『罪の声』 罪の声とは誰の声なのか? | 悪食のシネ満漢全席

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ろくに情報知らぬまま、当たり屋みたいに突撃して、 しょーもない感想を言い合って、備忘録代わりに残します。 かなりの無責任、言いたい放題、無礼千万をお許し下さい。

 

悪食 90点
今年 67本目

監督 土井裕泰
原作 塩田武志
脚本 野木亜紀子
主演 小栗旬
   星野源
   古舘寛治
   松重豊
   宇野祥平
   橋本じゅん
   市川実日子
   火野正平
   宇崎竜童
   梶芽衣子

1984年、江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求した事件を皮切りに、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋など食品企業を次々と脅迫した実際の事件をモチーフにした映画。
新百合ヶ丘AEONシネマへ。

鑑賞結果、非常に面白いです。実際の事件をモチーフにしてサスペンスを仕上げた原作は凄いです。映画もまた素晴らしい。

ここからネタバレ満載でいきますからご注意を



1984年に起きたグリコ森永事件をモチーフとしているので、その事件を知っている者にとっては背筋が凍るような洞察にこれが真相なのではと思わせるほどのリアリティを感じる。
この事件は一年半ほど世間を騒がせた。
怪人21面相と名乗った犯人からの脅迫状や挑戦状は警察だけではなく、マスコミを踊らせた日本犯罪史上初の劇場型犯罪の始まりだった。


脅迫の現金の引き渡し要求を子供の声を使った
この映画は、その子供の声の主にスポットを当てた形で進行する。

新聞記者の阿久津(小栗旬)は、文化部で平和な記事を日々こなしていたが、ある日未解決事件の特集記事を書く特別班に招集された。


35年前の1984年に起きたギンガの社長を誘拐して身代金を要求し、その他にも萬堂など食品会社を脅迫した通称ギン萬事件だ。
35年前の事件を追いかけたからといって何が見つかるか疑問だったが、以前は社会部だった阿久津は昔のように取材を始めるのだった。
35年も前のことを掘り返したからといって新しい事実は何も出てこないと思っていたが、35年経ったからこそ話す証言者達も現れた。
そうして取材を続けるうちに阿久津は、事件に使われた子供の声の主に辿り着くのである。



テーラーを営む曽根俊也(星野源)は、母(市川実日子)と妻と子の四人暮らしだったが、母(梶芽衣子)は癌を患っていて余命半年と宣告されていた。


ある日、押入の奥を整理していると見慣れない箱を見つける。中には手帳と録音テープがあった。
録音テープを聞いてみるとそれは自分が子供の頃に吹き込んだ歌のテープだった。しかしその歌声が途中で止まるとその後に聞こえてきたのは、ギン萬事件で使われた子供の声だった。
曽根はその時初めて事件に自分が関与していることを知ってしまったのだ。
そして一緒に保管されていた手帳からはその事件に関係する内容が見受けられた。
その手帳は叔父達雄のものだった。
何も記憶に残っていなかった俊也だったが、それを機に事件を自分なりに調べ始めた。



こうして二人の男がギン萬事件を追って行く中で、接点を持つのは至極当然のことだった。



阿久津(小栗旬)と曽根俊也(星野源)は、協力しながら事件を追っていった。
キーワードは犯行に利用された子供の声。
阿久津は事件の解明の為。曽根は自分と同じ運命を背負わされていた子供がどんな生き方をしているのかを知りたかったからだ。



事件の全貌が徐々に明らかになっていった。
犯人が一年半もの期間、企業を脅し、警察やマスコミに挑戦的な態度を取り続けていた理由が明らかになっていく。
犯人達は身代金を取りに来ることは一度としてなかった。それはあたかも最初から金を奪い取ることが目的ではなかったかのようだった。
犯人達の目的は、企業を脅し混乱させることで企業イメージを失墜させ、株価を下げさせることが目的だった。
派手な事件の陰で株による収益を得ようとしたのだ。
犯人達の目論見は見事に成功したように見えたが、思ったほどの収益には至らなかった。
その為に仲間内のいざこざに発展していった。
元々、寄せ集めだった犯罪グループに一体感は無く、グループは崩壊していった。
予定通りの分前が得られなかった犯罪チームは仲間割れを起こし、グループの一員であったヤクザの組長が仲間の元警察官生島を殺してしまったのだ。
それを知った他の仲間は殺された生島の家族を逃がそうとした。
しかし執拗なヤクザの追手は家族を見つけ出し、ヤクザの経営する建設会社に軟禁した。
生島家族には中学生の娘望と小学生の息子総一郎がいた。
ギン萬事件で使われた子供の声は3種類。そのうち二つがこの二人の声だった。
ヤクザの組長は警察に駆け込まれないようにするために軟禁したのだ。
しかし自分の人生を諦められない望はある日、逃げ出そうとしたがヤクザ達に捕まり殺されてしまった。


