病気の本質
食毒と腸の自浄作用
さて、森下博士によって導かれた“ガンは浄血作用である”という疾病観に立つと
、これまでの病気に対する考え方はすべて逆転する。
すなわち、病気とは、反自然的な生活条件(とくに食生活)によって引き起こされ
る体内環境の“歪み”(失調)に対応して、それを正常化する自然の営み(浄化作
用)である、という結論になる。
アメリカの生理学者キャノンは、このような生体の自動調整作用のことを“ホメオ
スターシス”(恒常能)と名付けた。
つまり時々刻々と目まぐるしく変動する外界の変化に対応して、常に体内条件を一
定に保つという全機能的・能動的な営みである。このホメオスターシスは、外界条
件の変化がある一定範囲の限界をこえれば、生体は当然その変化に対応できず、生
存不能(死)となる。
しかし、そのような極端な条件は別として、ふつうの生活条件下で体内環境を撹乱
する最大の因子は、反自然的な食生活(美食飽食)とくに動物性たん白の過食であ
る。
肉食をすれば腸内が腐ることばすでに述べたとおりであるが、従来はこれを“悪”
として考えた。
しかし、新しい疾病観に立って考えると、この腐敗現象も実は腸の自浄作用――多
量のたん白質を分解排出するために出現した浄化菌(腐敗菌)による腸内の清掃作
用なのである。
この腸内の浄化段階は、アミノ酸過剰→浄化菌発生→腸内アルカリ化(アンモニア
発生)→便秘→宿便→←腸肝臓(毒素の“腸―肝循環”)という一連の営みによっ
て、食毒がストレートに体内(血液)に移行しないよう幾重もの浄化装置が完備し
ている。そして、その主役が腐敗菌という悪役のレッテルを貼られた腸内の整掃屋
(浄化菌群)と、宿便という名の食毒の集溜装置だ。この両者の糞(奮)斗によっ
て、肉毒が体内にストレートに移行しないよう防いでいるわけだ。まさに口の奢り
を尻ぬぐいする殿役(シンガリヤク)である。
とくに“腸―肝循環系”というシステムは見事なもの。食毒を肝臓に汲み上げ、何
回でも浄化するという“水車作戦”。だが食毒が多くなるほど肝根能は“火の車”
となる。肝臓は沈黙の臓器といわれるが、よくもまあ黙って浄化してくれるものー
ーー、まさに賓の河原だ。
ところが、便秘薬・下痢止めをはじめもろもろの薬物とくに抗生物質は腸内フロー
ラを撹乱して、腸内自浄装置を台無しにしてしまう。ゴミ処理場をブチ壊すわけだ
。その結果は、薬毒というオマケまでつき、食毒プラス薬毒となりて、肝臓を痛め
つけ、体内への毒素移行を早める。
毒素の集溜と排泄
さて、次の段階――血液中に食毒が移行すると、いよいよ本格的なホメオスターシ
スの活動となる。
この段階の主役は、腎および皮膚(汗腺・脂腺)であって、まず腎臓から尿として
毒素が排泄される。肝臓が表門(食物)の守備隊なら腎臓は裏口の浄化装置として
、体内で発生した代謝産物(老廃物)の浄化を一手に引きうける。
ともあれ、肝がダメなら腎で、という二段構えの浄化装置。“肝腎かなめ”といわ
れる所以であるが、それで間に合わなければ発汗もしくは皮脂(ニキビ、吹き出も
の)として皮膚から排出される。
しかし、最近のように運動不足や冷房つきで汗かかずの生活をする場合は、勢い腎
臓に負担がかかることになる。
この段階まで血液の汚れが進むと、体が疲れやすくなる。つまり排泄障害である
。そこで肩や腰などよく使う筋肉の結合組織に毒素が滞溜する。肩こり、腰痛のは
じまりであるが、これによって全身への毒素滞溜はかなり防がれるわけだから、も
って冥すベし、である。
