河内長野荘から金剛山にむかう山際の道を車で10分ほど行くと「観心寺」の山門が見えてきます。 文武天皇の大宝元年(701年)、役小角によって開かれ初め雲心寺と呼ばれましたが815年、空海が訪れ「如意輪観音像」を刻まれ「観心寺」と改称されたそうです。 現在、本尊の「如意輪観音像」と「金堂」は国宝だそうです。

 

 「観心寺」は、南北朝時代に活躍した武将・楠木正成のゆかりの寺で、門前に正成の銅像ががありました。 銅像は皇居外苑にも建てられています。

 

 

 

 

 国宝「金堂」。 本尊の国宝「如意輪観音像」は、毎年4月の17日、18日に開扉され全国から参拝者が訪れます。 ちなみに河内長野市は国宝6点、重要文化財77点計83点あり全国1,772市町村のうち12位の文化財の街だそうです。 観心寺にはその内、国宝3点、重要文化財35点だそうです。

 

 楠木正成が三重塔建立の途中で戦死、完成出来なかった「建掛塔」。

 南北朝時代、楠木正成は後醍醐天皇に付き、足利尊氏との戦いで神戸湊川で戦死、首は京でさらされた後、菩提寺であった観心寺に送り届けられ埋葬されたそうです。

 境内には空海が日本で唯一、北斗七星を祀る「星塚」があります。 夜空に浮かぶ北斗七星の霊を勧請された(呼び寄せた)パワースポットです。

 

 楠木正成が幼年時代、観心寺の「学問所」で学んだそうです。

 後醍醐天皇の皇子、後村上天皇(1328~1368年)は、1359~1360年、観心寺に行宮をおかれた「行宮跡」です。 1368年住吉大社で崩御、観心寺の「首塚」の背後に「檜尾陵」(後村上天皇御陵)があります。

 

 

 観心寺の重要文化財「恩賜講堂」「書院」や「拝殿」周辺では、現在上映中の映画「鬼の花嫁」のロケが行われたそうです。

 

 大阪、奈良、和歌山の三県の境に位置する「観心寺」を巡り、今回の1泊2日の旅はお終いです。 お付き合い有難う御座いました。   ( 4月8日~9日 )