ミテンの本棚 > 体で感じる・心が育つ | ||||||
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今月は、先月の続きで、ミス・パーカーとの出会いについて書くことにします。 私が出会った当時、ミス・パーカーは72才。私との年の差は40才以上。身長は150㎝くらいでしたから、私とは20㎝近くも差があります。しかし、その年の差も身長差も微塵も感じさせないパワフルな女性でした。 ミス・パーカーは、私の英会話の学習のために、さまざまな工夫をしてくださいました。日本の文学を英訳した本を用意して、その内容についていろいろとディスカッションをしたり、質問をしたりしました。ミス・パーカーは図書館の司書をしていたので、三島由紀夫や夏目漱石など日本の文学についてもとても詳しかったようです。 私とは週に1回くらいのペースでお会いしていましたが、リバーサイドチャーチの一室での2時間ほどの会話の他に、ミス・パーカーのお宅にお邪魔したり、美術館に出かけたりと、マンハッタンでのさまざまな経験の機会を与えてくださいました。 クリスマスが近くなると、マンハッタン、特に五番街はクリスマスデコレーションで華やかになります。中でもトランプタワーはその最たるものらしく、ビルの中に入り、その豪華な飾り付けを見たのですが、そのときには、まさかこのビルの持ち主がアメリカの大統領になるとは思ってもいませんでした。 そんなある日、私はスーパーに買い物に行って、入り口の近くで飼い主が買い物を終わるのを待っている一匹の犬に出くわします。最近では宮崎でもたまにこんな光景を見かけることはありますが、その時の私は、それがとてもめずらしい光景に思えました。そこで、これからどんなことが起きるのか、つまりは飼い主が戻ってきたときにこの犬がどんなに喜ぶのかが見たくて、しばらくそこに立って待っていました。 しばらくして飼い主が出てきました。飼い主は犬に向かって何かをささやきました。すると、不思議なことが起こりました。その犬は飼い主の問いかけに「いいや、そうじゃない」というふうに首を横に振ったのです。そこで飼い主はまた別の言葉を犬に向かって投げかけました。すると、また同じように首を横に振ります。飼い主の方はちょっと考えたようなしぐさをすると、また犬に話しかけました。すると今度は、「うん、うん、やっとわかってくれたの」というふうに首をたてに振ったのでした。そして、嬉しそうにしっぽを振りながら、飼い主とともにスーパーをあとにしたのでした。 その一連の光景を見たとき、私の頭の中にある考えが浮かびました。それは、「犬は人間の言葉がわかるのに、人間は犬の言葉がわからない。ということは、犬の方が人間より頭がいいのではないか?」ということでした。 マンハッタンでは、たくさんの犬を見かけます。これらの犬たちは、ペットというよりも、人間にとっての相棒のように思えました。マンハッタンの街には一戸建ての家は一軒もありませんから、これらの犬たちは高層ビル群の中で飼われています。つまり、庭のない、部屋の中で暮らしているので、飼い主たちは、犬たちを日に何度かこうして、街中を散歩させているのでしょう。ときに、店の中に入ったりするとき、いっしょに中に入れないので、店の外で飼い主をおとなしく待っているというしつけがなされていますから、街中で犬たちがお行儀良く座って飼い主を待っているという光景をよく見かけます。 ある日、五番街のデパートの前で、盲導犬を連れた男性が物乞いをしている光景に出くわしました。この男性は目が不自由でしたが、盲導犬はその男性に寄り添うようにして、ずっとおとなしく座っています。何時間かあとに同じ場所を通ったときも、そうして二人はそこにいたので、ずっとそこでそうして立っていたのかもしれません。 私はこうして、毎日、たくさんの犬たちに出会い、それに触発されて、犬が主人公のお話を書き始めました。そして、そのことをミス・パーカーに話しました。すると、彼女は、またその続きが聞きたいので、今度会ったときに続きを話してほしい、そういいました。私は、毎日お話を書きながら、ミス・パーカーに会うたびに話して聞かせました。 マンハッタンでの滞在が終わりに近づく頃、お話は完成しました。ミス・パーカーはいいました。「あなたが話してくれたお話はきっと本になるでしょう。そのときは私に本を贈ってくださいね」と。そして、彼女の予言どおり、このとき書いたお話は、岩崎書店の編集長の目に留まり、『麦原博士の犬語辞典』というタイトルで出版されることになったのでした。 私は、早速その本に手紙を添えてミス・パーカーに贈りました。彼女からの手紙には、今も英会話を日本人に教えており、その人に英語に訳してもらいながら私の本を読んでくれているようでした。そして、手紙の最後にこうありました。“I am proud of you.”(「あなたを誇りに思います」)。 ミス・パーカーとはその後も何度も手紙のやり取りをしましたが、その手紙の文字が次第に弱々しくなっていきました。そして、ついに、手紙への返事が来ない日がきたのでした。「いつかもう一度ニューヨークに、あなたに会いに行く」そんな約束が果たされないまま、彼女は亡くなってしまったのでした。 私の生き方に大きな影響を与えてくれ、素晴らしい女性としての見本を見せてくれたミス・パーカー。もう1度お会いして、たくさんの話がしたかった、そして、出会えたことに感謝し、お礼をいいたかった、そんな私の思いはかないませんでした。そのことは、私の人生の中で、大きな後悔のひとつとなりました。 さて、マンハッタンでの1年近い生活を終えて、私は日本に戻り、妊娠します。アメリカでの生活が私の生き方を変え、私の体も変えたのだと思います。ようやく、子育てコラムの本題に入ることになります。 それではみなさま、よいお年をお迎えくださいね。そして、来年もまた、この子育てコラムをよろしくお願いいたします。 |
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2018-12-03 更新 | ||||||
2007 | 12
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著者プロフィール | ||||||
原田 京子(はらだ きょうこ) 1956年宮崎県生まれ 大学院修士課程修了(教育心理学専攻) 【著書】 児童文学 『麦原博士の犬語辞典』(岩崎書店) 『麦原博士とボスザル・ソロモン』(岩崎書店) 『アイコはとびたつ』(共著・国土社) 『聖徳太子末裔伝』(文芸社ビジュアルアート) エッセー 『晴れた日には』(共著・日本文学館) 小説 『プラトニック・ラブレター』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社) 『ちゃんとここにいるよ』(ペンネーム彩木瑠璃・文芸社) 『タイム・イン・ロック』(2014 みやざきの文学「第17回みやざき文学賞」作品集) 『究極の片思い』(2015 みやざきの文学「第18回みやざき文学賞」作品集) 『ソラリアン・ブルー絵の具工房』(2016 みやざきの文学「第19回みやざき文学賞」作品集) 『おひさまがくれた色』(2017みやざきの文学「第20回みやざき文学賞」作品集) |