だが、それが次第に高じて、(とくに)薬毒増加が著しいと、本格的な薬毒集溜
ーーー第一次浄化作用がはじまる。
すなわち、全身の結合組織に滞溜した薬毒が、次第に一定場所(とくにリンパ節)
に集められる。ゴミを一ケ所に集めるのと同じことで、この段階が第一次浄化作用
。やがて、これらの毒素は第二次浄化作用によって体外に強制排泄される。この主
役を演じるのがリンパ節。リンパ流は筋肉の収縮によって流れるから、首の回り、
腋窩、股のつけ根など、よく動かすところに毒素が集溜するわけだ。
◎
カゼは最大の恩恵
さて、この毒素の集溜(第一次浄化作用)と排泄(第二次浄化作用)を、現代医学
的に表現すると、いわゆる炎症病巣の出現である。すなわち“紅・熱・腫・痛”の
四大症状を伴う急性進行性炎症として、活発な代謝活動により集溜した毒素を融解
し、一気に体外に排泄する。これが第二次浄化作用で、いわば毒素の強制執行であ
る。
この場合、毒素の排出場所は、東洋医学的には大腸=肺=皮膚の三者が表裏陰陽の
関係になっている関係で、肺(上気道粘膜)からの場合は、いわゆるカゼとして、
発熱・発汗・咳・痰・鼻水などの姿で排泄される。
また腸粘膜の場合は腸炎(下痢)、皮膚ならば蕁麻疹や湿疹として排出される。
そして毒素の排泄が終われば、二、三日でケロリ。
したがってカゼ・下痢は実に有り難い安全弁であり、最も安全かつ迅速な毒素処理
法。まさに自然の恵みである。
したがって、これを止めることは愚の骨頂。薬毒の作用によりて生体のホメオスタ
ーシスを撹乱し、浄化力を弱めるだけ。その結果、毒素を次第に奥深く固めこむこ
とになる。圧力ナベの安全弁を作動させないわけだから、ついには爆発する。
この姿が細胞の自壊作用をともなう浄化作用――すなわち化膿性疾患であって、崩
壊した細胞は膿(白血球)として排泄、あるいは出血をともなう潰瘍性疾患の出現
となる。
この段階で二次的に細菌感染もありうるが、すでに述べたように、バクテリヤは本
来は自分の細胞や血球が崩壊して出現するもの。したがって二次的感染にしても体
内条件(体質)が悪いためであって、いわば大量の毒素を排出するために一時的に
外部から応援に来た病原体という清掃人スカベンジャーと考えたらよかろう。
ところが、人間の浅知恵――というより“病を敵”と考えるため、これを恐れて余
計なお節介をはじめた。薬づけである。
その最たるものが抗生物質だ。この抗生物質は、腸内生態系をメタメタに撹乱する
だけでなく、生体のホメオスターシスそのものに干渉する結果、第二次浄化作用が
発動されず、第一次浄化作用による毒素の固定化(退行性変性)だけが進行する。
要するに熟も出せないひ弱なからだになるわけだ。
これが動脈硬化などの組織の硬化(老化現象)を伴う慢性病にほかならない。
その最終的な浄化装置――全身の悪液質を防ぐ毒素のゴミ溜めがガンである。
ガンはワールブルグの項で話したように無酸素呼吸という変則呼吸によりて、かろ
うじて生命を維持するわけで、いうなれば虫の息き。
したがってまず熱がでない。もしガンで発熱すればしめたものだが‥‥‥‥。実際
、ガンの発熱療法もあるくらいである。
慢性病は食・薬毒の二重奏
いま述べたようなわけで、慢性病というのは、反自然的食事から出発した食毒と、
食毒の排出作用(第二次浄化作用)を押さえ込むために使用した薬毒との二重奏に
よって出現した医原性疾患――つまり現代医療が生み出した鬼子なのである。
そして、その奥にある思想――“病気は人類の敵”という誤った疾病観がまねいた
悲劇にほかならない。
