浄霊について
浄霊法とは文字通り霊を浄めるという意味です。
テレビの番組などで浄霊と言いながらも、除霊をしている風景をよくみかけますが、これは本来の浄霊とは異なっていると想うのです。
除霊は憑いている霊を取り除くという意味合いだと思います。
憑いているというのは、憑依している霊という意味でしょうね。
つまり、本来は自分が肉体と同化している霊的存在なのですが、それ以外の霊的存在が被さって来ると言うような意味でしょうか。
例えて言うと。
乗り物で言えば一人の運転手が一台の車を動かしているのが普通なのに、そこへよそから別の人が乗り込んで来て運転手が複数になるという様なかんじです。
乗る車は一台なのに、運転手が2人以上複数になったとしたら、どうなるでしょうか。
最初からこの車の運転手は専属に決まっていたのに、後から乗ってきた別の運転手のために操縦がうまく行かなくなるということでしょう。
本来の主人とも言える霊体が一生この身体をかりているのに、途中から別の霊体が乗り込んできて勝手に身体を使い始めたんじゃたまったものじゃありません。
だいいち混乱してしまいます。
なんか自分の今までの方向とは違ったような違和感があるでしょう。
そんな時、よく霊能者(霊体が見える人など)が「この人は憑依されている」と言います。
そして、余所から入ってきたと思われる霊体を身体から出ていくように指示したり、何か呪文を唱えたり、一種のパワーを送ったりします。
それを「除霊」と言って、本来の霊からよその霊を取り除く事をするのです。
しかし、最近ではこの方法をどこからか使い始めたのか、「浄霊」と言って、霊を浄めるという事と混同し始めたようです。
浄霊と除霊は似ているのでしょうが、本質的には大きな違いがあると思います。
浄霊は霊体そのものの曇りを浄める働きで、その人の身体の霊体そのものの掃除と言っても良いでしょう。
しかし、除霊は本体てある霊体を浄めるより、その霊体の曇りに乗じて憑いてくる霊を追い払うだけですから、本体の曇りは取れていないのですからないのです。
だから時間経過とともにまた、いつ別の霊が乗り込んでくるかも知れません。
ちょうど、現代医学のように対症療法でしかありません。表面に現れた症状だけに対処して、一時的に苦痛を取り除くだけの事です。
本来の病気の原因となっている身体の汚れ、つまり血液の汚れそのものを消しているわけではないからです。
浄霊法が霊を浄めるというのは、霊体一致の考えからいくと、霊の曇りとは血液の汚れのことです。血中の毒素がすなわち霊体の曇りとも言えるわけです。
ここでよく霊が憑くとか言うのは、自分よりも低いと見られる霊体がよそからやって来て同居してしまう状態の事でしょう。
ここでよそからの霊がもし自分よりも高い水準の霊体だとしたら、どうでしょうか。
そう言う場合には明らかに今までの自分とは意識が高いという感覚を覚えるような事が起こります。
物事が的確に見えるというか、知らなかった事も明確に知り得るとかの様に、今までの自分に無かったもっと素晴らしい自分を感じるというような状態です。
こういう時は昔からよく「神懸かり」と言われたようです。
しかし、その「神懸かり」もその神が本当に向上している霊体なのかどうかは最後まで分かりません。
一時良いようでも後で飛んでもない事もあります。
奇跡が起きたから高級だとは言えない所があります。人間世界でもよくあるように、腕のいいペテン師、詐欺師は最初は本当にうまい話を作り上げて騙し始めます。
そして最後はどんでん返しでいっぺんに底へ落としてしまう事になります。
だから余所から憑いてしまったと思われるなら、上も下もない、本来自分の運転手は自分だけにしておいた方が自然なのでしょう。
そこで余所からなぜ別の霊体が憑くかというと、ちょうど楽器の共鳴現象の様なものと考えられます。
ギター、ピアノ、いろんな楽器に起こる共鳴現象はそれぞれ固有の振動数を持っている様に、人にもそれぞれの固有の振動があると思われます。そして、本来の自分にあった霊体が自分そのものになっているのでしょうが、別の要素が含まれてくるとその要素の振動にも霊が共鳴できることになります。
その別の要素を「霊の曇り」と呼んでいるわけです。
そして体的、物質的には人においては血液の不純物として見るわけです。この不純物とは一種の毒素であり、それこそ種々雑多であり千差万別と言えるでしょう。
同じように霊体として見ると、青空にいろんな雲が出来るように、種々な霊の曇りとして存在することになります。
そしてこの種々な曇りと同調できる霊が一種の共鳴現象として憑いてしまうわけです。
除霊はその余所からの霊を本体から切り離すことですが、依然として霊の曇りが解消されていない状態ですから、いつまた何どき、再び、もしくは別の同調できる霊が入り込んで来れる可能性があります。
やはり根本的には対症療法では治らない現代医学と同様、再発を繰り返すことにもなりますから、身体的には血液の汚れ、毒素を排泄させる事、霊体的には霊の曇りを解消する事が根本の解決になるわけでしょう。
以上、「浄霊」と「除霊」の根本的な意味の違いを簡単に説明してみたものです。
「除霊」は、憑いた悪いものはどこか飛んで行け~~~~という対症的一時しのぎ
「浄霊」は、悪いものが憑かないような状態にしちゃえーーという根本的解決なもの
そして、その後重要な事は
それぞれ言葉の惑わされないということです。
これが非常に難しいと思われるとろろです。
「浄霊」と呼称していても、それが果たして真実なのかどうか?
もうひとつ。最初は真実らしかったけど、時期とともにそれが消滅していたなどと言うことも考えに入れておかないと、その時点でいちいち判断して行かないと判らないこともあります。
そんな理由で今こてが本物だとか、真実だとか言っても言われても、それを直ぐに信じてはいけないこともあり、嘘だと思っていてもそうでなかったなどということもあり得ます。
そればかり考えていると何も出来ないので、まずは浄霊という実践方法を探って自分にとって出来る範囲の真実を確かめつつ進む事しかありませんので、以上の注意点を頭にいれつつ実践への手がかりを見つけて行きましょうか・・・・・。
追記
腐ったものにハエが寄ってくる
浄霊ーーー腐ったものをきれいに掃除する
除霊ーーー腐ったものは構わないでハエを追う