霊的詐欺に遭わないために(転載)1  宗教と個人の霊性の関係を考える | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

ここは岡田茂吉研究ブログでも転載してあったものです。


最近また見直して、こちらにも自分に対する戒めとして転載しました。
自分自身の宗教信者としての体験とこの文章を読み比べてみて、再度必要だと思ったわけです。


 


2回に分けてあります。


 


強調文字、改行を勝手に加えてありますので本文URLで確かめてください。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 


DATE:2011/01/12


URL:http://www5e.biglobe.ne.jp/~shinbi7/rei_sagi.html


 



現代では、霊的真実を知らないという事を利用して、人々を騙し、金品と時間を奪おうとする輩が多すぎます。このような現状を放っておくわけにはいきません。どこが間違っているのか明らかにしておきたいと思います。
又、考える材料として、霊的知識を多くの人に知っていただきたいのです。判断する材料を皆さんと一緒に探究し、考えていきたいと思います。



17.宇宙人メッセージ・チャネリング情報を見分ける。(2009.01.12)
今まで私自身は、いわゆるチャネリング情報とされる本はほとんど読んでこなかった。その理由としては、自分自身で体験を通して掴んだものがもっとも大切であること。現実逃避的な話に近寄るつもりは毛頭なかった事がある。
(中略)


16.未来予言詐欺ジュセリーノ!(2008.01.28)

巷では、ブラジル人の予言者と称するジュセリーノという人物が話題になっている。彼の予言によると、人類が自ら作り出した環境汚染が原因で、2043年までに人類の8割りは滅ぶとされている。この崩壊を回避するには人々の意識が変われば(2007年12月までに)くいとめる事ができるともいっていた。
結論だけを先に言うと、彼は、2012年の次元上昇という真実を隠蔽・撹乱するために世界政府により洗脳されている人物である。今ここで、はっきりと断言しておかなければ、日本人の多くが間違った認識を持ってしまい、闇の道へとそのまま引きづられてしまうからだ。  (中略)


 


15.神の子に崇拝者は必要ない!!(2007.02.22)

我々人間は、イエスが言われるように神の子なのです。
それは、内なる心に創造主と同じ性質が宿り、その内奥を通して宇宙の法則と繋がっているからです。



他者を崇拝する行為とは、この神の子を否定しています。

なぜにこの事に気付かないのですか。何度でもいいますが、我々は奴隷ではない。他者を崇拝しては断じてならない。
崇拝させようと誘導するのがカルト宗教の特徴なのだ。創価学会、顕正会、統一教会、幸福の科学、GLA、モルモン教会、エホバの証人etc

神と人間との間に仲介者は必要ないのだ!



確かに悟りのレベルや魂の輝きには差はある。


しかし、それは尊敬されるべき人たちであっても、盲目的に従うべきものなど、この全宇宙にはいないのだ。

崇拝とは自己否定に繋がる、それは悟りではなく、狂気に走る道が残されているだけである。

人間は、何かにすがらなければ生きられない存在ではない。

人間は日々創造し、この世もあの世も展開されている。だからこそ、全ての中心を自己の心の内に置き続ける事が大切なのです。


1.浄霊とは

手かざしや祈願によって、悪霊を追い出し、魂の浄化をします、という事をうたい文句にする者が後を絶ちません。
悪霊に憑依されるのは、本人に引き寄せる要素があるからであり、それを一時的に念の力で追い払ったとしても、当人の心境が変わらなければ、又近寄ってきます。

原則として、自分の心を浄化するのは、他人ではなく、自分自身なのです。

自分の今までの行為を振り返ってみる。悪気(怒り、妬み、嫉妬、愚痴、不平不満)が常に出ているなら、その原因を取り除く事です。
悪霊は悪気が大好きですから、頭から煙のように立ち昇る者をめがけて、近づいてきます。

浄霊を中心に据えた、団体や霊能者は要注意です。浄霊する側が欲望にかられ、清らかな心を持っていないとしたら、もっと悲惨な結果となります。
それは、今以上に悪霊を付けてしまいかねないからです。


2.先祖供養

不幸の原因を成仏していない先祖の所為だと言い。幸福になる為には先祖供養しなければならないと説明する者達がいます。
「今のままでは、ますます不幸になる」と駄目押しをしてくる事でしょう。

彼等は明らかに、商売の為に行っています。心底、人の幸福を願っていません。商売の為に先祖供養を言ってはなりません。

迷っている先祖がいるなら、その結果の責任は、その先祖そのものにあり、子孫に責任は一切ありません。

相談に行く当人にも、もちろん問題があります。
それは、不幸の原因を他人や社会のせいにする傾向があるからです。
どのような環境にあろうとも幸福な人生を歩む人々がいるものです。我々は謙虚に学んでいく必要があるのです。 


3.霊界観

霊界は厳然としてあり、人類の本来の住処です。霊は霊存在として生活し、それぞれが個性あるエネルギー体として活動しております。この真実を理解せず、わかろうともしないまま、宗教を語る者がいます。
人霊はあの世へ帰った場合、集合霊となって、一つにまとまるわけではありません。そのような説明をする原因は明確に霊界の構造が認識出来ていない証拠なのです。

人間は、各人の心境に合った世界へ行き、そこで似通った者同士が集まり、神仏の法則の元に生き続けているのです。

この世での生を終え、あの世で、宇宙空間にさ迷うがごとく、集合体として、個性もなく、記憶も無くし、吸収される存在では断じてありません。

集合霊となるような認識は、幼い思考で考えられたものであり、霊界を真摯に探究し、努力をしてきた形跡が見当たらないのです。

霊界と言っても、三次元世界の宇宙以上に広大無辺です。その世界の構造を正しく伝えられる宗教家や団体であるかどうかを、各人が見極めなければなりません。


4.カルト宗教

カルト宗教、それは魂を狂わすものです。その特徴は不寛容と権勢欲にあります。聖イエス・キリストは「真理は人を自由にする」と言われたが、その反対に魂を牢獄に閉じ込めてしまうのがカルトなのです。
霊界探訪において、私が地獄を見たかぎりでも、カルト信者は、他と接触出来ない空間に閉じ込められている事がほとんどでした。