したがって、この誤った疾病観から頭を切りかえ、“病は自然の浄化作用”であ
り、自らまねいた“食毒と薬
毒”を浄化するための“自然の恵みである”と確信し、自然の生活に還るとき、一
切の病(浄化作用)はその存在理由がなくなる――つまり自然治癒するわけである
。
要は、あなたご自身の生命力(自然治癒力)を確信しうるか、否か、ということで
ある。
病気とは、あなたご自身がまねいた反自然的生活の歪みを正常化する、あなたご自
身の生命力の現れなのだ。
病気と戦うのではなく、戦いはあなたご自身の誤った想念(疾病観)との戦いであ
る。
病を善(浄化作用)と確信するか、病を敵(悪化作用)と見て戦うか。ここに健康
への分かれ道がある。
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痛みについて
痛みを消す働き
痛みは人間の肉体的苦痛として最大のものであり、それから本能的に逃れようとす
る。
たとえ病気が浄化作用であるとしても、痛みが強ければ、それから逃れようして医
薬に頼りたくなるのも、また人情である。“死んでもいいから、痛みから救ってく
れ”――この人間の切ない願いに応えようとして、古来医学が発達して来た、とい
っても決して過言ではあるまい。
ところで、痛みが危機を知らせる警告反応であることは事実である。この世に居た
いから痛いので、痛く(居たく)なくなればお終い――などと駄じゃれを言っても
はじまらない。たとえ理屈はどうであれ、現に痛みがひどければ、人間誰しも救い
を求めたくなる。ここに薬物の誘惑――麻薬を王座とするさまざまな鎮痛・鎮静剤
が乱用され習慣性となる最大の理由がある。分かっちゃいるけど、やめられない―
―というわけだ。
ところで、この麻薬であるが、つい最近(一九七五年)、ヒューズ教授(アバディ
ーン大学)によって動物の脳からモルヒネ様物質(MLF)が抽出され大きな話題
を呼んだ。そして四年後、麻薬研究の世界的権威・ゴールドスタイン教授(スタン
フィード大学)が、モルヒネの二百倍も強力なMLFを脳(下垂体)から単離する
ことに成功、ダイノルフィンと名づけた。現在ではこれらのMLFを総称してエン
ドルフィンと呼び、平均して麻薬の五十倍の鎮痛効果があることが確認されいる。
人間の脳から麻薬の数十倍も効果のある物質が分泌されていたとは驚き。そこでエ
ンドルフィンを‥‥‥‥、と
いう発想だが、体外に抽出すればやはり毒物、西洋医学はどこまでいっても薬毒思
考である。この点、東洋医学は違う。
最近、中国のハリ麻酔が世界の注目を集めているが、実は、ツボ刺激の鎮痛効果が
MLFによることがほぼ確実視されており、東洋三千年の伝承医学の優秀性が改め
て見直されてきた。ところ変わればなんとやらで、発想が違えば、行き方が全く違
ってくるわけだ。
痛みは食毒でおきる
一方、フサチューセッツ大の研究グループ(ワートマンおよびファーンストローム
)は、食事によって痛みに対する感受性(疼痛閾値)が異なることを明らかにして
大きな注目を集めた。彼らの研究はこうだ。
炭水化物を摂ると、脳―血液関門と呼ばれている関所を通してトリプトファン(必
須アミノ酸の一種)が脳内に入り、セロトニンという神経伝達物質が生産される。
セロトニンは一名“睡眠ホルモン”とも呼ばれており、このため眠くなる。 昔か
ら腹がくちくなると眠くなると言われ、また事実そうであるが、この理由は、炭水
化物(穀物類)食は脳内セロトニン濃度を高めるためなのだ。
ところが、肉食の場合はこの逆で、脳内にノルアドレナリソやドーパミンなどの“
