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No.145 アルケミスト  
原 田 京 子 ( 児童文学作家 ) 
『アルケミスト』というと、ずいぶん以前に読んだ、ブラジルの作家、パウロ・コエーリョの書いた小説を思い浮かべます。この小説を読んだとき、私は、将来、こんな作品を書いてみたい、そう強く思いました。この本の作家であるパウロ・コエーリョは、世界中を旅し、その後、『星の巡礼』を始めとするたくさんの作品を書いています。旅をし、たくさんの美しい景色を見つめ、さまざまな人々に出会い、そこで感じたことを文章として残す。それがやがて素晴らしい作品となって人々を感動させる。私にとっては作家としての理想の「形」です。
 そんな私が、最近、『アルケミスト』という名前の二人組みのユニットがあることを知りました。そして、彼らが何ゆえに自分たちのユニットにこの名前をつけたのか興味がわき、ネットで調べてみました。
『アルケミスト』という名前は、やはり私が読んだ小説のタイトルが由来のようでした。そして、なんと彼らは、この小説の作者であるパウロ・コエーリョ氏にも会ったことがあるということでした。
 私は、この二人のプロフィールを読んでいて、このユニットのボーカル担当の、こんやしょうたろうさんの書いた自己紹介の文章に共感を覚えました(以下、『アルケミスト』の公式サイトから引用)。

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「高校生のとき、僕は夢を諦めました。
 僕には左手のひじから先がないし、才能もないし、
 夢に破れて泣くのがオチだと、ひとりで勝手に納得して、諦めていたんです。
 そう思うのはラクなことでした。とても。
 早くそのことに気がついてよかったとさえ思っていました。
 でも、ある日、ぼーっと夜食を食べつつ思ったんです。
 宇宙の大きな流れから見ると、僕はただのかけらなんだなって。
 夢に破れて泣こうが、もっと言えば、
 僕がいなくなっても宇宙が消えてなくなるわけではないんだろうなって。
 そう思ったら、ちょっとくやしかったけど、
 スーと胸のつかえが取れたようにラクになれました。
 歌いたいなら歌えばいい! 
 本当に、とても簡単なことでした。
 そうか。僕は今、ここで、こうして生きている。
 もうそれだけで、失敗なんてありえないと思ったんです。
 僕が生きているということが、僕にとっては何よりもすばらしい。
 それ以上の何があるでしょうか。
 ある日、ぼーっと夜食を食べたあの日以来。
 僕は僕のためにどう生きるか、考えるのはその事ばかりです」

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「宇宙の大きな流れから見ると、僕はただのかけらなんだなって」。
 彼が感じたこの感覚は、実は本当はとても重要な意味を持っているのです。以前、コラムで「突き抜け体験」について書きましたが、この感覚は「突き抜け体験」を経験した人だけが味わうことの出来る感覚なのです。この感覚を経験した人なら、理解できますが、まだ経験したことのない人にどうやって説明をしたらいいのでしょう。この感覚を経験したならば、こんやしょうたろうさんのように、素晴らしい境地に至ることができるのです。
 私自身、この感覚を経験したときから、こんやさんと同じように、胸のつかえがスーッと取れて、楽に生きられるようになりました。この感覚を是非味わってほしくて、ちょっと説明したいと思います。
「私」という存在。それだけを意識していたら、さまざまなことが気になります。私個人という小さな世界がすべてだったら、それ以外のものはすべて自分と相対するものに思えてきます。「人は自分のことをどんなふうに思っているだろうか?」などと自分の存在に対する自分以外の人の評価がいつも気になってしまいます。人間の悩みは、その大半が「人間関係の悩み」ですから、「自分」と「他人」という尺度で考えていたら、いつまでたってもその狭い価値観から抜け出せません。
 ところが、その「自分」という小さな存在を離れて、地球、宇宙という広大な世界に視野を広げ、自分はその中のほんの一部に過ぎない、そう悟ったとき、自分を囲んでいた殻が取っ払われて、宇宙という大きな世界が自分と一体になります。ひとりひとりの個人なんて、その大きな世界の中では実に小さなものに思えてきます。誰かが自分をどう思うなんて、本当にくだらないことに思えてきます。自分を取り囲むすべてが味方に思えてくるのです。

 それならば、その「突き抜け体験」をするにはどうしたらいいでしょうか?
 それは、たくさん悩み、たくさん考えることです。ひとりになって、「自分は一体どんな存在なのか?」などと考えたりして、自分自身を見つめなおしてみることです。そうすると、ある日、ふっ、と何かが突き抜けたように心がすっきりします。そして、自分がとても大きな存在に守られたような気がしてきます。心がゆったりと安定してくるのです。ドギマギしたり、オロオロしたり、人の目ばかり気にしていた自分がどっかにいってしまい、しっかりと自分を肯定できるようになるのです。
 だから、何かに悩んで考え込んだり、落ち込んだりすることは、人として成長するためには欠かせない、とても大切なことなのです。

※今月は、北海道で仕事をしている息子から送ってもらった、冬の北海道の幻想的な写真を掲載しました。 
2020-02-28 更新