1981年開催当初の浅草サンバカーニバルは、現在のように本格的なサンバチームは少なかった。また近年に至っても、サンバの様式とは異なるチームも多く出場していた。また審査もコシノジュンコや池田満寿夫など著名人による審査委員長の意向が強く反映されていたといわれる。
しかし時代の変化に伴い、ブラジル本国のスタイルに則したチームが増えたことから、1999年には、S1リーグに出場するエスコーラによるAESA(浅草エスコーラ・ジ・サンバ協会)が発足、このAESAの提言により、現在は審査委員長に著名人を登用することは変わらずも、ブラジルやサンバに関心がある審査委員が選ばれ、これらの審査委員による点数による結果が大きく反映されるようになっている。
なお、パレードは当初、夜間における開催が中心であったが、参加者や観客の安全上などの理由から、現在は昼に行われ夕方には終わるようになっている。
2011年は、7月30日から延期となった第34回隅田川花火大会の開催日と重複した結果、開催を断念したとあります。