覚醒ホルモン”と呼ばれる神経伝達物質が出来て、その結果。、覚醒レベルが高ま
り寝つけなくなる。
肉と穀物では脳に対する作用が逆となるわけ。実は、これが痛みの感受性に大きく
関係するのだ。
テンプル大学の研究チームは、慢性の顔面神経痛患者三十人を対象にして、高炭
水化物食(低たん白・低脂肪食)を一カ月間つづける臨床研究を行い、著しい和痛
効果のあることを明らかにした。
この疼痛抑制作用は、当然脳内エンドルフィンが関与しており、現在脳内セロトニ
ン濃度とエンドルフィン分泌とは相関性があることば判明しているが、その詳細は
まだ不明で今後の課題となっている。
いずれにせよ、穀菜食は痛みに強く、また辛棒強いが、反対に肉食をすると痛みに
過敏となり、我慢ができなくなる――ということはたしかである。これはいわゆる
心理的な暗示効果ではなく、食物と脳の働き、という厳然たる生物学的法則なので
ある。
実際、素食を常食とする民族は、かっての日本人を含めて、一般的に痛みに対して
我慢強く、また辛棒強いことは、こうしたメカニズムによるものであろう。文明の
発達によりて高たん白の美食飽食を欲しいままにする生活は、疼痛☆値を低下(感
受性を高める)させ、痛みや苦痛に対して必要以上に過敏反応するわけだ。
昔の日本の産婦や、いまでも途上国の産婦たちが比較的安産であるのは素食のため
であって、現在のアメリカではほとんどが麻酔分娩である事実は、この辺の事情を
よく物語っている。
本来、痛みは自然の警告反応である以上、我慢できないことはないはずであるのに
、それが辛棒しきれないということは、それ自体が反自然的現象――つまり食毒と
薬毒、とくに鎮痛剤と睡眠薬の乱用によるものである。
その結果、ますます頭痛、不眠、その他の不快症状が増幅されていることを知らな
くてはならない。
昨今流行りの精神安定剤や船酔い薬など、百害ありて一利なし。習慣性となって雪
ダルマ式に薬毒だけが脳内に蓄積され、ついには廃人同様になってしまう。頭痛に
〇〇‥‥‥というようなコマーシャルに偏されてはならない。
“薬は毒”――、このことをしっかりと頭に入れて欲しい。
ともあれ、痛みをコントロ―ルするには、食事を改善し、思い切って薬を止めるこ
と。それがほんとうの解決策である。
痛みを消す自然法則
ここで、腰痛、椎間板ヘルニア、神経痛、ムチウチ症‥‥‥‥など諸々の痛みを
、簡単に解決する方法を紹介しておこう。
話の主は、かってNHK特集で自閉症や筋要症などの難病まで治した例が放映され
て、大きな話題を呼んだ仙台の外科医・橋本敬三院長(温古堂医院)。当年九十歳
の老外料医である。
橋木院長は、痛みの解決法をめぐってあらゆる療法――ハリ・灸・カイロ・指圧な
ど民間療法も含めて何十年と研究した結果、痛みの自然治癒の法則性を発見した。
その法則性は“痛くない方に動かす”という原則。
これまでの療法は、すべて痛い方へと無理して動かしたが、これは逆。かえって痛
みを増幅して治りを遅くする。
コロンブスの卵みたいな話だが、たく山の難治者がケロリと治っているから不思議
。早い人は瞬間に痛みが取れるから習っておいて損はない。
橋木院長の説明では、これが“自然体の法則であり、人体の設計にはミスがない”
ということである。犬や猫はよく背伸びをするが、これも自然回復力を応用して、
身体の歪みを正しているのだ。
子供の寝相が悪いのもこの現れの一つ。自然の動きは痛くない方へ、痛くない方へ
と動いて身体の歪みを止す。
子供など、わき腹をコチョコチョとくすぐると、こそばがって逃げ回る。この動き
が自然体の動きで、これを繰り返していると、おねしょなどピタリと止まるから妙
である。
とにかく人間の浅知恵で余計なお節介せず自然の動きに委ねる里が、痛みコント
ロールの秘訣である。
◎ 東洋医学と西洋医学
次にもう一つ大切なことは呼吸法だ。
呼吸法の原則は、息を吐くときは体が緩み、吸うときは筋肉が緊張するというのが
自然体の法則。そこで、息を吐きながら身体を動かせば痛みが和らぐが、反対の場
合は逆となる。
実際、笑うときは息を吐きながら笑うし、泣きしやくるときは息を小きざみに吸う
。笑えば緊張がほぐれ、内臓の働きがよくなる。笑う門には福来るである。
ヨーガや中国の道引法、日本の合気道などすべてこの原理を応用し、息を吐きなが
ら運動する。こうすることによって、痛みは和らぎ、また内臓平滑筋(不随意筋)
を自由にコントロールできるのだ。
これに対して、西洋の運動法は骨格筋(随意筋)の訓練を主眼とする。そこで、息
を止めて力いっぱいふんばる。
東洋が力をぬくのに対して、西洋は力むわけだ。力むと骨格筋は太く強くなる。ス
ポーツやボディービル(アイソメトリックス)はすべてこの要領。今はやりのエア
ロビクス体操やジョギングにしても、力みこそしないが、息は充分に吸う有酸素運
動法である。ラジオ体操の深呼吸も“大きく息を吸って‥‥‥”で始まる。
いずれにしても東洋の運動法とは呼吸法が逆である。
人間この世に生まれたときの第一呼吸は弧々の声。つまり、吐く息ではじまって、
死ぬときは怠は引き取ってお終い。
息は吐いて吸う、これが“阿吽の呼吸”の原理である。
ともあれ、東洋と西洋では、ものごとが逆になる。鋸でも鉋でも、日本では引いて
使うが、西洋のそれは押したとき切れる。力の入れ方がまるで逆。西洋のフェンシ
ングは突き合うが、日本の刀は引いて切る。
日本人は引き算が得意だが、彼らは苦手。だから釣り銭の計算も足し算でやる。文
章でも右タテ書きと左ヨコ書き、左右逆転。
日本人は朝日を拝して拍手を打つが、ユダヤ人はなぜか夕日に敬虔な祈りを捧げる
。
また、東洋医学は排泄を重視し、断食が最高の治療法。一方西洋医学は摂る方の栄
養ばかり考え、排泄は無視する。
いうなれば東洋はマイナス発想の医学だが、西洋はプラス思考の医学。東洋は体表
医学(ツボ療法)が発達し、西洋は体内の解剖学(メス)が進歩した。まさに裏と
表である。
疾病観もそうだ。東洋医学では病を善と考え、自然の浄化作用とみる。だから発熱
を喜び、また治療中に排毒がおこり、症状が一時的に悪化してみえることを瞑眩現
象(好転反応)と呼んで大いに歓迎する。西洋医学は正反対で、病気は悪であり人
頼の敵とみて、発熱を恐れ、下痢を止め、症状を抑さえることに汲々とする。
ともあれ、東洋医学は、“食・息・動・想・環(自然環境)”の調和を図る自然順
応型の医学であり、“医食同源”“武医一体”、“身土不二”を旨とする医学であ
る。
また“色心不二”と“依正不二(環境と生命)”の仏法の神髄に生きる医学でもあ
る。
ストレスと内臓
「病は気から」という。セリエのストレス学説をもち出すまでもなく、精神的んト
レスは内臓にさまざまな影響を与える。
東洋医学では、二千年の昔から人間の感情と内臓の関係について、おどろくほどの
卓見をもっていた。現代人は、それを知らないだけだ。
怒りは肝臓を破る
東洋医学では、怒りは肝臓に属し、勇気の府は胆である。
周知のように肝臓は人体で最大の臓器。そこで肝臓が大きい人は度胸があり大胆で
ある。肝玉が大きいから