寛容な精神が無い為に、他と比較したり、より良いものを取り入れていこうとする精神がありません。自分の所属する団体や組織が説く教えのみを盲目的に信じ、そこから出てきません。

なぜそうなるのか、それは教祖・信者を含め、社会的に不遇であったり、この世的に成功しない不満のはけ口を、宗教に求め、その中で絶対的な権力を握る事により、他者を服従させたいという欲望が渦巻いているからです。

天国にいる霊人は、どの宗教に属していようとも、皆、寛容な心で、全ての霊と接しています。勿論人種は関係ありません。(肉体がないのですから、当然ですが)

カルト信者らは伝道、信者獲得にも非常に熱心ですが、相手の心境を配慮したりはしません、ただ教団の論理を一方的に押しつけ、相手の反論を論破する事のみに執着します。

あなたの幸福の為といいながら、自分の教団での地位向上を願っています。
教団に取り込まれると、一変して、自分の子分か、服従者のような扱いを受ける事でしょう。
そして、嫌気がさして、脱会しようとすると、今度は”地獄に落ちるぞ”と脅しをかけてきます。

カルト的なものは、全ての宗教団体にみられます。現在、世界にある、仏教系、キリスト教系、神道系、イスラム教の中で、天国の心境とかけ離れた団体が数多く見受けられるのです。伝統宗教・新興宗教に限らず、教祖や代表、団体の幹部の精神的態度が非常に問題です、生活態度が支離滅裂であったり、言っている事と行動が違う場合、その組織に居る、信者、会員は、まず間違い無く魂を狂わされていきます。

そうなるのは、霊性の力が足りないからなのです。正しく判断する力は、常により良いものを捜していこうとする意欲からきます。その中で信念が鍛えられ、間違いのない選択を自分自身の判断で出来るようになっていくのです。



5.予言

予言は未来を予測するものですが、これを自分の為に利用する宗教家や霊能者も、又、多いのが現実です。天変地異や国難を叫び、それを回避するのは、我が教えが広がり、我が団体の信者が多くならなければ、大変な事が起きると説明します。
しかし、その予言が当たらなかった時の答えもちゃんと用意しています。
私が天に祈り、祈願を続けたからだ。あるいは、信者の活動やお布施があったから、回避出来たのだと言います。その後は、予言した内容については、一切語りません。これを卑怯と言わずして何というのでしょうか。
確かに、予言は難しいと思います。観る人の認識力や霊性によっても解釈が違うでしょうし、未来は常に変わっていくものであるからです。大切な事は予言した内容によって、人々の霊的人生観に、良い影響を与えられるかどうかです。ここを一人一人が自分自身で考え抜かなければならないのです。


盲信は危険です。教えの内容と予言は区別して考えなければいけません。予言を”愛”という観点から見直す必要があるともいえます



私でも、予言はできます。「今後十年以内に東京に大地震が起きる」起きれば、わたしのHPを信じる人が少なかったからだ。起きなければ、私が聖霊に祈り、止めさせたとでも言えばよろしいでしょうか。こんな事をして、一体だれが、幸福になると思いますか。
ここを読まれる方々と一緒に考えていきたい問題です。




6.過去世

過去世とは、輪廻転生を前提条件としてのものです。ここで気つけていただきたいのは、過去世の権威を持ち出して、人々を従わせ、愛ではなく、劣等感や支配欲から他者を洗脳しようとする、宗教家や思想家の存在です。



この者達は非常に危険な人間だといえます。過去に自分が偉大な人物であったと声高に叫ぶその姿に、真実の愛はありません。


「私はブッダの生まれ代わり」と言ったところで、だれにも、確認しようがありません。そして、えてして個人崇拝、生神様として拝む事を強要し始めるのも、このような輩なのです。



なぜ、内容で勝負しない、どうして、過去の偉人、聖人の名前を持ち出すのだ。彼等は、信者、会員を信じ込ませるのに、とても巧妙な方法をとります。耳障りの良い言葉を並べ、人々の心を捉えてから、自分の過去世は偉大であったと告げにきます。


そして、個人崇拝に持っていき、布施と称して、際限なく、お金と時間を要求していきます。



会員や信者は常に、無理に自分を納得させ、従おうとします。それは、聖なるものに従おうとする純粋な行為からです。人々の良心を踏みにじる行為はもっとも罪の重いものです。その事に早く気づかなければなりません。



過てる教祖は、いつも天使と悪魔という二者択一の選択を信者に迫ってきます。その誘導には、教団の利益と教祖の拝金主義しかありません。会員や信者の幸福はまったく考えていないのです。悲しい事ですが、この真実に気づいた時の会員や信者さんの心境を考えると、私はとても心が痛みます。(涙)

しかし、本来、真理の実践、愛の教えは万人が、それを確認出来るものであるはずです。



信仰とは個人崇拝する事では断じてありません。


魂の中心に神仏へと繋がる道を発見し、守る事であるのです。宗教団体や組織の為に信仰があるわけではないのです。信仰とは個人のものです。




その教祖の語る、教えの内容と、人々をどこへ導こうとしているのかが問題であり、今一瞬の心境を大切に語りかけるのが、もっとも尊い教えであると、私は思っています。


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー