差別用語と差別"的"表現 | HAYAの「奇跡は起きたのか、それともこれから起きるのか」

HAYAの「奇跡は起きたのか、それともこれから起きるのか」

2013(平成25)年の闘病を、思い出しながら記録することを基本としたい思います

子供を子どもとか障害者を障がい者とか、本来差別用語でない言葉をかな表記にする動きが、止めようとする傾向もある一方で圧倒的な力で強めているように思う。
不快に感じるかたが、本当の意味を理解したうえでそれでも嫌だというなら仕方がないかもしれないが、クレームを避けたいという予防線のために、例えば文章の途中でいきなり『きょうだい』などとひらがなが出されても読みにくくてしょうがない。
姉もいれば妹もいるだろう。趣旨はわからなくもない。しかし、差別しているかどうかは前後の脈絡から判断するものであり単語のみを切り取って難癖をつけるのは、家康みたいではないか。
そもそも、ひらくことで差別ではなくなるという発想が理解不能。