目の前で姉が殺された総一郎は口をつぐむしかなかった。
総一郎はヤクザの経営する建設会社で下働きをするようになったが、ヤクザの仲間割れで放火を起こしたドサクサに逃げ出したのだ。
そしてヤクザから逃れるように日本中を転々とし、地ベタを這いずるような人生を生きてきた。
辿り着いた食堂の老夫婦のもとで静かに暮らしていたが、それをヤクザの事務所に出入りしていた人に見つかってしまった。
老夫婦に迷惑をかけないようにその場所を離れ、別な仕事につくが、目を患い仕事をクビになってしまう。病院に行きたくとも保険証すら持っていなかったのだ。
総一郎は死のうと思っていた。
そこに曽根俊也(星野源)からの電話がかかってくるのである。
俊也は「私も声を使われた一人です。あなたを探していました」と話し会う段取りをした。



何も知らずに生きてきた曽根俊也(星野源)と地べたを這いずり回りながら生きてきた生島総一郎(宇野祥平)。


二人の立場は違えども今は同じ苦しみを背負う二人だ。
総一郎はヤクザの経営する建設会社から逃げ出してから母親とは生き別れになっていた。
その母親を探したくてメディアに名乗り出ることにした。
ヤクザの組長も亡くなり、組も解散したことを知ったからだ。
母親は地方の老人ホームにいた。
総一郎は母親と再会できたのだ。置いて逃げたことを詫びながら。
母親は元気な総一郎に会えるだけで十分だった。

残るは計画を立案した曽根俊也(星野源)の叔父の達雄(宇崎竜童)だ。
阿久津(小栗旬)は取材で知り得た情報をもとに達雄がイギリスに潜伏していることを探り出した。


達雄はイギリスで本屋を営んでいた。そこに足を運んだ阿久津は取材内容をぶつけると彼は静かに全貌を話し始めたのだ。


しかしその話の中に出てきたのは曽根俊也の母親真由美(梶芽衣子)だった。
俊也の声を録音したのは真由美だったのだ。
それを知った俊也は母親に詰め寄るのだった。
子供を犯罪に関与させて何も感じなかったのかと。
真由美は若い時に学生運動に傾倒していた。そこで同じく学生運動をしていた達雄と知り合うのだった。
しかし学生運動は権力に対抗するのではなく、セクター同士の殺し合いになっていった。
真由美はそんな学生運動に嫌気をさして就職し、そこで知り合った曽根光雄と結婚したのだった。
もちろん学生運動のことはひた隠しにして。
ところが俊也が生まれた頃に達雄が現れて驚いたのだ。
達雄は真由美に俊也の声で脅迫文を読ませることを頼んだ。
達雄は子供の声なら声変わりもするし、足がつかないと考えた手段の一つだっただけだった。
真由美は心の奥底に燻っていた権力に対する反抗心が頭をもたげ、達夫の頼みを聞いたのだ。
その時には俊也のことは頭になかった。
真由美はそれを俊也に詫びた。
真由美はしばらくして癌によって亡くなった。



日本警察はイギリスに対して曽根達雄(宇崎竜童)の引き渡しを求めた。
イギリス警察が達雄を連行しに向かうが、すでに達雄は姿をくらましていた。

曽根俊哉(星野源)は、変わらずテーラーの仕事をしていた。
変わらない生活の中で。
エンド。

という映画です。
何が面白いかというと、ギン萬事件は身代金を奪うのが目的ではなく、企業イメージを失墜させて株価を操作し利益を得るという発想だ。
これは非常に納得できる。
それならば犯罪組織の不思議な行動に理由付けが出来るからだ。
原作者の目の付け所が素晴らしい。

そして脅迫文を子供に言わせること。
これも捜査を撹乱することにもなるし、足がつきにくいということも確かだろう。
その着目点も見事だ。

しかし原作者はそんなところを褒められたくてこの話を書いているわけではないだろう。
原作者の狙いは子供の声を使うことによってその子供の人生が翻弄されるということだ。
そこには子供の未来を奪う最悪な大人の勝手な都合と大きな罪が存在する。
「罪の声」とは、子供が背負わされた罪の声ではない。
大人が子供に、強者が弱者に対する悪意のある声のことだ。
そしてそれはそれほど深く考えずにやってしまうことだ。だから発した側は気付きもしない。
そんな何気ない言葉にも大きな罪に発展することがあるということを理解しろというメッセージだ。
「罪の声」そんな我が身を見直すべきことを感じさせる素晴らしい映画だ。
そしてこの映画をそこまで押し上げた役者達が素晴らしかったことも忘れてはいけない。
超オススメの一本です。