嬢さんにでも、そこら辺のおっさん、おばさんにでもやってあげられるし、第一、自分ができるなら、誰にでも出来るのだろうって、面倒くさいから「あなた自分でやってちょうだい」って風に教えるだけですむ。

そうなると、誰でもできるものなら、お金もいらないし、組織などにしばられる事もないから、気楽に安心してやれる。

こういう風にやりましょう。
もう、好きな方法で、別に名前を変えても結構、要は浄霊では独占する所は何もないって事です。

なぜかって?
それは皆が神様だから。
いやいや、私はそんな立派な神様なんかじゃない。
って?
いやいや、そんなあなたが立派な神様の化身なんです。
いえいえ、こんな下品な野卑な私がとてもとても・・
いえいえ、それが神様の化身なんです。そういう分身としてあなたは自分の世界を表現する為にこの世にご光臨したんですから。
そのままが神の表現の一部なんです。
だから、偉い光の存在だけに神様が宿っているわけじゃあないんで、ただあなたがその役割を演じる為に希望して生まれて来ただけ。

あなたの奥にはちゃんと神性が潜んでいらっしゃる。
だから、自己浄霊なんて事ができちゃうんですよ。

聖人君子だけが神と思いこんでいただけの事。みんなそれぞれ表現が異なっているだけの事。

そんな事をちょっとだけ知って、
「エヘン、オレは神なり、光なり」とかなんとか思っちゃって、試してみたらどうですか。
「瓢箪から駒」と言うじゃないですか。
やってみたら、案外、自分の崇高な神性を認めちゃったりして・・
(おいおいこんな事を書いている自分は?)


いやここで勘違いしてはならんのは、
自分は神なり、光なり、ってのは当たってるんでしょうが、
「自分だけ」って錯覚しちゃあ、せっかくの光も失ったりして。
神は自分だけじゃないんです。そこらじゅうの他人も神なり光なりって事でして。

なにも人よりも強い光が発揮できたりしても、それは一時のこと。
亀さんがのこのこと追い越してしまうんです。

だから、まず自分は素晴らしいと思いつつ、自分だけじゃあ無かったんだねって事を忘れないなら続いてくれるんじゃないかな~


では、具体的にはどうすんの?
そうですね。いきなり「はいどうぞ行って下さい、自己浄霊」って言ったってね。

それでは、僕が過去の経験から具体的なやり方を説明して行きたいと思いますが、でも、過去のやり方と言ってもそれはある条件があったから、その条件の「一番重要な点を抜いて」やるってことになります。

それは何か?

力の本源が他者からグッズ?だったのを、グッズ無しに素のまま、つまりな~んにも無しにやってみようっていうわけです。


そのグッズ?って??

はい、特殊能力者が創って出していたもの、実はそれが誰もが即出来るようになる仕掛け、いやいや受信機みたいなもの。
そう、「記念品」、そして皆さんが嫌いな宗教でいえば「お守り」というもの。
先に書いておいた「首からかけて・・」というものの正体ですね。


この内容は何か?
はい、特殊能力者が和紙に筆で墨書きしたもの。そうある文字を書いていたのです。
その文字って?

「浄」ですね。 浄めるという意味の浄。
そして、三段階になっていて、「浄力」、そして「大浄力」と書いてある和紙を畳んで首にかけるだけ。

はい、それで「浄霊施術者」がいっちょう上がり~~~
ってのが真相だったわけ。
もちろん、そこには「信じる」とかなんとかいう、個人の想いなど全然関係なく出来ちゃうわけ。
これホントでした。
実際、僕が始めてその「記念品」(お守りでもよいけど)を掛けた途端にその力が発揮できたのです。
うそじゃなかったけど、それを体験しない人は信じるから出来るんだと言い張って、信者だからとか言って理解できないのね。

考えてもみなさい。
何も無い内から「信じよ」などと言って、「はい信じます」と言葉では言っても、心の奥では「何もないのにどうして信じられる?」
ハッキリと言って、「疑っているよ~~」というのが正直な奥の気持ちでしょ。

それが「うんと疑っていてもその浄霊という癒し方法が出来る」という、この魅力は大きかったなあ~~

しか~~し、段々と宗教的になって行ってしまって、最後にはどうもおかしくなってしまったこの特殊能力者でした。
この人もパイオニアでなくて、その上に居た人の弟子でしたけど。
まあ、その人だけでなく、この力の素晴らしさに酔いしれてしまった吾々も同じ責任があったのだろうけど。
どうも、この独りの特殊能力者崇拝が失敗になっていたのかも。
しかしその「失敗」が次の「成功」を生み出すことかも。そうなると、これは課程の一面であって、土台になっているのは間違いない。うん。


だから、これからはある一人だけの特殊能力者だけのものじゃなく、人類なら誰でも「奥にその力が潜んでいる」という事を前提にしてやろうと想うわけ。

だから、その様なグッズをあえて廃止、無くしてやろうという試みなんで、それに賛同できる人たちが集まってわいわいがやがやと体験しながら、情報を持ち寄って、小さな集合意識を創って、段々と中、大と集合意識を拡大して行くと、これは大きな光の輪ができるんでないかい・・・
などと、独り合点している僕です。


このブログに好きな様に書いて、見る相手も分からんし、反応もあるかどうか知らんけど、まあどうでもよいわい、全部自己満足でやってるだけだから。

今日はこの様な決意を書いてみました。
僕の決意はころころ変わるから、これもあまり当てにはならないけど。